4月4日。〇△中学校2年2組。始業式を終えて、みんな新しい教室で自由にだべっていた。「おーい。席つけえ」 中年の先生が顔を出して、何人かがパタパタと自分の席に戻った。「えー。このクラスの担任になった。佐伯と言います。1年間よろしく。それから、このクラスは転校生を迎え入れることになっている」 転校生の存在はみんな勘付いていた。 だって欠席者はいないのに、席が1つだけ空いている。 転校生が来る、という情報源の分からない噂も午前中のうちに行き渡っていた。 転校生と聞けば、イケメンか美少女を期待してしまうのが僕等の性だ。「はい、入って」 先生が手招きすると、開けっ放…続きを読む
「お久ぶりです帝様。近頃は蒸し暑い日も増えましたね。 こうして貴方様へ送る文も、 貴方様が煙を焚いてくださったあの山のように、 そびえたつ程までになりました。」 「月の世では貴方様の名声が聞えてきませんので、 私は少し寂しく思っております。 …続きを読む
15歳の夏休み。窓もドアも閉め切って、彼女を相手に天地がひっくり返るような体験をした。 初めて外した女性のブラジャーは少し汗臭くて、苦さと甘さが混ざった匂いが鼻をついた。 僕はその匂いですっかり興奮してしまって、その後何をどうしたのかよく覚えていない。 体がぶわっと鳥肌を立てて盛大に果てたところで我に返って、最初に目についたのは彼女の身体にはっきりと刻まれた羽の入れ墨だった。 お尻から少し上の腰の位置で、翼を広げた羽のようなザインが片翼だけそこにあった。 他は綺麗な肌で全身覆われているのに、そこだけ無残に傷を付けられていた。 どうして片方だけなのか気になった。 彼女の…続きを読む
昔々、人間に助けられた海亀がその人間をこの竜宮城に連れて来たと言われています。 人間のとある国で架空の御伽噺だとされるお話ではございますが、ここ竜宮城にも、確かにそういった記録が残されています。 それは我々海に属する者でも語り継げぬほど、遥か昔の話であったそうです。 その人間は海亀の背に乗って現れました。 事のいきさつをお聞きになられた先代の乙姫様は、それはそれは盛大にその人間をもてなし、感謝の意を表されました。 当時のこの大広間にて食べきれぬほどの馳走を振舞い、見目麗しい娘達に四六時中踊りを披露さたそうです。 その当時は今居るこの大広間も金色に輝き、目も眩むほどだったそうで…続きを読む
本当は怖い。このペンを取ること。自分のパソコンでWordを立ち上げること。 頭の中で描いた物語を文字に起こしていくこと。 それでも毎日机に向かって『渾身の一文』を捻り出そうと奮闘している。 大学はとっくに卒業した。周りは皆立派に社会人をやって、結婚して、子育てをしている。この間久しぶりに連絡をとったかつての仲間は知らない間にデキ婚していた。俺には結婚式の招待状も届いていない。 1000円ちょっとの時給で派遣社員として事務仕事をして、年下の正社員が残業しているのを横目に定時で退社する毎日。帰ってからは『自炊』とも言えないような夕飯で腹を満たし、コーヒーを淹れてからパソコンを立ち上げ…続きを読む
俺は強い。 ネコの仲間だとかなんとか他の奴らが言ったって、俺がひと声唸った途端全員震えて一目散に逃げて行く。 それもそのはずだ。 俺のツメは歯向かってくるアホウな奴に容赦はしない。 俺の大きな体は、自分より大きな獲物だって地面に押さえつけてひれ伏せさせることができる。 誰もが俺の赤い目に睨まれることを嫌がるし、俺のキバが届かない場所で俺の機嫌を窺っている。 どんな場所でも俺が通れば他の奴らば道を開ける。 ジリジリと照り付ける太陽の下で快適に暮らしていた俺が、ある日ニンゲンに捕えられた。一瞬のことで不覚にも油断していた。ニンゲンのクセになかなかやる。 何をされたか理…続きを読む
『お家や学校でこまっていること、なやんでいることがあれば書きましょう。 ※先生だけが見るから、あんしんして書いてくださいね』 わたされたプリントを見て、四角くのスペースになにを書いたらいいのか分かりませんでした。 右となりの子を見たら『ママがピンクのふでばこを買ってくれない』と書いてました。 左の男の子はいっしょうけんめい、プリントにかいじゅうとビルとにじの絵をかいています。 プリントを机においてかたまっていたわたしは「なるほど、そんなに自由でいいんだ」とおどろきました。 みんな、わたしとはぜんぜんちがう考えをもっています。 ようちえんから小学校にきて、なんかいもそう思いま…続きを読む
日曜日の昼間、階段下から声がした。「ユウー、行ってくるよ」 母さんの声だ。「……はーい」 ワザと少し不機嫌そうに返事をした。特に理由はない。なんとなく恥ずかしいだけ。 お昼に冷やし中華を食べた時、ショッピングモールに買い物に行こうと誘われた。母さんも父さんも行くと言われたけど、僕は断った。 だって当たり前じゃないか。二人が出かけるなら家には僕一人だけになる。こんなチャンスを逃すほどバカじゃない。 少しして玄関の鍵が閉まる音がした。車のエンジンがかかって遠ざかっていく。 裏手の角を曲がって戻って来ないのを確認すると、僕は勢いよく部屋を飛び出した。 猛スピードで階段を駆け…続きを読む
こんなに朝を嫌う男が他に居るんだろうか。 タイマーをセットしたテレビがつく度に思う。 壊れた目覚まし時計の代わりにテレビを使い始めてもう10年近くが経った。 不愉快な朝を少しでも快適に迎えるため、誰かの声で目覚めるのは俺の大事な習慣だ。 隣ではこの世で一番大切な人が静かに寝息を立てている。 時刻を知らせる明るい女性アナウンサーの声が響いても全く起きる気配がない。 これからの慌しい1日なんてどこ吹く風だ。「……朝だよ」 小さく声をかけて腕を揺すってもなんの反応もない。 仕方ない。 良く晴れた6月の今日。結婚式の主役を演じる身に時間は貴重だ。 先にベットを抜け出…続きを読む