ひどい砂嵐である。―ゴーグルを持ってくるんだったな。 男は腕で目を庇いながら、砂漠の中を行く。彼はコンタクトレンズ式の通信端末―MIDが示す小型探査機の方角に歩を進めた。MIDは脳の中で信号を送るだけで、機体の操作が可能となる。長時間離れていたため切断していた小型機とMIDの接続を再度完了すると、砂の中から球体の機体が姿を現し、音もなくドアが開いた。〈お疲れさまでした〉 機体に搭載されたAIが男を労わる。ドアが閉じると、砂嵐の轟音はすべて遮断された。「コロニーに戻ってくれ」〈承知しました〉 すぐに機体が上昇していく。男は薄く目を開けて、窓から遠のく砂漠を見下ろした。 男は医者…続きを読む
次の休みの日は、気持ちのいい五月晴れでしょう。 お気に入りの服を着て、鮮やかなパンプスの踵を鳴らし、今まで乗ったことのない電車に飛び乗りましょう。行き先など見ずに。でもきっと終点は海でしょう。 歌を歌いましょう。誰にも届かない歌を。 蟹と鯱と珊瑚と皆、伝わらない言葉で歌を歌います。私もそうです。ただ生きているというだけで綺麗な歌。 私は風に溶けましょう。誰も知らなかった。私が自由な空だったこと。どうか忘れないでね。私が集めてた石の色、歩く速度、とりとめのないお伽噺。…続きを読む
透明なポットが落ちる瞬間、世界がスローモーションに見えました。その刹那、私は現実よりもちょっと早く、ガラスの砕ける音を想像しました。ウインドチャイムが倒れたような音。果たしてポットは想像よりも騒々しい音を立て、あるものは大きい欠片、あるものは微小の欠片、あるものは千々に砕け、フローリングの上にその中身をこぼしました。とろりとした液体が、厚みを保ったまま床に広がってゆき、仕込んでいたレモンの輪切りは、打ち上げられた海藻のように、半を押したかのごとく点在しています。窓から差す朝日に照らされたその惨状は、いっそ美しくすらありました。 手を伸ばすと、「触らないで」と鋭い声がしました。 いつの…続きを読む
茘枝が仕事を終えて自室の襖を開けると、ふわりと酒の匂いがした。 見れば、暗く狭い部屋の中に、ぽっかりと月光が落ちている。窓の簾はすべて上げられており、その向こうの靄がかった墨色の空と、朧げな月が覗いていた。 窓枠の上には徳利が置かれ、ちょうど白魚のような手が猪口を傾けているところだった。芳しい匂いの主を飲み干してしまうと、その手は鮮やかな紅紫の袖を振って口元を拭い、まだ紅を落としていない眦を茘枝に向けた。「お疲れさん」 茘枝はその顔を見てすぐに相手が酔っていることを確信した。常に寄せられている眉根や、固く引き結ばれている口元は綻び、白粉の上からでもわかるほど頬が仄かに色づいている。…続きを読む
「夢みたい!」 ジェニファーは車に乗り込むなり、そう言ってベッドの上に身を投げた。その衝撃で、若干車が揺れる。「すっげえ!水も出るし電気も点くよ!冷蔵庫もある。これで食料はしばらく持つね。Wi-Fiもとんでるっぽい……けど俺ら誰も電子機器持ってないな」 アランは忙しなく車内のあちこちを弄って回っている。彼がぱたぱたと走る度、やはり車はゆらゆら揺れる。「ふうん……ここが僕たちの終の棲家というわけか」 フィルがドアの傍で丸眼鏡を押し上げ、車内をまじまじ眺めながら言うと、彼と手を繋いでいたアマンダが不思議そうに彼を見上げた。「ついのすみかって?」「新しい家ってこった」 彼女の質問に答…続きを読む
「あれ、サラ、いつの間にピアスの穴開けたの?」 隣でせっせと荷造りをしているサラの耳に煌めくものを見つけて、私は思わず問いかけた。「ああ、この前ね、中華街でパパっとやってもらったのよ。思ったよりも安く済んだわ」 彼女は片耳にだけ、十字を細かい宝石で彩ったピアスをつけており、それは彼女の艶のある黒髪や浅黒い肌によく似合っている。彼女はその重さを確かめるように少し頭を振った。「気づかなかったわ。でも、どうして突然?あんなに怖がってたじゃない」 もともとサラは、私と同じイヤリング派だった。身体に穴を空けるなんて恐ろしい、なんて言って、ピアスを熱心に選ぶ学友たちを横目に、ふたりでこじんまりと…続きを読む
「母さん、父さん、さようなら」 そう静かに呟いた彼の長い睫毛の先から涙が海に還るのを、その小さな手が錨を繋いだ太い縄をナイフで一生懸命に切るのを、私は見ていた。 早く行こう、早く行こう。声を失くした私は彼に笑いかける。気が急いて、ボートを押す。彼はその上で涙を拭って、微笑んで見せた。 嵐が去ったあとの燃えるような朝焼け。空と瓜二つの水面を揺らして私たちは進む。彼は櫂を持ち、私は尾鰭を振って。 きっと海のもっと向こうに、一緒に暮らせる楽園があるのよ。私は歌う。声などなくても、彼には伝わる。 禁忌などと、誰が決めたの。私は身を乗り出して、ボートの上の彼を抱きしめた。その温もり。美しい命の…続きを読む
※こちらは本日のお題にまったく関係ない企画ページです。すみません。 こんにちは。こそらです。 みなさん、モノコンどうでしたか?僕は迷走しつつも楽しかったです。 もうひとつ楽しいことをしたいので、よかったら協力してください。 端的に言うと、キャラクターを貸してほしいのです。 よく、この作品とこの作品が繋がったらどうなるんだろう、と考えることがあります。あっちの作品のキャラクターとこっちの作品のキャラクターが出会ったらどんな会話をするんだろうと。それをmonogataryでもやってみたいなあ……と……。 それで、以下のような企画を考えました。① 今までに書いた話の中から1人登…続きを読む
デュモルチェライトの華火を見たことがあるか。 それはクォーツの尖角に沿って、放射線状に青い花を開き、得も言われぬ音を立てて瞬くのだった。 僕がそれを初めて見たのは、まほちゃんの部屋の中だった。 まほちゃんの本当の名前は新條瑠璃美という。“まほちゃん”というのは僕が勝手につけたあだ名だ。魔法使いみたいだから。“まほ”うつかいの“まほ”という訳。 彼女の家はマカロン屋さんで、僕の通っていたスイミングスクールの送迎バスがその近くの信号で止まると、その店舗兼住宅の様子がよく見えた。そのメルヘンな店の窓から溢れる光は暖かそうで、いつも女性客が楽しそうにマカロンを選んでいた。そしてその二階の…続きを読む
※以下、支離滅裂な私の近況がオタク早口かつ乱文で無駄に長く続きます。物語性もへったくれもございませんし暴れています。どうかご注意ください。 申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ、我慢ならない。生かして置けねえ嘘です頗る長生きしてください新作楽しみにしてます‼(墨香銅臭先生へ愛を込めてこそらより) はい、というわけで(Do-iu-Wake)、ご無沙汰しております、こそらです。 企画やります!と宣言してからかれこれ半年が過ぎてしまい、正に光陰矢の如しで冷や汗が流れております。締め切りは無し!としたものの、そろそろ完成させなくて…続きを読む