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ホテルチュウオウ 完結

潜入捜査

更新:2018/10/15

山羊文学

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「公安調査庁、公安調査官の波宮クズハです」
彼女は潜入初日、そう名乗った。

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目次

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それは秘密です

 「公安調査庁、公安調査官の波宮クズハです」

 そう名乗った彼女に、赤川は動揺を隠せなかった。

 「捜査か?」

 「はい」

 (公安による、潜入捜査…)

 「隠さなくていいのか?公安と」

 「名乗るな、とは言われませんでした」

 赤川は堅く手を組んだ。

 「手帳を見せてみろ」

 「はい」

 「ナミミヤクズハ、間違いないみたいだな」

 (手帳は本物らしい)

 なんなんだこいつは。赤川は心の中で二度呟いた。セオリーなら、潜入捜査の可能性が少しでもあれば消えてもらう。帰すこともあれば殺すこともある。

 しかし目の前の彼女はグレーどころか完全な黒。自ら公安と名乗ってみせた。今すぐにアジトを引き払って帰すか殺すか、だ。

 (だが、面白い)

 赤川はそう感じていた。常日頃、潜入捜査に関してアンテナを張っているせいだろう。敏感すぎるアンテナは波宮クズハによって振り切れてしまった。

 「特技は」

 「体術と、銃です」

 そこはさすが公安と言ったところか。華奢で幼いように見えるが、指の先まで神経の統率がとれている。胸の辺りまで伸びた髪は、殺気で一本一本が躍動しそうだった。

 「狙撃は」

 「豊和M1500なら」

 SATの銃だ。

 「銃は流れてきたものを使う。いつも同じ武器とは限らないから注意しろ」

 「はい」

 赤川の頭には、既にペアを組ませる男の顔があった。

 「採用しよう。理由は、面白い、それだけだ。そしてウチに不利益となると判断した場合はすぐに殺す。いいな」

 「ありがとうございます」

 赤川はノートパソコンを開いた。

 「あとは、コードネームだな。ウチは大体小説家なんだ。俺は赤川次郎。お前はどうする?」

 「永倉新八」

 「は?」

 「永倉新八で」

 「永倉新八は小説家じゃなくて新撰組の隊長だろう」

 「明治時代、小樽新聞に『新撰組顛末記』を連載しています。今では貴重な史料になっています。私は永倉新八を尊敬しています」

 「いや、何よりもまず永倉新八は男だろ?」

 波宮はため息をついた。

 「性別の縛りがあるなら先に言ってください」

 今度は赤川がため息をつく番だった。

 「曾野綾子」

 波宮がおもむろに口を開く。

 「それはもういるな」

 「角田光代」

 「いる」

 「有吉佐和子」

 「それもいるな」

 案外いけそうなところが埋まっているなと波宮は感じた。

 「湊かなえ」

 比較的最近の小説家を投げてみる。

 「あ、いけるな。お前は今日から湊かなえだ。ミナトでもカナエでもいい。京極夏彦の下に付け。キョウゴクで通ってる」

 「わかりました」

 「公安調査庁、公安調査官の湊かなえです」

 キョウゴクは眉間に皺を寄せた。

 「お前か、堂々と公安と名乗ってる女っていうのは」

 「嘘は嫌いです」

 正気か。

 「でも公安っていうのは俺と赤川さん以外には言うな。ややこしいことになるからな。これは命令」

 「はい」

 「ミナトとカナエ、どっちがいい?」

 「湊かなえで」

 「そうじゃないときだよ」

 湊かなえは考え込んだ。

 「どっちでもいいです」

 「じゃぁ、カナエな。女っぽいし」

 「ありがとうございます」

 年齢不詳な女だな、とキョウゴクは思った。少女のように見えることもあれば、妖艶さも持っている。公安の手練れであることは間違いないから、案外上なのだろうか。

 「カナエ、歳はいくつだ」

 「それは秘密です」

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機密事項

 「この組織について一応説明しておく。まぁ公安に説明するのも変な話だが」

 「いえ、お願いします」

 カナエは間を置かずに答えた。

 「ウチの組織はホテルチュウオウ。右翼と左翼がその昔に手を組んだときついた名前だそうだ。ボスは東野圭吾。本名は誰も知らない。ホテルチュウオウには実行部隊がいて、その統括が松本清張。大体俺たちは松本さんの依頼で動く。いいか?」

