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過疎の村のHalloween

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北東北の山村。古民家に移り住んだサエコが見た里神信仰の風習は、ハロウィンに似ていて……

1位の表紙

目次

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1話 急いだ引越し

 ボールペンを走らせる手を止め、不動産屋は顔を上げた。一瞬で笑顔を忘れた営業マンの目元に、サエコはドキリとする。賃貸契約書の角を指先でなぞるように整えるのは、彼の癖か。その仕草は、焦りを誤魔化すようにも見えた。サエコもバツの悪い空気を取り繕うように、口角をわざとらしく上げてみる。

「だってその日は、村の秋祭りなんでしょう?」

 

「だからあえて10月31日ですか? おやめになった方がよろしいと思いますよ。1日だけ待って、11月1日入居になさったらいかがですか? キリのいいところで」 

「せっかくの機会を逃して1年後まで待つなんて、ちょっともったいないかなぁ、って」

「祭りというより、里神信仰の風習ですよ。私はあまり詳しくないんですが、村全体ではなくて、あの集落だけに伝わる小さい行事らしくて……」

「素敵です! 知る人ぞ知る風習だなんて」

 カウンター越しに食い入るサエコに、不動産屋は更に表情を曇らせた。まいったなあと言わんばかりに、露骨に溜め息をついて頭を掻く。

「こういう言い方は失礼かもしれませんが、新参者がいきなり首を突っ込むのはいかがなものかと。何て言うか、かなり…… 厳かな伝統行事らしいので、住み慣れて、ある程度背景を知ってからの方が」

「背景って?」

「いや、私は、言い伝えがあるらしいと聞きかじっただけですから…… 詳しくは地域にお住まいの方にお尋ねになってみてください。とにかく11月入居をおすすめします」

 入居の予定を切り上げたいとサエコが申し出たのに対し、不動産屋はやけに消極的だった。奥歯に物が挟まったような言い方で真相には触れないが、地域特有の事情があるらしい。サエコも引越しを急ぎたい気持ちは譲れなかった。旅行で幾度も村を訪れ、村の暮らしを知ったつもりになっていたが、秋行事のことは初耳だった。

「何とかお願い出来ませんか? 新生活の記念日にもなると思うので」

 

「手続き上は問題ないんですが…… 分かりました。余計なこと教えるんじゃなかったかな……」

 

 渋々了解した不動産屋は、書類に目を戻してボールペンを持ち直す。サエコの新居への引越しは、10月31日に決まった。新居といってもサエコが選んだのは、築100年を超える曲がり屋。全国を旅して、北東北のとある山村で出会った古民家だ。

 デザイナーのサエコは、インターネット環境さえ整っていれば、収入には困らない。都会で暮らす意味を見失ったがゆえ、旅先で仕事をすることを好む、ノマドのような生活だった。桜前線とともに北へ向かい、いち早く夏を求めて南へ飛ぶ。紅葉を先取りしにまた北上。冬は北国の渡り鳥と雪景色を楽しむ。レジャーや観光よりも、ゆったりと郷土料理のもてなしを受けるのが、サエコの旅の楽しみ方だった。

 ある時、自宅マンションの住人に少しばかり迷惑をかけてしまった。留守中に届いた配達物が郵便受けから溢れ、事件ではないかと通報されたのだ。その小さな近隣トラブルを機に、どこか居心地のいい場所を拠点にしたいと、サエコは考え始めた。どうせ根を下ろすなら、四季を色濃く感じながらエネルギーを極力使わない暮らしがしたいと、山の中腹にある静かな村の古民家を借りることを決めた。

 独り暮らしの少ない持ち物を引越し業者に渡し、空っぽになった部屋で夜を迎える。寝袋にすっぽりとおさまって見上げた天井は、カーテンのない窓からの明かりに照らされ、ぼんやりと白い。東京の最後の夜に、あえて別れの寂しさをあげるなら、これといって思い出深い出来事もないまま、ここを去ることだろう。

 仮眠程度の睡眠を取って未明、サエコは、商売道具のノートパソコンや貴重品などをおさめた旅行カバンをひとつ後部座席に積み込み、北の新天地へ向けてアクセルを踏んだ。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/11/10)

