波の音が聞こえる。 草の根から虫の騒めきを感じる。 空には降り注ぐような星たちが瞬いて まるで囁き合っているように感じる。 私は大きく息を吸い込んで、それから空に向かって少しずつゆっくりと吐き出した。 小さな声でそっとつぶやいてみる。「……私は普通じゃなくていい」 さあ、私はこれから、「私」をやり直そう。** ベッドの中で伸びをして、カーテンを開いて、窓から溢れる太陽の光を浴びた。『今日、職場行かなくていいんだ……』 まだぼーっとしている頭でそう気づいて、たまらなくほっとした。 こないだ、私は二年間務めていた本屋を辞めた。もうあの場所には行きたく…続きを読む
芥川龍之介「蜜柑」を読んで他者を見下すことの愚かさについて「私はこの時初めて、云いようの無い疲労と倦怠とを、そうしてまた不可解な、下等な、退屈な人生を僅かに忘れることができたのである」 これはかの有名な芥川龍之介の「蜜柑」の一節である。個人的に超局所的なアンケートを取った結果、認知度は「人間失格」や「蜘蛛の糸」ほどではないということがわかった。かくいう私も最近まで読んだことがなかった。 読んでよかったと思うことは、まず、一人称の素晴らしさを再確認できたこと、また話に出てくる三人の幼子たちと同じく、曇天に押しすくめられたように暗い影が漂った私の心にも、鮮やかな蜜柑が乱落したことであ…続きを読む
"エモーショナルな""センセーショナルな"懐かしいとも、新しいとも言われたい。人の心に響く、打つ、ぶっ刺す!魂をぶつける、燃やす!そんな言の葉を綴りたいし、そんな物語を生み出したい。宗田理に憧れた。赤川次郎に憧れた。アガサクリスティーに憧れた。山田詠美に、江國香織に、恩田陸に、村上春樹に、J・Kローリングに、ダンブラウンに。カポーティに、ヘッセに、カフカに。思い興せば芥川龍之介、夏目漱石、森鴎外。谷崎潤一郎、太宰治、川端康成、檀一雄。この世界には、数えきれない、星の数ほどの物語がある。血も涙も汗も、香りすら染み込んだ、生きている物語がある。小…続きを読む
やぁ、僕は鼻水吸い取り機マン赤ちゃん専用だよえ? どこから入って来たって? 僕は泣いている赤ちゃんがいればどこでも現れるよえ? 僕のことを知らない? そっか、君は赤ちゃんをお世話するのは初めてなのかなまさに今がそうだと思うんだけど赤ちゃんは自分で鼻をかめないのに鼻水がいっぱい出て、鼻が詰まるときがあるよね「ふがふが」可愛い赤ちゃんだね鼻水がいっぱい出て、鼻が詰まってるとってもかわいそうだ!早く僕を使って鼻水を吸い取ってあげて!僕の頭の先を赤ちゃんの鼻の穴の中に入れて僕のお腹をギュッと握ってみてねいいよ、思いっきりさぁさぁ!うっあ、気にしないで、…続きを読む
まるで神様が世界を指で一掃したみたいに、クリアな青空が広がっている。空はどこまでも青く、深く果てしなく、僕達の世界を包んでいる。僕はカメラのファインダーを覗いてそのままぐるりと空を見渡した。どこかに君がいるような気がして。 十五歳の春、僕は中学で青春する時間を投げうって、必死に勉強して念願の高校に入学した。そんな僕を天使が待っていた。 そう、君に出会ったんだ。僕は本当に運が良かった。そのとき、二つの奇跡が起きていて、僕はその二つの奇跡を享受した。一つは君に出会えたこと、もう一つは、君が僕の隣の席だったこと。僕はこれで人生の運を全て使い果たしていたとしても何ら文句はない。「なんて綺麗…続きを読む
あぁ幸せ。舌の上で転がって、私の歯に当たりながら音を奏でる飴ちゃん。甘ぁ〜くて、照れ屋さんの恥ずかしがり屋さんで、とっても敏感な私の飴ちゃん。 大丈夫、安心して。私が最後まで優しく舐めてあげるからね。 私はAimer(エメ)。三度の飯より飴ちゃんが好きな女の子。起きている間中、ずっと飴ちゃんを舐めていたいくらい飴ちゃんが好き。頭の中は今も飴ちゃんのことばかり。 え? 飴狂いですって? それよく言われる。全然気にしてないから大丈夫。 味は? 銘柄は? 種類は何が好き? そんなこともよく聞かれるけど、それはね、なんでもいいの。 だって私は全ての飴ちゃんを愛してるから。飴ちゃんが…続きを読む
あれは三年前、私の一目惚れだった。 毎日、約四十万人の歩行客がひしめく天神地下街。お洒落な女性やスーツ姿のサラリーマンが闊歩する。雑貨屋シャインはそんな賑やかな通りの一角にひっそりとあった。さほど広くないお店は創業四十年、昔ながらの雰囲気を残すカントリー調のお店は、足を踏み入れた誰もが思わず懐かしさを感じてしまうような、そんな温かみのあるお店だ。 そのお店の一番奥に置かれたメープル材の戸棚の奥、マグカップコーナー、そこが私の居場所だった。 毎日ひっきりなしにお客さんが来て、入れ替わりの激しい最前列の人気者達はすぐに売れてどこかに行ってしまう。 毎日毎日、暇つぶしの女子高生や疲…続きを読む
「ねぇ、その恰好さ……なんとかなんない?」「何?……もしかして胸? はだけ過ぎって言いたいの?」「……そうだけど」僕が少し気まずそうにそういうと、胸元が大きく開いたキャミソール姿の君は、大きく口を開けて笑った。「そんなこと言われたの初めてなんだけどー!」「まあ、アメリカ人にとってはそういうの普通かもしれないけどさ」「……うーん、まあね。自分の身体をさらけ出すことに抵抗は無いかな。肌をさらして何が悪いの? って感じ。これがありのままの私だから」そう言って、君は大きな目を細めて笑う。「確かにね。みんな自分に自信ありそうだし、ステージ衣装とかもすごく肌を出すよね」「そう。…続きを読む