お題に沿って書くの楽しいなーと思いつつ物語を紡いでいます。
ほとんど恋愛もので、ハッピーエンドは少ないかも。
よろしくお願いします。
群鳥安民さんによる拙作『溶けきる前に』音声化↓
https://youtu.be/VC0dkAHsIow
『溶けきる前に』↓
https://monogatary.com/episode/170351
Twitter↓
https://mobile.twitter.com/mizukiyayoi8484
「久しぶり」 何度も声に出して、練習してみる。声が震えていないか、早口になっていないか。 久しぶり、なんて、それこそ久しく言葉にしていないから、それなりに緊張してしまう。「大人になったらお金も時間も自由に使えるし、その時たくさんまた話そうね」「ちゃんと再会できるようにメールアドレスだけでも交換しておこう」 中学校の卒業式で交わした会話。それから何回かメールをすることもあったけれど、時間が経つにつれて頻度も減っていった。 殺風景な一人の部屋に、いくつもの「久しぶり」がこぼれては、消える。いくら水を飲んでも、深呼吸をしても、落ち着かない。 時間はこういう時に限って遅く進むんだ。…続きを読む
桜舞い散る四月、とよくいうが実際この頃にはもう満開の時期は終わっているじゃないか、と思う今日この頃。朝の心地いい陽ざしと、その雰囲気を壊してくるけたたましく鳴り響く目覚まし時計に起こされ、目を覚ます。 今日から高校に通うの、か。 四月七日。春休みも終わり、いつのまにか中学生と高校生の境目を通り越して新生活が始まる。新調した制服に身を包み、リビングに行って卵かけご飯を食べる。時計は七時過ぎを指している。そろそろ行かないと間に合わないだろうか。 新生活への不安と期待を抱きつつ、学校に向かう。 この町には越してきたばかりだ。実家は東京だけど、滑り止めで受かったこの高校があまりにも…続きを読む
明け方の寒さが寝込みを襲う。太陽の光も届かない。 せめてもの寒さへの抵抗で布団を掛け直し、二度寝を試みるも、目がさえてしまったみたいだ。ぐっすり眠れない僕はのろのろと起き出して、半分しか充電できていないスマートフォンを覗く。 二月十四日。月曜日。午前五時二十三分。曇り時々雨。最高気温は十五度。二月にしては暖かすぎる気温。それなのに、この時間はとても寒い。このまま時間が経ってもこの予報では窓越しの太陽も今日は感じられない。 何か食べ物はあったかな、と部屋を漁る。捨てられたお酒の空き缶と、カップラーメンのごみ。出したまま放置してあるコンビニのレジ袋。ろくに畳まないままタンスからはみ出…続きを読む
きっかけは、創作仲間との交流を持とうとしたことだった。 ソーシャルネットワーキングサービスを知り、インターネットというバーチャルな世界に飛び込んだが故だった。 一番有名な、一四〇字の言葉を紡ぐことができる、青い鳥が目印の文章投稿サービスには、匿名質問箱というシステムが設けられている。 創作仲間に送られてくる質問はこうだ。「あなたのこの作品好きです」「あなたの文章は温かい」「文も人柄も好きだ」 もはや質問でもなく、感想。タイムラインに連なる質問箱には、ほめ言葉が無限に沸いていた。 私が腐り始めたのはそのころからだろう。 嫉妬、羨望。色んな感情がごちゃ混ぜになった。 …続きを読む
「雪が強いので休みます。」 電話越しからは何やら怒鳴り声や悲鳴が聞こえてきたが、これなら無断欠勤にならない、と言い聞かせて、窓の外を眺める。「有休扱いで。では失礼します」 冬の静かな朝を邪魔する雑音を遮断。幸せな時間は長い方がいい。 昨夜から降り始めた雪は、九時間もかけて町を白く染め上げ、さらに今も勢いを増し続けている。 電車だって動いていないし、バスもタクシーも行列になっているだろうし、こんな日は休むのが吉だ。 有休を一日使ってしまったけれど、あと九日残っている。一週間以上あると思えば全然構わない。 窓の外では、ランドセルを背負った登校するであろう小学生が、雪を投げ合…続きを読む
