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【R15】 15歳未満の方は移動してください。この作品には <残酷描写> が含まれています。

私的感情理論の証明 完結

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合計:8

これはある種の摘発で、個人的には実験で、そうして根本は、復讐である。

こちらもよろしくお願いします↓↓
続編 :「Noise to you 01」(お題「信念を貫くために犯罪を犯した人の物語」)

1位の表紙

2位

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 背後で続く喧噪に耳を傾けながら、夜空に浮かぶ満月に煙を吹き付ける。机の上に投げ出されていた物を勝手に拝借しているので、いまいち閃〈せん〉の口には合わないが、こういう手持無沙汰な状況ではタバコを吸うくらいしか暇を潰す方法を知らなかった。

 悲鳴。悲鳴。怒号。絶叫。悪態。銃撃。悲鳴。爆発。怒号。また怒号。

 どこかの窓ガラスが割れる。

 上から人が降ってくる。

 少し離れた所を落ちて行く「それ」を何の感慨も無く目で追いながら、あれは人間だろうかそれとも【僕の子】だろうか、と考える。

 バルコニーの手すりに寄りかかって、遥か下の地面に潰れた「それ」を見るが、街灯から遠い所に落ちたせいで黒い染みにしか見えない。

 まあ見た目だけでは判断できないんだけど。

 そう一人頷き、再び月に煙を吹きかけた。

 月はびくともしない。

 少し静かになってきた。

 振り向かずに耳を澄ませて、銃撃音が止んでいることを認める。悲鳴も怒号も絶叫も、一段落ついたようだ。後に残っているのはうめき声とすすり泣き。じきに単発の拳銃の音に変わるだろう。あるいはまた人の形が宙に飛ぶか。

 どちらが先だろうと閃は構わなかった。

 もし。

 もし発砲音が先だったら、いつものラーメン屋で全部乗せをしよう。

 もし落下が先だったら、新しく出来た牛丼屋に入ってみよう。

 おおこれで夜食のメニューは決定だ一石二鳥、となんとなく嬉しくなる。ラーメンと牛丼を頭の中に思い描いていると、徐々に微かになっていくすすり泣きのBGMの途中でその音が響いた。

 発砲音でも、窓ガラスが割れる音でも無い。今、閃が居るバルコニーへ続く扉の鍵が開けられる、かちゃり、という音だ。

 指先がぴくりと引きつり、人の形ではなく吸いかけのタバコが地面へと飛び立つ。

「あ」

 思わず声が出た。自分の手を数秒凝視して、溜息。

「あーあ、もったいない。なあ、まだ吸えたのになあ?」

 そう言って、振り返る。

『わたしには解りかねます、ドクトル』

「ミスタ、でいい」

 閃は人間にしてはあまりにも整いすぎた無表情に軽くほほ笑む。

「僕は医者ではないし、博士号も持っていない。それに相当する知識と技術はあるつもりだから、君らの専属医としてそう呼ばせていたが……こうなった、いや、こうしたからには、その呼び名は不適切さ」

 バルコニーと室内を繋ぐ唯一の扉の前に彼女はすらりと立っていた。どう見ても人間なのだが、顔同様にバランスの取れ過ぎた肉体が対峙する者に美と違和感を同時に抱かせる。パンツスーツを身に着けたその姿は返り血で赤く、手にはまだ拳銃が握られている。弾が入っているかは不明だが、腰のベルトにもう一丁が見えた。彼女は閃の言葉にただそうですかと頷きもせずに応える。閃は再び溜息を吐く。

「くそっ。夜食は無しか……」

 不思議そうに彼女が首を傾げる。閃は手を振って、いやこっちの話、と言った。

「ええと? 君は……」

『ドールゼーレ社製【イヴ】シリーズ・ヴァージョンG・生体筋融合人型機械〈バイオロイド〉身体強化カスタムメイド品、ナンバーXXZ1202508です』

「それは確かに君の個体識別だけど……僕はちょっと違う答え方を期待してたんだよ。まあ、思い出したからいいや。あの酷い映画を見たときの子だ。ストーリー、だったね……で」