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不動産屋の描写がとても上手だなあと思いました。本当にこんな感じ、ですよね。リアルだなあ。それと、サエコのノマドな仕事のしかた、憧れます(^^♪

湊あむーる

2018/11/9

2

湊あむーる さま
ちょっと口数多い不動産屋ですね 笑

作者:花ミズキ重

2018/11/10

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とじる

2話 カヅの歓迎

 庭先に停めた業者のトラックから、家財道具が手際よく降ろされる。引越しのさなか、腰の曲がった老婆がサエコを訪ねて来た。老婆は隣にひとりで住む、苫米地(とまべち)カヅだと名乗って、自宅の方を指差した。カヅは、まあるい背中のまま、サエコに顔を上げて笑いかけた。

「こたら部落は嫌だと、出て行く若者ばかりだのに、よーくおんでなさったなあ」

「こちらからご挨拶に伺うのが筋ですのに、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」

 カヅは、孫が東京にいると話した。足立ナンバーのサエコの車を見て、親近感でもって迎え入れているのだと、サエコには分かった。

「あんたさんは、おひとり身でいなさるんだか?」

「あ、はい。独身です」

「ここらの若え者に、いい婿さんがあればな」

 

 自分が発した冗談に、カカカと笑い声を上げたカヅは、どうやらひとのいい隣人らしい。サエコも一緒に笑った。しばし立ち話をすることになったが、サエコはすぐに申し訳ない気持ちで笑顔を強ばらせてしまった。隣といっても、カヅ宅は300mは離れている。年寄りに上り坂を歩かせてしまった上に、お茶も出せずにいたのだ。

 

「このとおり引越しの最中ですので、何のお構いもできなくて」

 

「いやいや、なんも、よいよい。お茶っこだら、いつでも飲めるんだから。荷解きが落ち着いたら、おらほさおいでなせえ」

「ありがとうございます。あの、カヅさん、今日のお祭りは、どこで何時頃から始まるんですか?」

「お祭り? なんも、今日はお祭りでねえよ」 

「10月31日は、このあたりの里神にまつわる行事があるって、聞いてたんですけど」

「ああ、キイさまの冬のお支度だら、間もなぐだ。わらしっこが学校から下がって来れば、皆とこを回って歩ぐ。あげ申すに、家(え)さいねばなんねえよ」 

「アゲモス? 家にいたら、子どもたちが来るん、ですか?」

「んだよ。あんたさんほさも寄さるように、おらがキイさまさ、喋ってよこすから」

 

 言葉の壁。聞き取れた単語を繋げ、何とか大まかな内容を理解したサエコだったが、カヅとの会話は苦痛ではなかった。懸命に標準語に近付けようと言葉を選んでくれたカヅに、少しでも歩み寄らなければと、サエコも耳を傾けて丁寧に聞いた。カヅの茶飲み友だちをしているうちに、きっとお国言葉に慣れて行く。サエコには、前向きな気持ちしかなかった。

 

(ハロウィンと同じ日に、日本にも子どもたちが家を回るお祭りがあるなんて。面白い)

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とじる

3話 覆面の子どもキイさま

 荷を降ろし終えたトラックが帰ると、サエコは板の間を拭いて、囲炉裏端に座った。8時間のドライブの後、休む間もなかった引越し作業は一段落。靴下の汚れを気にしつつ、麓のコンビニで買っておいた弁当を開けた。趣のある室内に惚れ惚れしながら箸を進める。使い込まれた床板、古びた自在鉤、見上げれば立派な梁。かまどの隅には木製の農器具のようなものと木桶が寄せてある。前の住人が置き去ったものらしい。木立のざわめきと野鳥の声を聞きながら、L字型の間取りを見渡すほどに高揚感が増した。

(囲炉裏…… 火を入れたら素敵だろうな)

 タイムスリップしたような感覚に、思わず笑いがこぼれた。伝統家屋に、プラスチック製の弁当パックやレジ袋は、あまりにも似つかわしくなかったのだ。山仕事の馬とともにあった古の住人の生活に、サエコは思いを馳せていた。

(この村に生まれた子ども達か…… あ、せっかくだから、ハロウィンみたいなことしてみてもいいかも。どうせ食料買いに行かなきゃだし) 