 「はい」

 「なんか残念そうな顔だな」

 法務省の外局、公安調査庁。この世に知らないことはないとまで言われる日本屈指の情報網を持つ組織だ。

 「カナエ、お前は何を知ってる」

 「ホテルチュウオウ。昭和二十二年に施行された児童福祉法に反発した有識者たちが発足させた福祉会議を発端とする。福祉会議はその後右翼、左翼との繋がりを密にし、児童福祉に限らず、日本の法律そのものに反発する組織として成長。その名の由来は、最初の決起集会が行われた場所の名前。高度経済成長では円、ITバブルでは外貨を獲得し、平成二十年からは東野圭吾、本名宮下昇をトップとする組織が完成。国家転覆に向けての具体的な計画がスタートした」

 キョウゴクは目を丸くした。

 「今さらっと俺たち二人は組織に消される側の人間になったな。まさかボスの本名を知ってるとは」

 カナエは(あぁ、そういえば)という表情をした。

 「これは機密事項でしたね」

 パンパンと乾いた音が響いた。出所不明、状態の悪いトカレフに粗悪品の玉。二発の銃声の音には不自然な違いがあった。それでもカナエは二人の見張り番の頭を二発で打ち抜いた。

 「見事なヘッドショットだ」

 「一発は口です。この銃はやりにくいです」

 試射は数発。それでもこの精度。

 敵は銃声に気づいている筈だ。このままエレベーターで上に行けば、扉が開く前に蜂の巣にされるか、爆発させられるかのどちらかだろう。

 キョウゴクは、まさかカナエが二発で見張りを仕留めてしまうとは考えていなかった。一階でドンパチやっている間に降りてきた組員を倒していく算段だった。

 監視カメラはついている。奇妙な膠着状態が続いていた。

 「帰ります?」

 カナエの口調は女子高生の様だ。

 「そうだな」

 二人は盾に使っていた壁から離れ、ビルの外に出た。組事務所は六階建てビルの四階。その窓からこちらを伺う視線がいくつも浮いていた。辺りに人影はない。田舎の物流事務所に化けた暴力団だ。

 再び乾いた音が響く。そしてガラスの砕ける音。カナエが窓越しに次々と組員を撃ち抜いていた。事態を飲み込むのが遅れた組員が次々と倒れていく。

 「先行くか?」

 「はい」

 二人でビルに突っ込む。階段に走ると既に組員が降りてきていた。

 (馬鹿が、銃を持ってやがる)

 この狭い階段で銃を扱うのは至難の業だ。狙いを付けることも難しければ、反動を殺すこともできない。埋まった片手は命取りになる。

 カナエもキョウゴクも銃はホルスターに仕舞っていた。頼るは身体一つ。

 キョウゴクはジーンズにロングジャケットだったが、カナエはジャージ姿だった。やる気満々だったのかもしれない。それを動きが物語る。先駈けを任せてみてよかった。体術と銃、こいつは本物だ。

 実践はゲームとも試合とも違う。彼女が狙うのは金的。型で仕込まれたような流れは最後に金的を入れるための動きになっている。その動きは実践重視の合気道だろうか。そして地面に突っ伏せばそれで終わり。トドメの刺し方はいくらでもある。カナエは倒してはトドメを刺し、邪魔な死体をひょいひょいと投げて進んでいく。仕事の早いレジ店員のようだとキョウゴクは思った。

 任務はあっけなく終わった。

 帰路。車はマツダアクセラセダン。カナエは運転するキョウゴクの横で、ペットボトルのスポーツ飲料をグビグビと飲んでいた。こぼれたドリンクが本革オプションのシートに垂れる。その姿はマラソンのトレーニング後の様だった。

