「いい鮪が入ったんですよ」 行きつけのお寿司屋さんの大将が、わたしにそう言いました。 年相応のしわくちゃのその笑顔に、ついつい自分までつられて、頬を緩ませながら、「じゃあ、それ頂けますか」「あいよっ!」 そうしてわたしの手元に届いた、霜のふられた桃色のお寿司。 言わずとも、もちろん美味でした。 大将の長年、磨き上げてきた目利きの賜物。 おもてなしの心からくる、数々の創意工夫。「美味しいっ!」 わたしの中の精一杯の。 だけど、最上級の言葉が、様々な語彙をすっ飛ばして、出てきました。 そんな事しか言えなくて、ごめんなさい。 大将は言います。「そ…続きを読む
誰かに執拗に求められたりしません。 いてもいなくても、そこまで変わりません。 誰かの人生を突き動かせるような、大きな歯車にはなれません。 それを支える小さなサイズですら、なる気はないです。 大きな、大きな地球の、無駄打ちされたネジっこでいいのです。 全く目立たなくていいです。 でも、どこかには潜んでいたいので、そこら辺にいます。 いつか、どうしようもない問題が起きて、 歯車が全部錆びきってしまって、「おいおい、どうするんだよ。この世界は・・・・・・」 そんな時に、僕はニヨニヨしながらと、それでも動きません。 正常な時も、 緊急な時も、 僕は、…続きを読む
クリスマスに1人で過ごす。 こんな事は、すでに何年も前から僕の中では、常識になっているわけです。 そもそもなぜクリスマスに人と過ごす事が前提なんですか? 12月24、もしくは25日が僕の誕生日? 違いますよ。 とっくに過ぎました。 えぇ、もちろん1人で楽しく部屋で、ゲームをしていましたよ。 なにか? では、友人か誰かの・・・・・・ いません。 遠い過去の、あの忌々しい学生服とやらを身に纏っていた時に、そのような名称の人物が一時期、いたような気がしますが、名前すら覚えていませんね。 変な噂をたてられて、それが事実かどうかも確認されないまま、長いものに巻かれていき、僕の…続きを読む
届けれぬ 退職済みの サンタ職......…続きを読む
公園のベンチに、放置されたように置かれた一冊の『トリアツカイセツメイショ』と書かれた本。 誰かの忘れ物でしょうか。 辺りには、持ち主らしき人は見当たりません。 なぜカタカナ? 汚い字だな。 そんな風に思いながらも、彼はその本を手に取ります。 歩いてすぐの所に交番があるので、そこまで持っていこうとしたのです。 子供が遊びで描いたラクガキとかだろうと、一応中身を確認するために、パラッと表紙を捲ります。 そこには、ビッッッシリ読解不可能な文字が、綴られていました。「なんだこれ?」 表紙には日本語で「トリアツカイセツメイショ」と下手な字ながらも書かれていたはずですが…続きを読む
まさか好きな女の子と、購入しようとした新刊漫画の上で、手を合わせる事になるとは。 宮田耕太は、奇怪な鉢合わせに自分の運の無さを呪いました。 気まずい。 これに尽きるからです。 耕太は、触れた手を慌てて、ばっと離します。 しかし、その相手、佐藤古都は何もなかったように、そのままお目当ての本を手に取って、「へぇ~。 先輩もこうゆうの読むんですねぇ」 からかうようにニヤけた顔で、耕太の赤面した顔を覗き込みます。 相変わらず、隙あらば弱いところを突いてくる古都。 いつもそうです。 それに対して耕太は、「う、うるせぇ。 た、たまたま妹が読みたいって言ってたから・・・・・・…続きを読む
昔から大会前は、緊張でお腹をくだします。 しかし、今回は絶対に勝たなければいけません。 なにせ、好きな女の子が応援にくるからです。 朝になってもなかなか治らないのですが、たびたび訪れる数分間のインターバルの隙をみて、オムツ買い、履き、会場への歩みを始めます。 ーー足らんかった。 ......もうダメやぁ。 ちらつく彼女の笑顔。 まだ終われん! 羞恥心など、捨ててしまえっ! たどり着いた、会場のプール。 勝負の競泳用水着。 治らぬ緊張ゆえの腹痛。 追加で購入したオムツ。 ....詰んでますやん。 水泳に紙のオムツは、物理的にも…続きを読む