おぬしは、ちと邪宗の教えにかぶれすぎておるようだの。 釈尊の尊き教えをもって国の鎮護をなす本朝においては、その《でうす》とか《善主麿》とかいう邪宗の神の教えは認められぬ。 そういうことになっておる。 したがって、その話は、こんどの話集に入れるわけにはいかぬかもしれぬ。 だが、わし個人としては大いに心惹かれるものがある。 唐天竺の先の先、はるか胡国のさらに西の果てより来た、外つ国の化け物の話など、そう滅多に聞けるものでもありますまいからの。 しかし、残念ながらわしは、これより堀川の若様に呼ばれておるゆえ。 続きはこの文章の学生どもに話して聞かすがよい。詳しくの。 これ、お前…続きを読む
14歳の夏、初めて先生に反抗した。 隣町の臨海中学のプールサイド。 水泳の市大会の最中だった。 プールの中では、女子メドレーリレーの予選をやっていた。 9月で、とにかく暑くて、太陽が真っ白に輝いていたことを覚えている。「お前ら、応援せえへんのやったら帰れ」 僕たちは、いきなり副顧問に怒鳴られた。 フェンスに引っかけたブルーシートで作った大久保中学の陣地から、プールサイドの焼けついたコンクリートのザラザラの上に引っ張り出されたのだった。 今、大人になって考えれば、確かにチームメイトが泳いでいたのだから、この先生の言うことは、まあ間違ってはいなかったのかもしれない。 …続きを読む
ここで描かれる上海の状況は1997年のものである。 1 上海の街角をあるいていると、やたらと路上にトランプのカードが落ちているのである。 なぜだかわからないが、道路に一枚か二枚かがへばりついている。トランプは裏を向いているときもあるが、ほとんどの場合、表を向いている。なぜそこにカードが落ちているのかはわからない。 一昨日、はじめてフェリーターミナルに降り立ったときにも何枚かのカードを見たし、安ホテルの相部屋で同室になったおじさんと女の子と一緒に、三人で下町をうろついていたときにも路上のカードを見かけた。最初はたんなる偶然だと思っ…続きを読む
これは我が祖父・山上清六のノートを元に書いた架空の物語である。 一 空奇(うつくし)の停車場に降りた途端、汗がひいた。 山上清六は片手に下げていた学生服の上着を羽織った。 札幌にある開拓大学の制服である。 清六は行李の中から学帽を取り出して、伸びはじめた坊主頭にのせた。 どうも先程から、雲行きがあやしいと思っていたが、いよいよ降りだしそうな雰囲気である。 眼鏡の奥の細い目をさらに細めて、暗雲の渦巻く空を見上げる。 不穏だが奇妙な神々しさを持つ劇的な雲の海。これは空の意識の投影だ。 天地開闢の昔、引き裂かれた太古の海への憧憬が、白黒の冷たい溶岩を…続きを読む
昔、『プログラマーズ・ポケット』という、きわめて個性的なパソコン雑誌があった。 隔月刊のマニア向けの雑誌だったのだが、その中に「一行プログラムのコナー」というのがあった。一行二五六文字という限られた文字数で、どれだけのプログラムが組めるかを競い合うという、毎回2ページのコーナーだった。(未だに謎なのだが、なぜか、コーナーがコナーと表記されていた)。 僕は中学3年の時、一度だけ、このコーナーにプログラムを採用されたことがある。1987年8月号に掲載。機種は超マイナーなLC‐Neo。言語はBASICで書かれた、たわいもないプログラムだ。 文字を入力すると、画面上にいろんな大きさのい…続きを読む
無人の海岸に「上陸用舟艇」が着岸する。 通学マークがついた上陸用舟艇のハッチがゆっくり開いていく。 そこにいるのは1人の女子高生。ペットボトルの飲み物を飲もうとするが、手が震えている。《怖いのか……?》 どこからともなく、しわがれた声がする。 ハッチが開ききり、白砂の海岸に降り立つ少女。 曇った空。 女子高生……だが、彼女の腰にはガンベルト、そして2丁の拳銃があった。 背にはカウボーイハット。 見上げるのは、高い有刺鉄線や監視カメラに囲まれた、瀟洒な建物。 表札に「真昼野女学園」とある。 「これが……真昼野(まひるの)女学園高校か!」 《そうや》 カバンのゆるキャラ…続きを読む
澤井幸太郎『幻の拳法 其の壱・蝦夷手の研究』 (楼村社・昭和6年) うーん、まあまあ面白かったです。 これは、昭和初期に少年向けに書かれた本なのですが、まあ、なんというか、人を 食った仕掛けのある本でして、表向きは澤井幸一郎という拳法家(柔術家)が大正の 終わり頃、「蝦夷手」(えぞて)という幻の拳法をもとめて、東北、北海道から樺太、さら には沿海州(現在の中国黒竜江省あたり)まで遍歴するというルポルタージュなわけですが、現在ではその「ノンフィクション」性は否定され、ある種の「奇書」、トンデモ本 として扱われています。 つまり、ノンフィクションの体裁をとった「小説」として読むべき本…続きを読む
『エムエスエクス』感想 プルポン長島『エムエスエクス』(すぱる4月号)読了。 妙に感激。 ネット上では難解だ、難解だという書き込みを見るが、まあ、難解ではないと思います。 それは、僕とプルポン氏が同世代で、なおかつ彼と同じように80年代に一世を風靡した(?)「MSX」という家庭用コンピュータのユーザーだったからでしょうが、ちっとも難解ではなかったです。 作中で描かれるMSXユーザーの卑屈なまでのファミコンへの反抗心と矜持、それでも『スーパーマリオ』はやってみたいというジレンマ。 あと、少年から男へと変わらざるを得ないと分かったときの、その心の葛藤はよく分かりますね それ…続きを読む
金原塩之介『荒野の坊ちゃん』(蒼英社文庫) いやー、面白かったです。 この小説は、タイトルからもわかるとおり、夏目漱石の『坊ちゃん』のパロディでなんですが、黒沢映画でも「荒野」とつけばたちまちウエスタンになってしまうように、これも夏目漱石文体でありながら、まごうことなき西部劇なんですね。 漱石文体でのパロディ小説としては『贋作《坊っちゃん》殺人事件』とかが面白かったのだけれど、西部劇というのは思いつかなかったなあ。 漱石文体が意外と西部劇に似合うということを発見いたしました。 冒頭からして、こうです。「親譲りの二丁拳銃で、子供の頃からソンブレロかぶってゐる」 これは言うまでも…続きを読む