 「あっという間に終わっちゃいましたね」

 「お前のおかげでな」

 「嘘、自分でやった方が早かったと思ってる」

 黙るしかなかった。

 「人を殺せるのか確かめたんでしょ?それと、力試し」

 「お見通しでしたか」

 カナエは肩を竦めて得意げな顔をした。

 「しかし、いいのか?」

 「何がですか?」

 「暴力団とはいえ相手は国民だぞ?あんなに派手に殺して」

 「私は今ホテルチュウオウの人間ですから。命令には従います」

 公安の潜入捜査はいつも恐ろしい。公安調査庁の役割はあくまで情報収集と分析。にも関わらず壊滅させられた組織はいくつもあるし、ホテルチュウオウも何度も危機に晒されて来た。

 「ところで、カナエの任務はなんなんだ?」

 「それだけは言えません」

 なるほど。

 「つまりその命令によっては、お前を殺すことになるな」

 「どんな拷問を受けても言いません。そこら辺はキョウゴクさんの方が詳しいんじゃないですか?」

 知っているのか、とキョウゴクは思った。だからこそ、赤川さんも、カナエを送り込んできた。

 「どうだ、彼女は」

 カナエのことだ。

 「滅茶苦茶ですね。この四日間で暴力団員を十六人、警官を二人殺してます」

 「ほぅ、警官もか」

 赤川は思案顔をした。

 「お仲間ですよね。パトカーとカーチェイスになって、併走されたところをカナエが撃ちました。後部座席と助手席にいた二人です。派手に横転しましたから、運転手も恐らく死んだでしょう」

 「芝居では?」

 「それはないですね」

 キョウゴクのミスで警察に追いつかれた。芝居の用意をしていたとは思えない。

 「どうだ、元公安として」

 キョウゴク。本名、佐伯龍之介。元公安調査庁公安調査官。潜入捜査中に東野圭吾と出会ってその思想に触れ、ホテルチュウオウに寝返った。

 「近接戦闘は公安でもトップクラスでしょうね。狙撃の腕も見ましたが上出来です。オールマイティーに仕事をこなせるという点では良い出来です」

 「正体を明かした理由は?」

 「明かしても殺されない自信があった。俺がここにいると知ってのことかもしれません。公安も、赤川さんが俺にカナエをつけると読んだ」

 赤川は上を向いて唸る。

 「ん~、弱いな」

 「ですね。警官を殺す理由がないですから。手帳は本物だったんですか?」

 「こっちで預かってる。見てみろ」

 赤川が手帳を投げる。キョウゴクはくまなく手帳を調べた。

 「本物、に見えますね」

 「とりあえず、様子を見るか」

 「そうですね」

 組織に有用な人材であることは間違いない。しかしそれが不気味だった。

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とじる

公安調査庁調査第一部

 「波宮が警官を射殺しました!」

 法務省外局、公安調査庁調査第一部執務室。伝令と揶揄されている無能なキャリア組の西田が、受話器を置いて声を荒らげた。

 デスクから何人かが立ち上がる。

 「人数は?」

 桂川課長がその細い身体から発せられているとは思えない低い声で尋ねた。

 「二人です!」

 「そんなに大きな声でなくとも聞こえる」

 桂川は受話器を上げ、内線で部長室へつないだ。

 「波宮が警官を射殺しました。二人です」

 部長、木田勇次郎は一つ短いため息をついた。

 「こちらにも連絡が来ている。奈落落ちだ。お偉いさんたちが待っているらしい。報告を待て」

 お偉いさん。法務省の幹部たち。

 「承知しました」

 奈落。法務省の地下二階に設けられた、通信機器の一切ない会議室。重大な事案が発生したときにのみに使われる密室。ここで扱われる事案を皆「奈落落ち」と呼んでいた。

 「報告を」

 口火を切ったのは法務省事務次官、葛西樹。

 「四月二十日、Nシステムの前で曲がった赤いセダンをパトカーが発見。追跡すると逃走を図ったため応援を呼び追跡。高速道路で並走に成功。そこで逃走車両の窓が開き、ガラス越しに撃ち込まれたとのことです」

 スーツ姿の男が報告する。名前も呼ばれなかった小間使いだが、ここを離れれば所長クラスのエリートのはずだ。

 「助手席と後部座席に座っていた警官が即死。パトカーは壁に激突し横転、大破しましたが、運転手は生きていました。その運転手が公安にいた女を見たと証言しています」

 身元が割れた訳では無いのか、と木田は思った。

 (赤いセダン、か)

