”只今から女優、西園寺玲子の記者会見を開始させて頂きます”アナウンスが流れると私はゆっくりと歩みを進める。何十人もの記者で溢れている。カメラのフラッシュが一斉にまばゆく輝きを放つ。身体を突き抜けそうな光量だ。そっと会見席に座る。なんと説明すればいいのか。「あの……」言葉に詰まる。「何で詰まっているんですか!」記者が声を荒げた。「あのっ!」呼応するように大きな声で反応する。「大きすぎるんじゃないですか?」記者がまた私を責め立てる。「あの……」私はまた言葉に詰まる。「西園寺さん、詰まりっぱなしじゃないですか。みんな困ってますよ」さらに…続きを読む
「美咲と会えるのも明日までかと思うと寂しいな……」そう言いながら茜はカップのコーヒーを握りしめる。会社を辞めるのが初めてで、私はこういう時にどう返していいか分からなくなる。新卒で同じ職場に配属された茜とは、信頼関係という言葉以上の絆があった。「近藤課長なんて、この前の会議で美咲の退職の話をする時に涙ぐんでたし」「え?ホント?」私は思わず訊き返してしまう。近藤課長は鬼の形相で有名な50代のオヤジ課長だ。コロナウイルス対策で出社率に制限があって、その日の会議は私はオンライン参加していた。同じ会議室から出席していた茜が言うのだから間違いないのだろう。「うん。美咲、チームの…続きを読む
紺碧の空。まさにそんな表現が似合う青空が眼前に広がっている。太陽光が照りつけ、見えない紫外線という光が皮膚を串差しにする。そんな日光をもろともせず、プールデッキでは多くの男女が賑やかに水遊びを楽しんでいる。 父から大学の卒業旅行に、とプレゼントされた豪華客船の旅。横浜を出港して、長崎を経由した後に韓国の済州島に向かう旅だ。父は私に何かをプレゼントする時は、そっと背中をさすってくる癖があった。それが何かのおまじないのように。「ねぇ今、凄く格好いい人がいたよ! ちょっと目の保養に眺めてくる!」 明美は私にそう告げると返事を待つこともなく、走り去って行く。やれやれ。この船の動力源はエゴなの…続きを読む
■第一章 春 公園のブランコ。そこで私は高く高くブランコをこぎ続けている。ブランコがちょうど地面と垂直になろうとするくらいに高く飛び上がった瞬間、お尻が座面から滑って私は空中へ飛び出された。 やばい……。落ちる! ハッと飛び起きると、起こり気味の母が横に立っていた。「紗良! 今日から高校3年生でしょ。いい加減、遅刻ギリギリに起きるのはやめなさい!」 最近、この夢で目が覚めることが多い。ブランコが現実と夢を繋ぐ道しるべなのだ。時間を見ると8時を過ぎている。こりゃ猛ダッシュだ。 私は超高速で制服に着替え、食パン片手に家を出る。学校まで走って10分! 間に合うか。 しばらくすると…続きを読む
水の呼吸。どこかで聞いたことがあるような言葉だが、私は確かにそこに水の呼吸を感じた。「この川の水は、どこに辿り着くんやろ」 武庫川沿いの河川敷で私がふと呟くと、それに呼応するように父が開口する。「どこやと思う?」「わからへん。三田と宝塚と……うーんと、尼崎と。海まで行くんかな。そうやとすると、めっちゃ長い距離やな」「それだけじゃないで。海まで行った後、蒸発して雲になり、それがまた雨を降らせる。雨は地球上の自然を育み樹木を育てるんや」 いやいや、そのスケールのことは訊いてへんし……と心底思いながらも私は口に出さず、とりあえず話を合わせておく。「じゃぁ、木の一部になるんやな」…続きを読む
■第一章 キミがいる「竹本くん……?」 がらんとした通路で紗良先輩に声をかけられた時、僕は驚きのあまり声が出せなかった。音楽ライブ会場のスタッフ用裏通路で、まさか高校時代の先輩に会うなんて想像すらしていなかった。「竹本くんだよね? 覚えてる? 高校の時の」「……あ、はい。紗良先輩も上京していたんですね」「うん。カメラ撮影の会社に就職して、今日はカメラクルー!」 彼女の右手には一眼レフカメラがあった。なるほど。それにしても、相変わらず元気そうだ。高校の時もいつも元気だった。いつも……と言っても、僕と紗良先輩は片手で数えるほどしか会話したことがない。高2の時、下駄箱近くに落…続きを読む
■第一章 揺らめく光の中で「竹本くん……?」 がらんとした通路で紗良先輩に声をかけられた時、僕は驚きのあまり声が出せなかった。音楽ライブ会場のスタッフ用裏通路で、まさか高校時代の先輩に会うなんて想像すらしていなかった。「竹本くんだよね? 覚えてる? 高校の時の」「……あ、はい。紗良先輩も上京していたんですね」「うん。カメラ撮影の会社に就職して、今日はカメラクルー!」 彼女の右手には一眼レフカメラがあった。なるほど。それにしても、相変わらず元気そうだ。高校の時もいつも元気だった。いつも……と言っても、僕と紗良先輩は片手で数えるほどしか会話したことがない。高2の時、下駄箱近くに落…続きを読む