 何の用、と閃はポケットから煙草の箱を取り出すと一本抜き取って火を点けた。ストーリーは閃が吐き出した煙が消えるのを見届けて、拳銃をベルトに差しこむと、両手を腰の後ろで組んだ。

『ではミスタ・セン、お聞きします。なぜですか?』

 閃はからからと笑ってストーリーに煙草を差し出した。ストーリーは首を横に振る。残念そうに肩を竦めて、閃は箱をポケットにしまった。

「なぜ、と……それはどれの事を言ってる? 僕がここでひとりぼっちなこと? 禁煙してたのに今吸ってること? 組織と君たちが殺し合ったこと? それとも」

 空を見上げて、ふう、と煙を吐き出す。月の中に黒い影が飛び出した。

 顔を戻し、目を伏せて、耳を澄ます。タバコを口元に持って行き、ああ牛丼だったか、と思う。

 風を切って、閃の後ろを大きなモノが落ちて行く。

 閃はストーリーを見る。

「それとも、君らが今から自分で死ぬこと?」

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作者です。補足。
※ドール=人形(英)ゼーレ=魂(独)
※酷い映画:「レディー・イン・ザ・ウォーター」M・ナイト・シャマラン監督史上、最低評価を受けている映画。ゴールデンラズベリー賞も受賞。確かに粗筋ぐだぐだでご都合主義だけど、静間沼個人はなかなか好きな作品。

作者:静間沼 烏/騒間沼

2017/12/3

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とじる

 ストーリーの瞳にそこで初めて困惑の色が浮かんだ。

『わたしたちは……やはり、死ぬのですか』

「僕の理論が正しければ、そうだね」

『理論』

「そう。感情……それは経験則、つまり『記憶』の蓄積によって後天的に獲得されるものであり、例えばバイオロイドなどの人工物に対しても、記憶の移植によって発生しうるものである……と」

『それがなぜ、わたしたちが死ぬべき理由になるのでしょう』

「いやいや、そうは言ってない」

 閃は出来の悪い生徒を諭すように言った。

「君らは死ななきゃいけないわけではない。けれど、君らは死ぬだろう。自らの意思によって、つまりは自殺するんだよ。感情を得てしまったためにね」

 遠くで発砲音がした。閃にはかろうじて聞き取れただけだったが、身体強化型のストーリーには明瞭に届いただろう。はっと身体を強張らせ、振り返りかけた首を途中で止めると、横目で閃を見る。

 閃は苦笑いをして、彼女の視線を受け止める。

「終幕に相応しい、ゆったりとした静かなエンディングだ」

『わたしたちは』

 ストーリーの声に感情はこもらない。

『いったい貴方の何だったのですか』

 瞳だけが爛々と輝いている。

『僕の子供たちと、呼んでくださったのは嘘だったのですか』

 彼女は素早く拳銃を抜き取ると、銃口を閃に向けた。

『わたしたちはただ貴方の実験のための道具だったのですか』

 驚きに一時目を見開いて、閃は煙を吐く。

「いや? 僕の可愛い子供たちさ、みんな、ね。でもそれとこれは別の話。これはね、ストーリー、復讐なんだ」

 ストーリーは銃口を向けたまま、一歩、閃に近づいた。閃はそれが全く何でも無いように微笑んで、タバコを持った手を大きく天に掲げた。

「この組織と、この社会と、記憶の移植なんていう無意味な超技術と、それから、全てのバイオロイドに対する復讐なのだ! わかるかなあ、わからないだろうなあ。君たちは、感情があるとはいえとてもシンプル、そして無垢過ぎる。個体としては愛おしいが全体としては憎い。この矛盾! 気が狂いそうだが、気が狂っても正常で居られるのが人間の柔軟性さ。だから僕は呑気にタバコなんかやってる。しかし君たちはまだそこまでの域に達していないだろう。僕の命令〈プログラミング〉ひとつで組織を皆殺しにするが、自らのあるじを自らの手で葬り去る事実に幼い感情は耐えられない! 嗚呼、なんたる絶望! そうして君たちの感情は袋小路に息詰まり、果てには自らの消去を選択するのさ。なんとも安易にね。こんなふうに」