 佐伯龍之介の顔が浮かぶ。運転手が奴の可能性は高いだろう。

 「どう始末を付けるつもりだ!警視庁が怒鳴り込んでくるぞ!」

 知らない顔だ。

 「全力で対処致します」

 「お前なぁ!」

 新顔がいきり立つのを葛西が制した。

 「この件、佐伯龍之介が関わっていると思うか?」

 「いいえ」

 事務次官はジロリと狡猾な眼を向けてきた。

 「わかった。下がれ」

 何のために呼ばれたのか。要は釘を刺された訳だ。解決出来なければ後はないぞ、と。後は佐伯龍之介に関する確認。状況から見て法務省が佐伯龍之介の関与を疑っているのは間違いないようだった。

 (ややこしいことになった)

 ネクタイを外す。はらわたが煮えくり返っていた。

 執務室。

 「波宮が警官を射殺したと報告したのは誰だ?」

 木田は努めて声を抑えた。それでも語尾が震える。

 「私です」

 西田が立ち上がる。木田はツカツカと西田に歩み寄るとその胸ぐらを掴み、そのまま片手で投げ飛ばした。床に背中が激突する音が響く。木田はすかさずその上に覆いかぶさり、髪の毛を掴んで顔を引っ張りあげた。

 「電話で報告を受けたのか?」

 「は、はい・・・」

 西田の表情は、恐怖と苦痛で歪んでいる。

 「なんと報告を受けた!」

 「公安の女が警官二人を射殺したという目撃証言があったと・・・」

 執務室の調査官たちが息を飲んだ。

 「なぜ波宮と報告した!」

 「今潜入捜査に出ている女性が波宮調査官だけだからです!」

 木田は西田の顔を床に打ち付けた。後頭部を強打した西田が低い呻き声を上げる。

 「撃った奴の身元が割れているかどうか、お前が判断するな!今回は向こうがカードを先に切ったから無事だった。こっちから波宮の名前を出していたら、取り返しのつかないことになっていたんだぞ!いいか、今度俺の下で同じことをしてみろ。二度と日本で働けなくしてやる、覚えておけ!」

 「は、は・・・」

 生々しい刺激臭が執務室に漂った。西田は失禁して、そのまま気絶した。

 「桂川」

 「はい」

 木田は既に冷静だった。

 「波宮クズハ、佐伯龍之介、伊東良平。誰か一人でもいい、身柄を押さえろ。間違っても警視庁に渡すようなことはするな」

 「分かりました」

 伊東良平。公安調査庁で所在不明となっている男。彼は佐伯龍之介と波宮クズハの指導員、かつ班長だった。

 「部長、警視庁の方が来られています」

 「待たせておけ。桂川、行くぞ」

 木田はネクタイを素早く締め直した。

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盟友

 「まだ確認が取れていないとはいえ、このような事態となり、誠に申し訳ありません」

 まさか警視総監まで出てくるとは。木田と桂川はそう考えていた。

 「貴様ら、そんな挨拶程度の言葉でこの事態を収めるつもりじゃないだろうな!」

 徳村隆久刑事部長。警視庁きっての叩き上げだ。

 「そんなつもりはまったく・・・」

 「・・・ぇは」

 徳村が声をかぶせた。

 「今なんと?」

 「死んだ警察官の名前はと訊いている!」

 木田も桂川もはハッとした。二名死亡、一名重症・・・。

 徳村は三枚の写真を応接室の机に並べて手をつく。

 「パトカーに乗っていた三人だ!名前を言ってみろ!報告はしているぞ!」

 木田、唇を噛んだ。

 「知らない。申し訳ない」

 瞬間、徳村は机を踏みつけ身を乗り出し、木田を殴った。普通の人間なら吹っ飛ぶような拳だが、木田は黒光りする本革のソファーから動かなかった。ただ、血混じりの唾を吐く。

