「おはよう」「おはよう。もう起きたの?早起きだね」大寒。朝6時。爽やかな黄色い香りに吸い寄せられ、ゆらゆらと娘の美緒が近づいてきた。香りの発信源に到着。踵を上げ鍋を覗いた瞬間、「エモネード!」奇声のような歓声があがった。わが家では時々、レモンと蜂蜜たっぷりの、レモネードを作る。暑い夏には、強炭酸でパンチの聞いた「炭酸レモネード」冬の寒い朝には、ほんのりと生姜の効いた「ホットレモネード」娘はこれが好きでたまらないらしい。本日は当然、ホットレモネード。早朝から取り掛かる。「母さん、美緒がまだレモネードの事、『エモネード』って言ってる!絶対わざとだよ!」朝食を済ませ…続きを読む
「水やり三年」知ってるか?六畳一間。一番陽当たりの良い場所を陣取りながら俺は、半年前の会話を思い出す。今はもう足の踏み場もない部屋を眺めながら。「それくらい分かるよ」自信に満ちた顔で、声高らかにあいつは言ってたな。文字通り、いつか切り離される覚悟はしてた。けれど、その言葉を鵜呑みにして、丁寧に切られ、送り出されるとは思わなかった。父親は、まるで我が子を見送るような様子で俺にさよならを告げた。この部屋に連れてこられた当初、何もなかった。真っ白な壁、フローリングの床。以上。父親の家に比べれば、圧迫感は否めないが、心地よかった。何せ、一番陽当たりのいい場所を案内されたから。気がつけば…続きを読む
「早くしないと置いてくぞ!」部屋中に響き渡る兄の声。「すぐ行く!ちょっと待ってよ!」僕は急いで靴下を履き、ランドセルを背負って玄関へ向かった。「待って兄ちゃん!一緒に行こうよ!」「だったらもっと早く起きろよな!遅刻したら、あとでお母さんに怒られるぞ!」「分かったから待ってよ!」2つ年上の兄ちゃん。いつも僕の一歩先にいる。今日だって、ほら、「急げー!」って言いながら僕の前を走ってる。「ここまて走れば間に合うな。何で嬉しそうなんだ?」「全然追いつけないからさ。やっぱり兄ちゃんはスゴいね。全然敵わないや」「当たり前だろ。兄ちゃんだからな。逆立ちしたってお前は兄ちゃんに勝てないぞ…続きを読む
カランカラン。歯切れの悪い、もうすぐ役目を終えそうな鈴の音が響く。暖房の効いた暖かい店内。わたしはコートに着いた雪を払いながら店主に挨拶をした。都内。いつもの喫茶店。まだ本格的に降ってないとはいえ、大雪警報が出ようがお店は閉めないようだ。金曜日、この時間よく利用しているわたしからすれば、本当にありがたい。カウンター席に座りながら、降り始めの雪にケチをつけていると「どうして雪が降るか分かりますか?」と店長が言うから思わず黙ってしまいましたよ。入店早々、ネガティブな発言は慎みます。メニューを渡される前に「いつものブレンドで」と言うわたしだが、今日はメニューとにらめっこ。…続きを読む