「ねぇ、いま私が怒ってるの、分かる?」 いつもより低い美雪(みゆき)の声で、 朝食のテーブルの空気が凍った。 あぁ、始まった。またこの質問か。 スマホのニュースサイトを送る指を止め、 結婚して二年になる妻の方を見る。「食事中にスマホをいじって 行儀が悪いってこと?」 答える俺に美雪はムッツリと黙ったままだ。「これはさ、 朝新聞を読むようなものだと思ってよ。 仕事のために情報を入れとかないとさ」 鋭い目線は相変わらず俺を貫いたままだ。「悪かった。 画面オフにしたからさ、怒らないでよ」「……はぁ」 聞こえよがしにため息をつき、 美雪はそれ以上何も…続きを読む
私は 夜の闇が流れ込んだ店内に駆け込んだ。 棚に並んでいた色とりどりの皿は、 壊れた棚や剥がれた壁と混ざってしまい 一枚も原型を留めていない。 蒼太さんは、 荒れ果てた暗い店内で肩を落とし項垂れていた。 恐怖に耐えて生きることを強制された世界の中、 ひたむきに夢を追っていた場所。 それがこんな姿へ変わってしまった 彼の胸中はどれほどつらいだろう。 抱きしめて 慰めてあげるべきだったのかも知れない。 なのに、項垂れる彼を見て 私の中に沸き上がってきたのは「くやしい」という感情だった。 私は、憔悴し「先生、先生……」 と繰り返す蒼太さんの頬を…続きを読む