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大切な忘れ物 完結

THE 隙間

更新:2018/10/11

カンリ

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48
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9
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深夜、発射直前の宇宙船へ忍び込む少女。
そこにいたのは、怪しげな老人だった。

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 草木も眠る丑三つ時。薄雲の棚引く漆黒の空の下、明日発射予定の宇宙船が草原地帯に鎮座している。

 と、小さな人影が宇宙船へ近付いていく。やがて船体に辿り着いた人影は、懐中電灯のような小さな明かりをともしたかと思うと、その出入り口を開けた。

 瞬時に滑り込む人影。閉じる出入り口。

 そして、辺りは何事も無かったかのように静けさを取り戻すのだった。

 パチ、という音の後、船内に懐中電灯の光が灯った。暗い色のローブを羽織った人物は、ブンブンと頭を振りながら被っていたフードを脱ぐ。

「ふう」

 姿を現したのは、十代くらいの少女だ。少女は一つに束ねた長い髪の毛を振り払い、辺りを見回した。

「さて、どこから壊そうか……」

 そう呟きながら、少女は自身の懐へ手を忍ばせる。と、その視界の端で何かが動いた。

 ビクッと身体を震わせる少女。振り向き様に懐中電灯の光をそちらの方へと向ける。

 少女が光を向けたのは、操縦席の後部にある座席群だ。その座席の下にある隙間で、何かがもぞもぞとうごめいている。

「だ、誰」

「……ヴォエエエ」

「ひっ!」

 ぶるぶるとブレる懐中電灯の光。気色悪いうなり声と共に、座席の下から人間が這い出てきた。

 ウソ! あり得ない! 無人の筈の宇宙船に、何故こんな得体の知れない輩が!

 少女はそう叫びたかったが、驚きと恐怖のあまり声が出てこない。魚のように口をパクパクさせたまま、その場に倒れ込んだ。

 ぶしゃっと何かが破裂するような音の後に、細かくて冷たい何かが顔にサラッと降りかかる。固く閉じていた少女の瞼がピクリと動き、彼女はゆっくりと目を覚ました。

「フガホニャ……」

「ッ……!!」

 すぐ目の前に、ぬぼ~っと自分を覗き込む顔がある。面食らった少女は再び金切り声をあげそうになった。

 少女の視線の先には、みすぼらしい格好のぼんやりとした表情の老人がいた。鬱蒼と伸びた白髪に白髭。重く垂れ下がった皮膚に、幾重にも刻まれた皺。

 老人は懐から何かを取り出したかと思うと、それを口元へ持っていき、食べるような仕草をした。そして大きな咳払いをした。

「驚かせたようで、すまんのォ」

 入れ歯をはめたらしい。少女はゴクリと生唾を呑みながら、自身の懐へ手を忍ばせた。

「誰! ここ、立入禁止よ」

「……」

「ひょっとして、泥棒!?」

 少女は服の中に隠してある玄翁の柄を、ギュッと握りしめた。老人は口元をモゴモゴとさせながら、尖った鼻の頭をゴシゴシと擦る。

「さあ、どォだったかのォ~」

「……はぁ?」

「物忘れが酷くてのォ。何をしておったのか、全く思い出せんのじゃ」

 言い終えると老人はヨタヨタ動き、座席に腰掛けた。少女は瞬きを繰り返しつつ、取りあえず足元に落ちていた懐中電灯を拾い上げた。

 この老人、見たところかなり高齢だ。物忘れが酷いという話もあながち嘘ではないかもしれない。

 少女が玄翁からソロリと手を離す頃、老人がやっと口を開いた。

「あ、そうじゃ。わし、探し物をしていたんじゃった」

「探し物? ここで?」

 老人は少女の問いかけに答えず、曲がった腰をさらにひん曲げて辺りをうろうろし始めた。

 人の立ち入りが制限されている、発射直前の宇宙船。全く無関係そうなこの老人が、こんな場所に落とし物などするだろうか。

「絶対あなたの勘違いよ。外を探した方がいいわ」

「え~と……」

「ねえ、早く出ていきなさいよ」

「ないのォ……」

「……んもう!」

 暖簾に腕押し、糠に釘。ため息をつく少女。

「分かったわよ。手伝う」

「おお! ありがたい事じゃ!」

 少女はずっこけそうになった。耳は遠いが、、自分に都合の良い事だけはハッキリ聞こえるらしい。

 それから二人は黙々と床を這うように探した。だが光源が少女の懐中電灯だけという事もあり、作業は思うように進まない。

 (いや、そもそもあるわけがない。いつまでこんな茶番を続けるの?)