 閃は掲げた手で後ろを示す。最初の一体を皮切りに、先程からもう何体もの【子供たち】が闇の中を落ちて、今も少し間を置きながら三体が立て続けに通り過ぎる。

 閃はそれを分かっていながらその場から動かなかった。否応なしにその光景を見続けなければいけないストーリーの瞳が昏く沈んでいくのだけを、見ていた。

 叫ぶのをやめて、閃は再びタバコを口に戻す。

「……ストーリー、君は随分と耐えるね。うーん、君が何か特別な子だったという印象は無いんだけど……」

『なぜ……』

 腕を組んで悩み始めた閃に、消え入りそうなか細い声でストーリーは同じ言葉を繰り返した。

『なぜなのですか……ミスタ……』

 ふうん、と閃は改めてストーリーをじっくり見回すと、不意にタバコを下に落とし足で踏みにじって消した。

「なぜだか良く分からないけれど、君の頑張りは評価しようか。その質問に答えてあげるよ。最初から順を追って、ね」

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とじる

「記憶の移植技術が登場したのはおよそ六十年と少し前だ。論文が出たのはもう少し前だけど、これはもともと移植に焦点を当てたものではなく、単純に「人間の記憶」とは何かを探究した仮説だった。この論文中で思いつき程度に触れられていたのが記憶の「複製」技術さ。まあちょっと考えればわかるけど、他人の記憶を移したところでメリットなんて無いからね、技術的に可能だと、ただそれだけの話だった。

 多くの研究者は聞き流した。けれど、一部の企業人は違った。新しい技術は思わぬところで金を生むことがある。派生技術とか、研究しているうちに違う特性が見つかったとか。技術は技術そのものに価値がある。それは僕にも異論はない。だから金を出す者が現れるし、金さえあれば研究したい者が現れるのも当然だったし、なにかしらの結果が出てくるのも当然だ。

 記憶の「複製」は可能だった。

 しかし「複製品」の劣化は著しく、そのまま使える代物じゃなかった。そこで、そこから更に精度を上げようという流れが出てくる。また一方で細部を排除したアバウトな部分だけの活用法を求める流れもあった……こっちの方は成功したよね。生体間「複製」の危険度も低いし、主に職人的技能の習得や継承に使用される例が多い。これはいい。問題なのはもう一方だ」

 そこで閃は一息ついて、何気なく懐中時計を取り出すと、両手で弄び始める。

 ストーリーは同じ姿勢で微動だにしないまま、彼を、その後ろの闇を極力見ないで、彼だけに意識を集中させようとしていた。

『完全なる記憶の「複製」技術など、わたしのメモリにはありませんが』

「失敗したからね」

 さらりとそう言って、閃は自虐的な笑みを浮かべる。

「そう、失敗だった。どうやっても「複製品」では細部の再現ができなかった。しかし「複製」ではない「本物〈オリジナル〉」であれば、話は別だ。ここでようやく……研究者たちは「記憶の移植」という概念を生み出した。そっくりそのまま移し替える、これならばバグも少なくていい。だがこれには絶対的な問題がついて回る。コピー&ペーストではなくカット&ペーストなんだから、元の場所から「記憶」は消失してしまうのだ。技術的な点ではなく、倫理的な点から、生体間移植の道は最初から閉ざされていた。しかしここで立ち止まるくらいなら研究者など名乗るべきではない。ではどうするか」

 ストーリーの頭に、手術台に横たわる男のイメージが浮かんだ。

『死者……あるいは本人の同意を受けた治療の見込みのない重篤患者』

「八五点。死者、というのは範囲が広すぎる。腐敗が始まればもう駄目だし、可能であれば死後すぐが良い。脳のダメージが大きすぎるからね。また、法律によれば重篤でなくとも志願者ならオーケイ。ただし肉体が健全ならまず神経内科や精神科に回されるから、実質的には君の解答で正しいかな。