「二〇二一年。もうすぐ終わりだけど、どう?」 仕事納め終わった帰り道、夜になって本気を出してきた寒さに身を震わせながら、冷たくなったスマホを耳にかざす。「よくわからない一年だったよ」 電話口の相手は今頃暖かい部屋でコーヒーでも飲みながら僕と話しているだろうか。「今年起こったことってなんだろう」「そりゃあ、オリンピックと、総理が変わったことと……」 それだけ言って押し黙ってしまう。「聞くだけじゃなくて、あなたも何か出してみてよ」「君に会えたこと、かな」「もう」 今年一年かけて猛アタックしても、君の心を揺らすことができなかった。「クサいセリフ言ったって、あなたのこ…続きを読む
都営地下鉄三田線、御成門駅を出ると、広大な公園が広がっている。 駅の所在する地名と、隣駅の芝公園駅の由来になったであろう「芝公園」が都会のオアシスになっている。 芝公園、最初に聞いたときは芝が敷き詰められている公園かと思っていたけれど、意外や意外、芝より土の方がはるかに面積が多い。 階段を上って公園に入り、スマートフォンを取り出して電話をかける。「もしもし」「もしもし。あ、柚子買えたの?」「もちろん。かぼちゃは終わった?」「終わったよ。そしたら……」「うん、もうおいでよ」「了解。ちょっと待っててね」 文京区の静かな住宅街に家を構える僕らは、一緒に住んでもう三年ほどに…続きを読む
秋葉原の電気街から日比谷線のホームに行くと、当たり前だけど薄暗い空間になった。 様々なアニメキャラクターやアイドルがプリントされた袋を提げた人たちがこぞって総武線の改札に流れるのを尻目に、一気に現実に引き戻されたような、そんな感覚。 とても冷えていて、思わず自販機に売っていたあたたかいココアのボタンを押す。けれど、電車で飲むのは非常識だと気付いたので、冷めないようにポケットに入れる。 到着した東武線直通、北越谷行きの日比谷線に乗ると、人がたくさん降りて、まばらになった車内にそっと腰掛ける。 ゆっくり走り出した電車は闇の世界を駆け抜ける。次の仲御徒町駅のホームが見えるまで、誰…続きを読む
あれからもう五年が経った。それなのに、僕はこうして時たまに訪れてしまうんだ。 東京都北区、王子。土曜日の昼下がり。赤羽と日暮里に挟まれた、多くのバスが駅前に集まる街に、久方ぶりに足を踏み入れる。 学生時代に住んでいた街。今となっては訪れることも少なくなっているけれど、いざ一歩踏み出すと、懐かしい思い出がそこら中に溢れている。 大きな歩道橋、駅前に広がるコンビニやカフェ、近くを流れる隅田川……。 春になれば石神井川の桜並木に歓声を上げていたっけ。「僕は、また……」 街並みを一周見てから、JRや都電の線路を尻目に、地下へもぐる。 東京メトロ南北線に乗るのも、思い出巡りに欠…続きを読む
明け方の河川敷で、景色が黒から蒼へと変わる時間を楽しむ。 風は穏やかで、空に浮かぶ雲も少ない。最高の朝五時だ。 すべてを忘れられる時間。みんなまだ寝ていて、私を邪魔するものは何もない。 独りは嫌いだけれど、一人でいるのは好きな私の、一日で一番リラックスできる時間。何も考えずに過ごせるはずなのに、いつも色々なものが私の中で混ざる。 「あの子のほうが好きだな。だから、きみとはもう、さよならだ」 そう言って捨てたあなたの言葉がなかなか消えなくて、困る。 私には感情はない。そのはずなのに、うれしかったり、悲しかったり、寂しかったり。……嫌いだったり、好き、だったり。…続きを読む