 これから来る子ども達へのちょっとしたギフトを思い付いたサエコは、掻っ込んで昼を済ませた。車のキーと財布を手に取って土間へ降り、かかとをスニーカーに突っ込みながら、馬屋の木戸を出る。車に乗り込む前に、数人の子どもの一行がすぐそこまで来ているのが見えた。朱赤の吹き流しの付いた旗を掲げ持った子どもが先導している。50mほど下だ。

「あらら、遅かった…… こんなことなら、お弁当と一緒に何か買っておけばよかったな」

 コンビニの陳列棚にあったハロウィンのパッケージのお菓子が、頭をよぎる。子ども達は、腰につけた葡萄のような房鈴をシャンシャンと鳴らしながら、弾む歩調を早めた。

 「いいなぁ。素敵。ハロウィンってより、何だかクリスマスの音みたい」

 戸口で出迎えたサエコに、子ども達は驚いた様子だった。

「わ、ホントに女のひといたー」

「カヅばっちゃに聞いて来ました!」

「はい。こんにちは皆さん」

「キイさまの冬のお支度、お願い申します」

 横一列に並んだ5人の子どもは『お願い申します』と声を揃えて、頭を下げた。一呼吸遅れてサエコも頭を下げる。挨拶を交わしながら、サエコは真ん中のオーバーオールの子どもから視線を外せなくなっていた。

(かわいいー! 真ん中の子、生きたぬいぐるみみたい!)

 ひとりだけが、ねずみのリアルな覆面をすっぽりと被り、仮装をしている。クリスマス菓子入りのブーツのような小さなニット靴を履き、手にはフリースのミトン。その赤ん坊のような小さい手で大荷物を引きずって来た。

 左手には、麻紐のネットに入ったカボチャをふたつ。ジャック・オ・ランタンに似せているのだろうか『へのへのもへじ』の墨書きが施してある。右腕に引っ掛けた真っ赤な消火バケツの中には、ピーナッツやビスケットの類のお菓子が見えた。背中は竹の背負具で、サツマイモや大根を紅白縄でくくり付けている。

 他の子どもも、野菜や袋入りのナッツを抱えているが、覆面の子どもの手荷物が一番多い。連れ立っている小学生との身長差から、最年少と見えるその子が、一行の主役らしい。覆面の子どもは、サエコの前へ歩み出た。

「キーサ、オソネェコケネガ。アツコドバ、モサネバネンダ」

「え?」

「キイさ、お供えっこ、けねが。案つ事ば、燃さねばねんだ」

「お供え?」

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1

google翻訳で訳せませんでした

海坊主

2018/11/10

2

海坊主 さま
訳「キイにお供え物をくれませんか? 心配事は燃やさなきゃならないんです」岩手県北~青森県南の方言なのでGoogleで翻訳出来ません。ご苦労さまです 笑

作者:花ミズキ重

2018/11/10

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とじる

4話 里神行列のひそひそ話

「ああ、食べ物を集めてるってことかな?」

「キイさ、お供えっこ、けねが。案つ事ば、燃さねばねんだ」

「ごめんね。私、今日引越して来て、これから買い物に行くところで。今あげられるものは何もないの」

 子ども達がぎょっとして肩をすくめ、顔を見合わせた。旗を持った先導の男の子が一番年長なのだろう。気まずさを隠しきれない笑顔を作り、口を開いた。

「あの、飴玉ひとつでも、何でもいいんです。キイさまは神さまだから、冬のお供物、あげ申さないと……」

「お前(め)さまは、キイさお供えっこ、けねのがい?」

 覆面の子どもが、顔を上げながら首をかしげる。上質なオニキスのような目玉に、空色とサエコの姿が映り込んだ。ゾクリと背筋に走る焦りに、サエコは後退りを堪えた。まるで生きた動物の眼光だった。

「ホントに、ごめんね。何もないの」

 

「案つ事だ。柱っこ立でで教(おせ)ねばね」

(柱……)