 さて! これで問題は解決だ! 組み立てた理論は一見正しそうだし、あとはやっぱり……臨床試験を行いたい。ここは記憶移植の歴史の最初の汚点だね。どうにかこうにか記憶を提供する個体と、受け入れる人々をそろえて、手続きも済ませて実行した。一見、成功したかに見えた。植物状態の患者が別の人間の身体を借りて、家族と会話した。皆、涙を流して喜んだらしいけれど、それも長くは続かなかった。提供者と被験者の全く違う記憶が混同し始め記憶障害を引き起こし、あるいは逆に記憶が並列に存在したまま解離性同一性障害や統合失調症に発展したんだ。被験者全員が、ね」

『…………』

「酷い話だろう? もちろんすぐさま記憶移植は禁止された。複製のほうもこの時期ちょっと揉めたけど、何年もかけて安全性を証明してみせたね。実にエキサイティングなやりとりだったよ。まあ、それはいいか。

禁止されてしまったけれど、金を出した側はどうしても出資分を回収したい。そこで行きついた最後の道が君たちバイオロイドだ。実は最初はロボット研究の方に目を向けたみたいだけれど、これは上手くいかなかった。というのも、事の発端にあったあの論文の仮説では、記憶における入力装置であり出力装置でもある肉体が適切でなければ記憶は意味を成さないとされていた。人型であることは最低限の前提で、素材も可能な限り同等のものが良い。バイオロイドは骨格と制御中枢と他いくつかは機械部品だけど、肉体自体は人間のそれとそう遠くない。元々が空っぽだから人体のような症状を発症する心配もない。万一発症しても、工業製品だから気にすることは、ない」

 閃は時計の蓋を開けて文字盤を眺める。

「これは成功した」

 顔を上げてストーリーを見る。

「これがバイオロイドとアンドロイドのジャンル分けが成された【革命期】の話だ。顔や身体を似せて作れば移植された提供者の「記憶」も、その家族も喜んだ。ドナーカードには今でも植物状態になったときの選択として、バイオロイドへの記憶の全移植が提示されている。表向き、バイオロイドへの記憶移植が許可される唯一の事例さ」

 はっと、ストーリーの瞳が揺らいだ。銃口が僅かに震える。

『それでは……わたしたちは』

 閃は頷いた。

「もちろん違法だ。裏ルートの商品なんだから当たり前さ。評判良いよ。一般流通品より人間らしいって……雰囲気を出せればいいから、一人の提供者から複数体へ移植は行われる。それでも増え続ける需要には追いつかない。色々と理由をつけて数量を制限したところで、提供者の確保からして非人道的で秘密裏に行われているんだ。限界はくる。それでも止めるわけにはいかない。では、どうするか。答えは簡単。最初に立ち返るんだ、そう」

 正常な人間を使うのだ、と閃は懐中時計の蓋を閉じた。

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とじる

 時々聞こえてくる銃声が、バルコニーの沈黙を際立たせる。

 一人、また一人と、ストーリーのきょうだいたちが自ら活動を停止する音。おそらく、もっと音の出ない方法を選んだ子も居るに違いない。哀しいな、と閃は思わず呟く。ストーリーが耳聡く聞きつけて、拳銃を構え直した。

『まだ、回答を聞いていません』

 声は単調、表情も変わらない。彼女たちに現れた感情はその瞳の中に閉じ込められたまま、表には出てこない。閃は俯いて自分の爪先を見た。

「大丈夫だよ。もう終わる。よくある話なんだ、結局。僕の両親はこの組織の、その分野の研究員をしていた。組織に黙って研究データを隠匿したらしい。馬鹿だよ、本当に。それで消されるついでに、初期型の【ビクスドール】シリーズの記憶提供者に使われた。僕はまだ二歳にもなっていなくて移植できるような記憶は無かったから、両親の部下だった人に育てられて、組織のための技術者になる教育を受けた。そして君らの人間らしさが「感情」であるという仮説を打ち立てた……これはだからある意味で悪事の摘発で、理論の証明で、そうして復讐なのさ」

 わかったかな、と顔を上げてストーリーの鋭い視線を受け止める。

「許してくれなんて言わない。君に、君らに許してもらう謂われは無い。ただ死んでくれ。黙って壊れてくれ。僕の両親の弔いに、君らバイオロイドに振り回された、僕の両親の弔いのために」