 「今、潜入捜査に出ている女の名前を言え」

 徳村は殴るよりも強い攻撃を仕掛けてくる。

 「言えません」

 「人が死んでるんだぞ!捜査に協力しろ!」

 「落ち着け、徳村」

 警視総監、椿蓮也。

 「お宅さんの立場はよくわかる。しかし所詮は法務省の官僚だ。我々とは立場が違う。情報が欲しい。こちらの願いはそれだけだ」

 木田はたっぷり間をとってから口を開いた。

 「ホテルチュウオウ。今調査している組織です。これでご勘弁を」

 「わかった。ご協力感謝する」

 椿が答える横で、徳村の顔が一瞬にして青ざめた。

 応接室を出ると廊下で徳村が木田に声をかけた。

 「ホテルチュウオウってことは、佐伯龍之介が噛んでるのか?」

 先程の剣幕とは違う凄みを持っている。

 「俺はそう考えている」

 木田と徳村は旧知の仲だ。年齢は離れているが昔からウマが合った。

 「報告では赤いセダンと運転手は証言したそうだが、恐らくマツダのアクセラセダンだ。誰が隠したのかは分からんが、佐伯龍之介の愛車と一致する。漏らすなよ」

 「やけに優しいじゃないか。殴った件については謝らんぞ」

 「いや、あれは俺の手落ちだ、勘弁しろ。ウチも大変なんだ。でも応接の机は踏むな」

 徳村は腕組みをして考え込んでいた。

 「何が起こってる」

 「わからん」

 「お前、まだ何か隠しているだろう」

 伊東良平。この名前は今出す訳にはいかない。

 「今日は勘弁してくれ。いずれ話す」

 「わかったよ、じゃあな」

 そう言って徳村は椿警視総監と共に法務省を去っていった。

 「二発で二人、か」

 木田が呟く。

 「波宮ですか?」

 「いや、運転手の証言ではそこまではわからん。でもこの報告書を見る限り波宮に間違いないな」

 聞こえた銃声は二発。死んだのは二人。しかも一人はシャドウガラス越しだ。波宮の腕でないと難しいだろう。

 「一つ解せないのは、もし佐伯龍之介だとして、パトカーに追いつかれたことだな。アイツの運転技術はそんなヤワじゃない」

 「警官を殺させるテスト?」

 桂川は恐ろしい思いつきを口にした。

 「かもしれん。だとしたら、もう既に波宮はいろんな事件に関わっているだろう。民間人、暴力団、そして警察。次は公安のお仲間でテストがあるかもしれん」

 自分も部長も立派なターゲットだな、と桂川は思った。

 西田を追い詰める木田を見て鳥肌が立った。怖かったからではない。現役時代、現場最恐と言われた木田勇次郎が未だ健在であることを思い知らされたからである。それ故に、部長木田を失うことは公安調査庁として絶対に避けねばならない。

 (どこまでもついて行く)

 桂川は、自分の指導員でもあった上司に、強い決意の眼差しを向けた。

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生きるということは、生き残るということ。生きているということは、生き残り続けたということ。

 「私に警官を殺させたんですか?」

 カナエが訊く。

 「いや、ラジエーターの調子が悪かった。オーバーヒート寸前だったから、速度を一旦落としたんだ。だからお前が撃ってくれて助かった。俺のミスだ」

 「ミス?新しいNシステムに気づくのが遅れたことじゃなくて?」

 キョウゴクは思案顔になった。

 「あぁ、そうだったな。それもあったけど、あんなのは何てことない。いつもなら振り切れてた。だから逃げたんだ。今回のミスは車の整備不良だよ。ナンバープレートもしばらく変えてなかったし」

