2020/10/27~
【オススメ掲載】
2021/1/4付 「イセカイテンセイ」https://monogatary.com/story/112029
2021/4/12付「瞳に映る」https://monogatary.com/story/189688
【音源化】
ソニー・ミュージックアーティスツ所属声優さんに、拙作を朗読頂きました。
「瞳に映る」https://monogatary.com/story/189688(戸谷菊之介さん)
「瞳さす光」https://monogatary.com/story/198328(白河みずなさん)
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チラシが溜まる郵便受けが、重い音とともに揺れる。1年ぶりに味わう、じめりとした夕暮れ時。これが梅雨だったかなどと記憶の奥底を辿りつつ、雨の湿気を吸い指先に張り付くチラシを掻き分ける。私への宛名の下、小さな字で綴られた差出人。見覚えの無い苗字と、見覚えのある名前。目に飛び込んだそれ、そしてその名前が記された小さな青いラウンドブーケは、自分でもはっきりと感じ取れるくらい熱を帯びて脈を打ち、消えかけていたはずの温度を取り戻すようでもあった。あれはもう何年も昔。「遠く遠く、できるだけ遠く。知っている人が誰もいないところ。そんな場所、これから行ってみようよ」ターミナル駅に程近い予…続きを読む
これがショックというのか、それとも拒絶というのか。いずれにせよ、現実味だけが無いのは確かだった。重たい雲が覆う空、それを窓際席から眺める自分。湿気でこれでもかと跳ねる髪を直そうと、指先で撫でる感触だけが残り続けた。地元の結婚式に参列した帰りの新幹線は、東京へと到着する頃にはすっかり雨模様になっていた。甘く見た。「すぐ東京に戻るし平気だろう」と安易に思い、パーティードレスの上から軽く羽織っただけのトレンチコートを、冷えた雨風が通り過ぎる。四捨五入してやっと30、繰り上げると40の売れ残りにとっては薄くて鎧にさえもならないが、今の私にはこの程度がお似合いなのだろう。学生時代の男女仲…続きを読む
『来年の春、筆を折る』これは以前、昨年初め頃ここに載せた内容である。書いた内容は遥か昔の曖昧な記憶で、一言一句が合っているわけではない。しかし今年に入り早数ヶ月、投稿数は未だ3本だけ。単に時間が取れず、必然的に書く腕が落ちたというのは否めない。ただ他にイレギュラーな出来事が起こったというのも大きく、それに驚くほど振り回された数ヶ月でもあった。個人的な備忘録も込めつつ、行き場の無い感情をお陀仏させる為にも、ひとまずはここに書き殴るとする。昨年終わり頃、大失恋を経験した。そもそも『失恋』と表現したが、自分自身そもそも恋愛に疎く、『恋』かと問われると少々疑問である。とはいえ某ウェ…続きを読む
浮ついた話題とは無縁の人生を送ってきた。愛とか恋やらは自分の圏内で起きて、いつも自分だけを取り込まずに進んでいく。甘いながらも苦く、時にスパイスが効いた痴情の縺れ。それらはカカオのように奥深い味わいとなり、その輪の外で自分は、熱の中心で溶けていくさまを冷めた目で見つめていた。彼女と出会い、あの日が訪れるまでは。++「わたし、恋愛したいの」コーヒーに混ざり切らなかったザラメが、口に含まれた舌のうえで転がっていくのを感じた。彼女の話へと懸命に耳を傾けるふりをしつつ、必死にマドラーでカップの底をかき回す。焦茶色の液体に覆い隠されながらも、沈殿するザラメはざらざらと小さな音を響かせ…続きを読む
