死にたい理由なんて、特にない。ただ何となく、気に食わなかったから。自分の思う通りに動いてくれない他人。勝手にスマホを触ってくる親。読書中に話しかけてくる形式上の友人たち。うるさい。うるさい。煩い!とにかく私にとって、この世界は煩かった。だから、ここに来た。好きなバンドの新しいアルバムも聴いてない。本も読みかけのままだ。それでもいい。それでいい。死んだら未練なんて感じなくなるはずだから。神頼みなんて、生にしがみつく人間がすることだ。死にたい私が神様に願うなんて。私は美しく、微笑を浮かべたまま死にたかった。私みたいな人間がやっても美しくなんかないかもしれないけど…続きを読む
遥へ 何も言わずにいなくなってごめんね。君にだけは伝えておきたかったけど、機会がなくて。よく考えたら僕たち、お互いの連絡先だって知らなかったんだね。君に伝えたいことはたくさんあるんだけど、字数制限があるから全部は書けない。ただこれだけは覚えていて。僕はこっちの世界で君をいつまででも待っているから。辛い時は我慢なんてしなくていい。泣いたっていいし、投げ出したっていいんだよ。僕が許すから。これで本当に、彼女に届くのかなぁ。疑いながら、ハッシュタグを付けた。人間が死んだあと、現世に残すことが許されたメッセージ。好きなSNSに、200字以内のメッセージを残すことができる。…続きを読む
彼のことが大好き。だから、彼を待つのなんて何でもない。私は彼に、個人として認識されているのだから。それなのに。頬の上に乗っかっていた涙が、ポタっと枕に落ちた。真っ暗な部屋で目を瞑っている私の耳に、ベルの音やクリスマスソング、浮かれたような車の音が聞こえてくる気がする。気がするだけだ。メインストリートから離れた私の部屋までは、さすがのクリスマスソングも届かない。何も考えず、ただクリスマスを楽しんでいた幼い頃を懐かしく思った。こんな、大きくなったなった私がカップルたちのひしめく中に一人で出ていくなんてできっこない。今日、私は彼に選ばれなかった。今日は、と、この街のそこここに住…続きを読む
夢を見た。僕は入道雲の上に立って空を見ていた。空は青くて、広くて、遠かった。朝のニュースが今週の天気予報を告げている。じりじりとした暑さ。レースカーテンが揺れる。僕が学校に行かなくなって一か月が経過した。今のところ不自由はしていない。僕を𠮟る両親がいないという事情もあった。父は仕事中、母は父によると家出したらしい。真偽は謎だが。しかし堕落生活にもそろそろ飽きてきている。何か人がしないことをやってみたい。そうだ。旅に出よう。少し考えて出た結論がそれだった。あんな夢を見たせいかもしれない。何もしないでいるこの日常から離れてもいい。そんな気持ちを起こしたのだ。…続きを読む
ラジカセから流れるピアノ。雑音交じりのクラシック。高くて大きい本棚にぎっしり詰まった、分厚い専門書。その周りにも音楽関連の本が高く積み上げられている。ガシャッ彼がカセットを取り出した。「次は何を聞く?」目が覚めた。夢の内容ははっきり覚えているのに、不思議と朝特有の気怠さがない。こんな朝は年に数回だ。折角だから、この時間を大事に使おう。そう決めて、ベッドから降りた。スマホのアプリで昨日の深夜ラジオを流しながらトーストを頬張る。最近話題のバンド?の曲が流れていた。耳馴染みのない声に馴染むのに少し時間がかかったけれど、ステンドグラスのように入ってくるピアノが好みに合っ…続きを読む
なぞなぞを 吹っ掛けてみる 夕食後くちびるに 指先あてて 首傾げ細い手首 握って指を 僕のくちびる…続きを読む
「あぁ、ダメだなぁ。」都会から少し離れた小さな町の一角。古びたアパートの五畳間で。ちゃぶ台に置いたパソコンの前に座った俺はそう零した。胸の中では嫉妬の炎が燃え上がっている。薄暗い部屋に浮き上がるスクリーンには楽曲コンペの結果発表が表示されていた。一位から百位まで発表されるそのランキングの中に、俺の作品は無い。スクリーンに並ぶ、世に出たばかりのMVたちを眺める。ランキング一位の作品の再生回数は約十万。俺の最高記録の十倍ほどだった。百位作品の再生回数は千回。消費者側から見ていた頃にはバカにしていた再生回数に、俺の手は遠く届いていない。「透明感のあるピアノサウンド、文学的な歌…続きを読む
整えられた環境の研究所内は、明るい光で満ちていた。鳥の声を模した目覚ましが響く。中庭を囲むように造られた研究所の反対側からは、食器のこすれる音がきこえてくる。俺は目を開く。ぼうとする頭で、今日という日のことを思い出した。そうだ。とうとうこの日が来てしまった。心が重く沈んでいく。普段なら簡単に身支度を済ませて食堂へ向かうところだ。しかし、今日は違う。俺はゆっくりと時間をかけて伸びをして、のろのろとベッドから降りた。ベッドの隣、壁に掛けてあるタペストリーが目に入った。碁盤の目のように入っている刺繡は、避難所全体の地図になっている。この刺繡を決まった順番に指で辿ることで、避難…続きを読む
あぁ、駄目だ。やっぱり眠れない。私は眠ることを諦めて、のろのろと布団から起き上がった。重い頭を抱えて服を着替え、外に出る。ガチャリ、ドアの閉まる音が妙に響く。歩き出す私の頬にあたる冷たい空気が火照った体に気持ちよかった。私はエレベーターを降りて、目の前にある公園のベンチに腰掛けた。昨日よりも少し細くなった月がしんしんと月明かりを降らせていた。布団に入ってから一時間後、この公園に来てぼんやりと座る。これが、最近のルーティンとなりつつある。不意に、誰かの足音が私を現実に引き戻した。こんなところを他人に見られるわけにはいかない。慌てて戻ろうとした私の足は、三歩ほど歩いたところ…続きを読む