「好きです。」差出人不明の置手紙。とはいえ、教師である私からすれば大体の見当はつくのだが・・・。ごめんなさい、先生。でも、本当に好きです。先生にとっては、有象無象の一人かもしれないけど、でも、出来れば、覚えておいて欲しいな。…続きを読む
『夏影の結び』https://monogatary.com/story/263775…続きを読む
窓の外には月が出ていた。雲一つない夜。神々しく輝く月と星。窓際に座る少女がいた。少女は涙を流していた。ねぇ。小さな唇が私に語り掛けてくる。悲しくはないの。苦しくもない。幸せ。そのはずなのに、もう嫌なの。生きていたくない。掠れた、けれど透明な。不思議な声で、彼女は語る。透明な涙が、彼女の頬と、白いネグリジェの胸元を濡らしていた。ゆるく波打つ栗色の髪が、月光を受けている。大きな瞳からこぼれ落ちる涙は光を受けてぼんやり輝いているようにも見える。「は?」美しいはずのその光景は、私を苛立たせただけだった。何ヒロインぶってるんだよ。そんなこと誰でも感じ…続きを読む
「それでは今日も一日、頑張りましょう。」上司がそう締めくくり、今日の朝礼は終わった。「頑張ろうね。」向かい合っていた彼女はそう微笑んで、仕事に戻っていった。私の一つ前の席が彼女の席。くるりと椅子を回した彼女の香水の甘い匂いが鼻を擽った。彼女は一つ上の先輩だ。新入社員としてここに来た時から、彼女の優しさに、そして時折見せる無邪気さに心を奪われた。私をこの席にしてくれた神様に感謝しているくらいだ。それ以来、自分の仕事がひと段落するたびに彼女の方を盗み見ている。彼女は大抵ふわふわの髪を細かく揺らして仕事に集中しているが、カーディガンを羽織る途中を目撃できることもあった。今日…続きを読む
人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。チャップリンの言葉です。私の一番好きな言葉はこれですね。これ哲学なのかな?とも思ったのですが、哲学っぽいのでこれで行きます。定義って検索したら、哲学は哲学者だけのものではなさそうなので。悲劇よりも、喜劇のほうが悲劇じゃないかなって思うんですよ。悲劇だったら、悲しい時に一緒に悲しんでもらえるじゃないですか。でも喜劇だったら、どんなに悲しい場面でも笑われてしまう。登場人物がかわいそうだなって。それを言ったら、「喜劇」である人生を生きている私たちもそうですよね。なんかでも、そうだよなーって思いまして。この…続きを読む
今夜は星月夜だ。中秋の名月から、半月ほどが経った。虫の声も少なくなっている。僕は草原に寝転んで、星を眺めている。夜に出歩く、ということには眉をひそめられるかもしれないが、家出なんて言う大したものではない。勉強部屋の窓から抜け出してきたのだ。受験生になった瞬間、勉強、勉強。それ以外してはいけないとでも言われているようで息苦しい。とうとう逃げ出してきてしまった。「草枕の 我にこぼれぬ 夏の星」不意に思い出した俳句を口ずさんでみる。正岡子規だっただろうか。子供のころ、俳句好きな幼馴染に叩き込まれた知識はもう随分薄れて来ていた。彼女と僕は、近所の子供たちの中で浮いてい…続きを読む
ねぇ、ちゃんと寝てる?君は最近体調が悪そうで。そう聞きたかった。ああ、でもダメかなぁ。あの子は自分が辛いこと、人に隠したがるし。僕が声をかけても怖がられるだけかもしれない。顔色も悪いし。いつも丁寧なあの子のお辞儀が、今日は少しおざなりになっていた。頭が痛いときって、そうなるよね。頭を揺らしたくなくて。ちょっとでも動かしたらクラクラするから。僕もそうだよ。頭痛がするときは頷くのも止めて口で答える。疲れてるのかな。もうすぐ体育祭だからなぁ。全力で委員会を回避した僕は何もないけど、準備とか大変なのかも。そんなある日のこと。僕は先生に頼まれて、採点済みの…続きを読む
拝啓 中秋の名月が過ぎ、すっかり秋。もう夏を惜しんでもいられなくなりました。いかがお過ごしでしょうか。私たちが別れたときも、ちょうど秋風が吹いていましたね。あれから一年。時がたつのが随分早いように感じています。そこまで書いて、私は顔を上げた。机の右側の窓から月が覗いている。雲一つない。良い月夜だ。陰りのない月の下に輝くのは、可憐な宝石をつけた指輪。彼にもらった結婚指輪だった。もう忘れてもいいはずなのに。私は笑みを浮かべる。クスッと笑ってみると、自分の声が気まずく響いた。最後まで、貴方は意地悪だ。彼の暖かい手も、不器用ないたわりも。忘れようと思えば忘れられる…続きを読む
僕がパリで出会った、ある女の子の話。僕はその子と、止まっていたビジネスホテルの通りを曲がった所の公園で出会った。彼女は彼女の祖母と、木製のベンチに腰掛けていた。祖母の話に頷く度にさらりと揺れる金髪に、柔らかい木漏れ日が差している。春のある日だ。彼女の祖母は銀髪で、トルコ石のような青い目をしていた。彼女の目は見なかった。後ろを向いていたから。その程度の認識だった。僕の初恋、約一時間前。ビジネスホテルに戻った僕は、ぼんやり窓の外を眺めていた。窓から見える建物だけでも、十分お洒落な趣がある。レンガ造りの建物。響きだけで憧れていたものが目の前にある。それを見ているだ…続きを読む
いつかは考えなきゃいけないんだ。ってそんなことわかっている。それでも私は、今日も家を抜け出してきた。公園の、蛍光灯の白い明りが降っているベンチに彼女はいた。音をたてないようにして私は彼女に近づいていく。彼女はいつも通りぼんやり虚空を眺めている。そっと彼女の隣に腰を下ろすと、ほっそりした背中に腕を回した。体ごと引き寄せて、小さな唇にキスをした。彼女は細い腕を私の首に回してきた。唇は離さないまま、お互いの温もりを感じあう。ふと満たされた感覚があって、くちびるを離した。彼女はぎゅっと私にしがみついている。ふわふわした長い髪を撫でる。安心したように腕が緩められた。…続きを読む