「アタシ、彼氏できたの。初めての」目を点にする私をよそに、親友は幸せそうに告げた。相手は同じ職場で働く、2つ上の先輩。いわゆる『ぽっと出』とかいうヤツ。「そう、なんだ」情けなく漏れた声。気丈に振舞おうとしたが、それが精一杯の返事だった。自暴自棄に走り暫し経った頃。ずっと一筋だった私にも、初めて恋人ができた。とにかく優しくて明るい、最高の彼。眼中にも無かったが、不覚にも『渡りに船』だなんて思ってしまった。寂しさでぽっかりと開いた穴。スコップで適当に埋めるように、親友に捧げるはずだった時間は全て、恋人とやらに容赦無く注ぎ込んだ。交際半年、とんとん拍子でプロポーズされ、婚約が決ま…続きを読む
『二十歳までの新年。誰もいない昼間、客間を抜けて別宅へと向かう通路、少し奥にある書斎。戸は必ず3度叩くこと』盆と彼岸、そして新年。家族で暮らす関西から、東海道新幹線と東北新幹線、ローカル線を乗り継ぐ。自分が幼少期だけ過ごした、父の実家。仕事の都合でここを離れたが、毎年長期休みになると新幹線へと乗り、妹と4人、半日以上かけて里帰りをするのが恒例だった。その言葉はたしか、親戚の誰かから教えられた気がする。一丁前に自我が芽生え始めた時期で、「パパとママには絶対に言わないんだよ」などと耳打ちされたのだから、幼き日の約束は十何年もの間、誰かに話す隙なぞ1ミリも与える事は無かった。それ以…続きを読む
―せっかくだしさ、会わない? 数年ぶりに。衝撃で持っていたスマホを落としそうになる。それはこれから起こる事への高揚感と恐怖が、同時に僕の背中へと襲いかかるようだった。僕らはもう永遠に、再会する事は無いのだろう。そんな縁起でも無い直感を抱いたのは、同い年の幼馴染が「数ヶ月に渡り体調を崩している」と聞かされた時からであった。両親の友人夫婦の子供として知り合った志穂は、物心ついた頃からずっと隣にいた存在だった。お互いの好きな食べ物、友人関係、そして歴代の恋人。クラスどころか学び舎を共にする事も無かったが、週末や長期休みの間を縫っては互いの自宅へと遊びに行ったり、課題に取り組んだり。あ…続きを読む
奥渋谷の片隅、路地裏の先へと突き進む。古びた雑居ビルの2階、そこに『純喫茶・夢現』はひっそりと店を構えていた。30席ほどのこじんまりとした店内、観葉植物が置かれた先に身を潜めるボックス席。その座席を指定し腰を下ろす者は皆、何かしらの秘めた思いを抱え、昇華させる為に色褪せたメニュー表を眺めていく。一面に広がる碧の空、ミルキー色を帯びた雲を浮かばせ、紅い果実が水底をゆらゆらと照らすミニチュアアート。「すみません」マスターを呼び、頼むものなんてのはメニューを見ずとも決まっている。『メロンクリームソーダ、2つ』…続きを読む
「ねえ、これ貴方が昔住んでいた街じゃない?」妻が素っ頓狂な声を上げ、テレビを指さした。早朝から放送されるニュース番組。この時間帯はグルメなんかの特集コーナーではなく、たしか今朝の最新情報を纏めて流している辺りのはず。朝食を摂る箸を置き、テレビの画面を眺める。聞き覚えのある地名。耳馴染みのある言葉。しかしそれらは覆せない事実の上へと横たわっている。ーーーーー今日未明、〇〇県××市にあるアパートの一室から出火する火事があり、焼け跡から1人の遺体が発見されました。警察によりますと、現場は西町にある木造アパート。2階部分から出火が確認され、火元となった角部屋一室が全焼したとの事です。…続きを読む
『想いを伝え切らないと、未練は亡霊になる』。そんな名言を、どこかで耳にした事がある。この世に生を授かって三十数年経つはずだが、日々を必死に生き抜く背中にふと影を落とす存在。生霊のようなそいつは、ある日突然意気地なしな自らの身に纏わりつき、解き放たれること無く、噛み終わりのガムのようにべとりと胸の壁に張り付き根を下ろすのである。人生の半分近くの想いを捧げた彼女が婚約した。一度だけの独身最後の夜、無理を通して二人きりで飲みに出かけた。彼女にとって自分は一定以上の友人関係なんだと実感しつつも、結婚相手とならない限り、やはり友人以上の人間では無い。そう実感すると、遣る瀬無さが溢れ返るようで、虚…続きを読む