雑貨店で買った本の形をした箱の中には、私の日記帳と家族へ宛てた遺書が仕舞われている。私はぼんやりとしながらそれらを眺めては仕舞い眺めては仕舞いを繰り返す。もう三日程深い眠りにありつけていない。どうしようもない位疲れているのに眠る気になれない。うつらうつらとしてもすぐに目が冷めてしまう。ちらと覗き込んだ時計は午後十一時を指していた。自室は脱いだ服やら紙屑やらが散らばっていて足の踏み場もない。私は秩序の見えない周囲の状況に何やら言いようの無い不安に襲われ、慌てて立ち上がると自室を精神病者のようにうろうろと歩き回った。 何ものかが私を追い詰めていた。将来に対する形のない不安だとか、日々の労苦だとか…続きを読む
(或狂人のノオト・ブックより) いつか芥川龍之介は「色彩のある夢は不健全な証拠だ」と書き残していた。が、わたしの見る夢は身体の貧弱さも手伝うのか、大抵色彩のないことはなかった。わたしは独り繁華街の道をせっせと歩いていた。繁華街は人ばかり溢れていた。わたしはわたしの名を呼ぶ声が聞こえたような気がして振り返った。しかし、そこには誰も居らず、ただ繁華街の喧騒が響いているだけだった。ーそんな夢も色彩ははっきりとしていた。 わたしはすっかり弱っていた。肩や首が凝るのは勿論、不眠症もかなり甚だしかった。のみならず幻聴や幻覚も酷かった。しかし家族や友人はわたしの衰弱に全く気付かなかった。わたしが必死に…続きを読む