 Nシステムは日本中に張り巡らされたナンバープレート監視システムだ。違法行為を行う場合、ナンバープレートを常に変えておかないと直ぐにアシがついてしまう。

 「だからむしろすまなかった。お仲間を殺させてしまって」

 今度はカナエが思案顔になった。

 「だから私はホテルチュウオウの人間ですから。心配しないで下さい」

 徹底した心のコントロール。もしかして、という思いがキョウゴクにはあった。

 伊東良平。

 もしかしてカナエは、伊東に指導を受けたのではないか。だとしたら、その命令とは一体なんだ。

 「そういえば、京極夏彦読んでみましたよ」

 キョウゴク自身は読んだことがなかった。

 「どうだった?」

 「長かったです」

 どう答えたものか、とキョウゴクは考えていたが、カナエの様子を見ると、それで会話は終わったようだった。

 「右2、上1」

 「よし」

 狙撃。状態のいいM110が手に入った。レア物だ。

 観測手のキョウゴクの合図に合わせて、カナエがスコープの目盛りを調整する。

 「下2、撃て」

 ドンと鈍い音が上がる。撃てば成功失敗関係なく即撤退。

 今回のターゲットはハイヒールのヒール部分。階段を上る女性の足元。脚を撃っても任務は失敗。あくまでヒールが折れたことによる事故にしろという指示だった。人材が豊富なホテルチュウオウといえど、こんな超高難易度な狙撃任務をこなせる者は少ない。皆が尻込みする中、カナエが手を挙げたのだ。

 「どう?無線」

 カナエがシャワーから上がってきた。

 「事故で処理されてるな。アナログの周波数でやり取りしてる」

 「偽装じゃなくて?」

 「一応デジタルの周波数も暗号も当たってはいるけど、現場近くじゃノイズも入らんな。まず大丈夫だろう」

 それを聞いて安心したのか、カナエは大きく息を吐いた。

 「緊張したー。キョウゴクさんは、観測手が上手いですね」

 「いや、お前の腕も大したもんだ。並大抵の事じゃ身につかない」

 「先生が良かったですから」

 カナエはそう言うと遠くを見つめた。

 「生きるということは、生き残るということ。生きているということは、生き残り続けたということ」

 キョウゴクが呟く。それを聞いたカナエは、真っ直ぐにキョウゴクを見つめた。柔らかく、悲しげな表情で。

 「やっぱりそうだったんですね。そんな気がしていました」

 「伊東先生に教わったんだな、全部」

 キョウゴクが呟いたのは、伊東の教えの一つだった。

 「はい。だから、呼吸が合うんですね、私たち」

 (呼吸を合わせろ)

 それも伊東先生の口癖だったな、とキョウゴクは思い出していた。

 「会いたいなー、先生に」

 「そうだな」

 教え子をこんな所に送り込んで、一体何をしているのだろうか。

 (あなたの部下は、警官を殺して悲しんでいますよ)

 もしかしたらそれすらも、伊東先生の計画の内なのだろうか。

 「どう見る」

 公安調査庁調査第一部、部長木田。

 「出来過ぎてますね。偶然とは思えません」

 同課長、桂川。木田と桂川の間に人員はいない。だから二人は所長と次長のような関係にあたる。

 「イギリスの駐日大使。気にならんか?」

 「えっ、これはヒールが折れて転けたんでしょ?」

 「死ぬほどの場所、死ぬほどのタイミングでな」

 この件は事故として処理されている。

 「波宮なら可能ではあると思います」

 「そう、波宮なら可能。そんな事件が起こり過ぎている。しかも全てホテルチュウオウの追い風になる形で」

 警官射殺の報から半年が経っていた。あれから波宮はスッカリと姿を消してしまった。佐伯の赤いセダンも。しかし、ホテルチュウオウは、急速に力を付けていく。

 「伊東良平、まだ見つからないか」

 「申し訳ありません」

 木田は腕を組み目を閉じた。

 「一体伊東はどんな命令を出したんだ」

 公安のエースだった伊東の評価は今や、テロの黒幕を疑われるまでになっていた。いや、伊東はエースと言われていた頃から怪しい魅力を持つ男だった。ホテルチュウオウのボスだと聞かされても誰も驚かないだろう。

 対して波宮は、最近の入庁組には珍しく、真面目な努力家で、皆の人気者だった。愛らしい見た目もあって、メキメキと成長してゆく姿は眩しくもあった。そしてその力は、伊東の下でさらに開花した。そして伊東は波宮をホテルチュウオウへ送り込むことを決めた。

 その決定に皆が驚いた。伊東はホテルチュウオウに、愛弟子である佐伯を盗られている。

 「佐伯を取り返すつもりか?」

 桂川は訊いた。

 「機密事項です」

 公安調査庁は、職員同士の階級差があまりないことで知られる。たとえ部下であっても、機密事項に土足で踏み込むことはできない。それ故に、波宮との連絡手段も伊東しか持っていなかった。

 伊東は波宮にどんな命令を出したのか。そして波宮、お前は何をしている。

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