 覆面の子どもの言葉が立ち去る合図のようだった。子ども達は神妙な面持ちで無言の一礼をすると、サエコ宅を後にした。

「せっかく来てくれたのに、ホントに、ごめんね!」

 見送りの言葉をサエコは後悔した。追い討ちをかけるムードを作ってしまったのか、一行は返事もしない。落胆を物語る腰鈴の音は、横風になびく旗に導かれ、下り坂を戻って行った。

(そんなにガッカリしなくても……)

 子ども達は、村のならわしを承知している。進行方向を見据えて歩かなければならなかった。冬の供物献上を断る者への情けは無用。この集落の常識を言い聞かせるように、最後尾の子どもがサエコには届かない声で繰り返していた。

「絶対振り返るな。絶対振り返るな。絶対振り返るな。絶対振り返るな」

「トモキ、そんなに言わなくても大丈夫だよ」

「そうだよ。うるさいなぁ、6年のくせに」

「だって…… キイさまにお供物出さないひと、初めて見たんだもん。怖いよ」

「トモキ、キイさまの前で怖いとか言っちゃダメだよ。キイさまとの約束守らない方が悪いんだからね?」

「そうだけど…… あのひと、今日引越して来たって言ってた。キイさまのこと、知らないんじゃないかな」

「黙って歩きなよ。”情けは無用”」

「うん。分かってる。”情けは無用”…… キイさま、祠まで俺がカボチャ持ってあげるよ」

 小声の会話は一旦途切れた。一行は、里神を祀るの祠へと歩みを進めた。『キイさま』と呼ばれ、古くから親しまれている山ねずみの神を祠へ送り届けたあと、冬支度の神事を取り仕切るまでが、一行の仕事だ。

 村に生まれた子どもは6歳になると、12歳を迎えるまで里神に仕える。これは、かつて村を救った里神との約束事のひとつで、特に年長の者は里神のお供として子どものない家々を回り、供物を貰い受ける役を担う。

 里神行列の殿を務めるトモキが気にかけていたとおり、そんな村の伝統を何ひとつ知らないサエコは、胸ポケットで鳴った携帯を取っていた。着信はサエコの母からだった。

『サエコ、着いたの?』

「うん、無事引越し完了」

『どう? 田舎の空気は。寒くない?』

「思ったほど寒くない。最高よー」

『もう紅葉始まってるの?』

「見頃には少し早いかな。あとでおうちの写真送るね。あ、そうそう、今日ね、地元のちょっとしたお祭りがあって。それが日本版ハロウィンみたいなの。たった今子ども達が帰ったとこ」

『へえ。ハロウィンも浸透したものね』

「でも、外国のハロウィンとは別物みたい。お菓子じゃなくて、お野菜とかナッツをもらいに来るの。このあたりの神さまの伝統行事なんだってー」

 ひとしきり話して通話を切る頃には、鈴の音はすっかり遠ざかり、旗の吹き流しの尾は、木立に見え隠れしていた。サエコは携帯のレンズを家に向ける。

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とじる

5話 カボチャの神事

「あれ? ケータイ汚れちゃってるのかな」

 袖でレンズを拭いて撮り直してみる。山を背景にした家の画像は、陽炎のフィルターでもかかったかのように、オレンジ色のゆらぎに覆われていた。数枚を見比べ、比較的よく撮れている物を母に送信し、メッセージを打ち込む。

“逆光で上手く撮れなかったけど、明日もいい天気みたいだから、また撮影して送るね。囲炉裏も使ってみる。今から買い物いってきまーす!”

 サエコはうきうきと車を出し、山道を下って行く。途中、脇道の入口に、あの吹流しの旗が見えた。停車して旗の奥に目を向けると、カボチャを抱えた子どもが10人程集まっている。