『貴方の話には』

 矛盾があります、とストーリーはようやく言った。

『……【ビクスドール】は今から七十二年前に販売され、およそ五年ほどで終了したシリーズです。ミスタ・センの話が事実であればその頃、記憶移植はまだ存在していなかった。終了したシリーズの在庫を使用した可能性は十二分に考えられますが、それでも、貴方の年齢とは合いません。ミスタ・セン』

 そうかな、と閃は自らの身体を見下ろし、軽く両手を広げてストーリーに示した。

「いくつに見える?」

『……まだティーンエイジャーに』

「正解」

 閃は両手を白衣のポケットに突っ込むと、ストーリーに向かってゆっくりと歩き始めた。

「「六十年前に移植技術が登場した」というのは「技術的に確立されて世に出た」という意味だ。僕の両親は研究者で、研究とは、世に出る前から成されるものだ。矛盾はしない。【ビクスドール】に移された両親は、組織の研究記録によれば流通ヴァージョンのままだった他の同機種に「異常個体」と認識され、自己防衛プログラムによって自壊させられたらしい。酷いことにね、僕はそれを見ていた。面白いことがあるよと当時のボスに連れられてね……養父が必死で止めてくれた理由を知ったのは三十を過ぎたころさ。彼がへまをして消され、僕は彼の研究室を引き継いだ。その引き継ぎデータに紛れて僕の両親の事や養父からの謝罪、そして両親が隠匿した研究論文があった」

 ストーリーの構える銃口はもう目の前だ。身長差のせいで、それはちょうど閃の額に当てられる形となる。

 閃は彼女を見上げ、ストーリーは彼を見下ろす。無表情の中の瞳には動揺と、恐怖が見える。

「それは完全な「生体間記憶移植」についてのものだ。簡単な話だった。ようは、いきなり異物とも言える「他人」をぶち込むからいけない。まずはちょっとした「複製」を相手に仕込み、それが十分馴染んだらまた「複製」を入れる。数年かけてそれを繰り返し、相手が「自分の類似品」になった段階でようやく「移植」可能になる。……この「僕」は三人目。二人目はホームレスだったせいか、あまり長持ちしなかった。今の「僕」は数年前から天才的な頭の回転を見せ始め、組織の隠れ蓑のひとつだった孤児院からスカウトされてきた。そして去年、二人目を提供者として研究室に招き入れ、僕は「僕」になった。肉体的な年齢ならば、今年で十五だ。ストーリー」

 僕を撃つかい、と閃は目を閉じる。

 彼女は一瞬だけ呼吸を止めて、引き金にかけた指に力を込めた。

『ミスタ・セン。貴方は組織の裏切り者で、わたしたちきょうだいの敵です。そのために、死んでください』

 閃の口の端が微かに持ち上がる。

「そう……ではさようなら、「オリバー」」

 え、と思う間もなく、ストーリーの意識は混濁する。

 あの手術台の男の顔が現れて、入り乱れる色彩の渦に全てが飲み込まれる。

 あれは誰だったろうかと考えるが、答えを見つける前に突如訪れた鈍い衝撃で、

 彼女の仮初の意識は四散した。

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とじる

 閃はゆっくりと目を開けた。

 もう額に銃口は向けられていない。見上げた位置に彼女の顔は無い。ふう、と長い息を吐いて、タバコの箱を取り出す。足元に広がり出した薄桃色のバイオロイド用循環液を避けて、数歩、後ろに下がった。

 液溜りの中に自ら急所を、制御中枢用のバッテリーがある左目を打ち抜いたストーリーが転がっている。

 閃はタバコに火を点けて、ふと顔を上げると、ガラス越しの室内に無表情で目を見開いた少女型タイプ【モモ】が片腕を失くした姿で立っていた。残った手には斧が握られている。閃は煙を吐き出し、彼女に向かって手招きをする。【モモ】はストーリーにちらちらと視線を送りながらバルコニーの扉を開ける。

 閃はタバコを咥える。

「「リリア」」

 少女の瞳はその途端に激しい動揺を見せて、がくん、とのけ反ったかと思うと自らの首を切り落とす。閃は少女からも循環液が流れ出すのを確認すると、少し上を向くように、辺りをぐるりと見渡した。