 少女はチラリと操縦席の分厚い窓ガラスを見た。地平線の際は、既に紅く染まり始めている。

「のう、お嬢さん」

 その時、老人が口を開いた。

「そういやお嬢さんは、どうしてこんな所にいるのかのォ」

 少女は目を見開いたまま硬直する。嫌な汗がぶわっと出て来て、心臓だけがバクバクと存在感を主張している。

「あ……あたしはね、宇宙飛行士なの」

 やっとの事で出て来た言葉。ほうほう、と頷く老人。

「明日地球を出発するの。だから念の為下見にね」

「宇宙飛行士とはスゴイのォ~。試験は大層厳しかったじゃろうに」

「そ、そうね」

 少女は頭をフル回転させて、別の話題を探した。と、その視界の端に何かが映った。

「何かある!」

 操縦席の下の隙間。光をそちらへ向けて、手を伸ばしてそれを掴む。

 少女が手にしているのは、フェルトで出来た小物だった。御守りなのだろうか。ただ素人が作ったものらしく、縫い目はガタガタで中からは綿が飛び出していた。

 何の気なしにそれを裏返した少女は、ハッと息をのんだ。裏側に刺繍された名前。それは彼女が、この世で一番大切にしている男の名だ。

「ねえこれ……って、お爺さん!?」

 少女はギョッとした。老人は、音もなくハラハラと涙を流しているではないか。

 慌てて駆け寄ると、老人は御守りをソッと手に取り抱き締めるようにした。

「ネリカ……! 本当にあった、ネリカの御守りが!」

「ネリカ」

 少女は目を見開いたまま、おうむ返しに呟いた。老人はそのまま話し続けた。

「ああ、思い出した……。わしはたった一人の家族である妹から貰った大事な御守りを、発射前日の点検作業中に無くしたのだ。妹にはとうとうその事実を告げぬまま宇宙に行った」

「……」

「ずっと、ずっと心残りじゃった。長患いのベッドの上で、何度も何度も願った。あの日に戻って、無くした御守りを探したいと。するとどういう奇跡か、わしは『あの日』に戻る事が出来たのだ」

 そう話し続ける老人の身体は、どういうわけか徐々にほのかな光に包まれていく。身体も透き通ってきた。

 少女は思わず手を伸ばす。老人はそんな少女に気付くと、目尻を下げて笑みを見せた。

「これで悔いなく死ねる。あなたのお陰で、最期に良い夢を見る事が出来たよ」

「待っ……」

 パァンと水滴が弾けるように、老人の姿は消えた。少女は薄暗がりの中に、手を伸ばしたまま一人佇んでいる。

 無言で懐に手を伸ばし、玄翁を取り出した。少女はしばらく視線を伏せたままそれを見つめていたが、結局何もせずにその場から立ち去るのだった。

「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」

 翌朝、少女は発射台の近くで宇宙船を見ていた。傍らには彼女とよく似た宇宙服を着た男が、どこかソワソワとしながら頷いている。

「それにしても、変だな」

「え?」

「お前、危険だからって宇宙行きをあんなに反対していたのに。宇宙船壊すとまで言っていたじゃないか。どうしてスンナリ送り出してくれるんだ」

 兄は尖った鼻の頭をゴシゴシと擦りながら、チラリと妹を見た。心地よい草原の風が、少女の長い髪の毛を撫でていく。少女はフッと微笑むと、意地悪そうに笑って兄の肩を小突いた。

「小さい頃に作ってあげた御守りが、きっとお兄ちゃんを守ってくれると思ったからよ」

「!! じ、じゃあ俺行くわ!!」

「ハイハイ、頑張ってね」

 そうしてバタバタと駆け出した兄の後ろ姿を、少女ネリカは眩しそうに見送るのだった。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/10/11)

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とじる

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