「あ、ここ神社だったんだ。鳥居がないから気付かなかった。子どもだけのお祭りなのかな」

 子ども達は、紅白のモールで飾られた祭壇を囲み、持ち寄ったカボチャを順に置いている。不動産屋が言ったように、それは小ぢんまりとした行事らしかった。

 祠で神事の支度をしているトモキが、サエコの車に気付いた。そばにいた低学年の女の子がトモキの視線につられた。

「ねえトモキ、あれ、カヅばっちゃの家のひと?」

「違うよ。カヅばっちゃの上に住んでるひとだよ」

「カヅばっちゃより上に住んでるひとなんて、いたんだー」

「うん…… あんまりジロジロ見るなよ。あのひとに、関わんない方がいいよ」

「どうして?」

「どうしてもだよ。ほら、そこにカボチャ置いたら、あっちに並んで。俺、水汲みに行かなきゃ」

「私、おうちから着る物預かって来た」

「じゃあ、キイさまに着せてあげて。あそこの積んである所には置いちゃダメだよ。あっちは全部去年の服で、今から燃やしちゃうやつだからね」

「うん!」

 捧げ物の多くは日持ちの良い食べ物だが、とりわけ子どもが供える物はカボチャと決まっている。雪に閉ざされる山で、里神がひとり寂しくないようにと、遊び相手の子どもに見立てて、墨で顔を描いたカボチャを献上するのだ。

 里神は、頭こそ山ねずみそのものだが、幼児のような体つきをしているため、供物と一緒に冬の衣類を供える者もある。

「キイさま、ひいおばあちゃんが、ちゃんちゃんこ作ってくれたよ」

「タヨの綿入れっこだ? 着せでけろ」

「うん。キイさま、ひいおばあちゃんのこと知ってるの?」

「覚(おべ)でらよ。タヨは嫁っこさ行っても、キイさお供えっこ持て来てけだんだ。めんこいわらしっこだった」

「ふーん。初めて聞いた。キイさまって、今何歳?」

「はて、なんぼさなるんだか。長ぇ事死なねで、こさばり居んだもの、歳もなも忘れでしまった。200までは勘定したったども」

「あははは、すごーく、長生きだね!」

 着重ねて丸々と膨れた里神は、石造りの祠に腰を掛けて、神事の支度が整うのを待つ。

 祠の様子にしばし見入っていたサエコは、短いクラクションの音にハッとした。前方からゆっくり来る軽消防車を見て、慌ててブレーキペダルから足を離す。車を道幅ギリギリに寄せ、ミラーをたたんで道を譲ると、ふたりの消防団員がにこやかに手を振り上げ、注意深くすれ違った。サエコは会釈を返して麓へ、軽消防車は祠への脇道に曲がった。

「今のは、どっから来た車だ?」

「苫米地さんとこの孫さんでねえか? 足立ナンバーだった」

「孫さん結婚したんだか? 嫁さん連れて帰って来てらんだべか?」

「んだがも知れねな」

 消防団のふたりは、子ども達が執り行うお焚き上げに立ち会う。

 山の祠から細い煙が上がる頃、サエコは、隣町の複合型商業施設まで足を伸ばしていた。暮らしに必要な大抵のものはここで買い揃えることが出来る。大規模で近代的なショッピングモールの雰囲気と、のどかな山村の空気とのコントラストの強さには、かなり面白味を感じたが、サエコは少しばかり買い物客の目線を気にしていた。

(ここって、おしゃれして来るようなところなんだな。急ぎの物だけ買って、早く帰ろう)

 引越しのあと着替えもせず、普段着のまま出てしまったサエコは、婦人服専門店でとりあえず上着を買って羽織ったが、広いモールを歩き回ることはしなかった。数日分の食料品と、薪の少量束だけを買い、駐車場へ出ようという時、ペットショップのショーケースに釘付けになってしまった。

(猫、かわいいなぁ。ペット可だし、こんなに安くなってるなら、飼ってみてもいいかも……)

 仔猫というには少し大きい猫ばかりで、どれも半値近くまで値が下がっていた。ガラス越しに愛くるしく甘える猫をしばらく眺め、車に戻る頃には日が暮れようとしていた。後部座席に積みっぱなしだった旅行カバンの隣に、満タンの買い物袋をふたつ置き、帰路を急いだ。街灯のない山道をドライブしなければならないから、日没前に帰宅したかったが、県道から山道に入る曲がり角で、赤色灯を振る警察官に止められた。

「ごめんなさいね。この先は、緊急車両以外は通行止めなんだけども、住人の方ですか?」

「はい」

「今ね、上が火事で。鎮火するまで、そこのコンビニさんで待機してもらえると助かるんだけども、念のため、おたくさんのお名前とご住所、伺ってもよろしいですか?」

「あ、はい……」

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