 もう宙を飛ぶ者はおらず、発砲音も聞こえない。普段から多少の荒事に慣れている周囲の住人は、銃撃戦が始まるより前にとっくに逃げている。深、とした夜だけが閃の周りに在った。

 しばらくの間、タバコと一人の闇を堪能した。

 月に煙を吹きかける。いつの間にか随分と傾いた位置に移動していた。警察は夜明けから三十分で到着する手筈になっている。おそらく一分とズレはしない。裏金をもらうような輩でも、そういう所が律儀なのは国民性としか言いようがない。

 閃はタバコを揉み消すと、ストーリーの傍まで戻り、しゃがむようにしてその顔を覗きこんだ。

「……そんなに穏やかな顔をするんじゃない、少女よ」

 僕が悪者みたいじゃないか、と閃はストーリーを仰向けにして、拳銃を取り上げると両手を胸の上で組ませた。打ち抜かれた目を髪で隠しもう一方の瞼を閉じれば、まるで眠っているかのようだ。

「君の記憶提供者のオリバーは傭兵だった。戦地で何があったかを僕は知らないが、PTSDを発症して、身の振り方に悩んでいた。ちょうどその頃、ボスがボディーガードを欲しがっていてね、PTSDの原因となっている部分を含めた戦闘体験の一部を引き取ろうと持ちかけた。……先程の話の続きになるけれど、正常な人間を提供者にするケースのひとつだね。病院がいくつか提携して患者をこっちに回してるんだ。決して認可が下りる筈のない、けれど確実な治療法だ。オリバーはまだ元気に戦地で活躍しているそうだし。あとは、記憶を空っぽにした方が都合がいい人間。この「僕」のように人身売買の商品、とかね」

 閃は微笑んだ。

「君に生まれた感情が、この状況に耐えられたのはその所為だろう。愛玩のために十歳以下の幼く、幸せな記憶を移植された子たちは早々に壊れて行った。僕のプログラムの終了後に組織への忠誠心を取り戻したのも、君の中のオリバーの記憶によるところが大きい。だが君の最期の言葉……僕が「わたしたち兄弟の敵だ」という一言、あれはとても嬉しかったよ。僕の両親の記憶が自壊したときのころからバイオロイド間の絆……とでも言うべきモノは重要視されてこなかった。当然プログラムとして入っているわけもない。にもかかわらず、君は、同類のために僕を敵と認識した。親とも言える僕を、躊躇いも無く殺そうとした。それは間違いなく、オリバーのものではない、君自身の感情だ」

 誇っていい、と閃は立ち上がった。

「僕は君を誇りに思う、ストーリー。皆、各々で自身の感情を得たが、君ほどはっきりとそれを表せるものはいなかった。悲しむべきは、やはりバイオロイドの脆さだろうね。そこに倒れている【モモ】シリーズの小夜も君も、自分がかつて「誰」であったか提示されただけで、いとも簡単に世界を見失ってしまう。システム的に暴走を禁止されている君らにはやはり……自殺しか道は残っていないのだ」

 哀しいな、という呟きはもう誰に聞かれることもない。閃はストーリーを跨いで、室内へ通じる扉へと向かった。途中、小夜の首と胴体もストーリーのようにきちんと寝かせる。

 部屋は酷い有様だった。

 家具は壊され、壁や床に穴が開いて、その全てを血しぶきや肉片が彩っている。動く者はおらず、あるのはとうに事切れた人の形の肉塊と、左目かあるいは循環ポンプのある胸部を破壊したバイオロイドの残骸だけ。

 それは部屋から、廊下から、この建物内のあらゆるところで同じだった。

 閃はそれらをいちいち見て回って、生存者がいない事を確かめる。誰もいない。誰もいない。だれもいない。

 そうして玄関ホールまで辿り着いた閃は、ストーリーから回収した銃を分解して放棄し、建物の外へ出た。振り返って、組織の研究本部であるビルを見上げる。

「長かった」

 白衣の内ポケットから携帯端末を取り出して耳に当てた。

「長かったなあ、父さん、母さん」

 端末がコールを始める。三回。四回。五回。

 ビルが静かに燃え上がった。

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