難しい言葉はできるだけ使わず、掌編・短編がメイン。
昔に置き忘れた気持ちや、日常で気づかない何か、そして読んだ人を笑顔にしたい……そんなふうに作品を書いています。
●記録
・『月刊monogatary.com 2018年10月号』に「恋心は最高の調味料?」掲載
・「ハッシュタグを信じるかい?」が『モノコン2018』にて優秀賞受賞、映像化
(映像はこちら https://youtu.be/T0d1NLif2t8)
・spotwriteにて特集していただきました(https://monogatary.com/spotwrite/59989)
Twitter:@yachiyo_fmzk
※挿絵はパブリックドメイン素材と自分で撮った写真を使用しています。
路地を入った奥にある場末のラブホテルに足を踏み入れると、染みついたタバコとすえたにおいが鼻をついた。思わず口から「うっ」という声が漏れ、あたしは息を止める。眉間にシワを寄せて。「こんなところでよかったの?」 先に部屋に入っていた彼が振り向き、呟く。あたしはコクリと頷いたあと「うん」と言った。 いや、本当の答えは「ノー」だった。 せっかくの彼とのデート。夜景の綺麗な高級ホテル……とまではいかなくとも、もうすこし適したところがあるはずだ。少なくとも、日焼けした赤い字で「フリータイム2800円」と書かれている場所よりは。 でもあたしは彼と会えれば、それだけで満足だった。「言っ…続きを読む
むかしむかし栃木の片田舎に、八千代という女の子がいました。 八千代は冴えない、ごく普通の女の子。でも八千代には、すこしだけ人と違う部分がありました。 それは「読書が大好き」ということ。 放課後には図書室に直行し、借りていた本を返却します。そして新しく本を借り、ギュッと抱きしめたまま学校をあとにするのです。 いちど家に帰ってランドセルを置いたら、八千代は赤い自転車にまたがり、家を出ます。 目指すのは地域の図書館。背中には何冊もの本が入ったリュックサック、頭にはぶかぶかのヘルメットを被って、図書館までの道を爆走していました。 あとは学校と同じ。古い本と入れ替えるように新し…続きを読む
動物を飼うなんて、これまでの私の人生ではありえないことだった。 母は潔癖症で動物を飼うなんて許してくれなかったし、考えてみると、私自身も幼いころから動物が苦手。 動物園で檻のなかの動物を見るのは好きだったけれど、「ふれあい広場」で抱っこをするのはおろか、そこに足を踏み入れることすらできなかった。 理由はわからない。 ただ随分昔から、脳内には動物=噛むものという式があって、その恐怖はいつまでも私を動物から遠ざけ続けた。 そんな動物と縁遠い状況は、ここ5年でガラリと変わることになる。 祖父と父を立て続けに亡くし、無駄にだだっ広い実家(仄暗い穴の底から:https://…続きを読む
胃が弱い。 これといった病気があるわけではないけれど、胃の調子は慢性的に悪い体質だ。「朝ごはんは白米と味噌汁と、納豆に焼き魚!」という和の心満載の朝食に憧れつつ、心のなかでは「無理! 朝からそんなの、絶対無理だから!」というツッコミが入る。 だから私の朝食は昼食も兼用で、8枚切りの薄い食パンとカップスープ。調子がいいときはここに卵料理やサラダもつけて……という感じ。朝食を食べないときは昼食で、それより少し多い量を食べることができる。 考えてみると、私の胃は子どものころから不調なことが多かった。 少し食べるだけでお腹いっぱいになってしまうし、小さなコップで水を飲んでもすぐ…続きを読む
灰色の空にオレンジ色の夕日が浮かんでいるようだった。 浅い眠りから覚めた私が見上げた天井は間接照明がぼんやりと光り、幻想的な雰囲気を作っていた。ここが住み慣れたワンルームじゃないと勘違いしそうになるくらい。 ベッドに横たわっていた私は、体を右に傾け「ふふっ」と鼻から息を漏らした。 視線の先にはこちらを見つめている彼氏――亮、の姿。いったいいつから見られていたんだろう? と思うと恥ずかしくなってくる。 右隣にいる亮目がけて首を伸ばした私は、キュッと口角の上がった唇にキスをした。亮は返事の代わりに唇をついばんできて、「起きたんだ」と呟いた。 「私、寝ちゃってたんだ……」 今…続きを読む
アパートのドアに備え付けられたポストに、ダイレクトメールに混じって一枚のチラシが投函されていた。――新築一戸建て、残り一棟! 濃いグレーの外壁を背景に、目立つフォントで書かれた文字。それをボソリと読み上げた私の口から、「ふふっ」と小さな笑いがこぼれた。 べつに、このチラシをバカにしているわけじゃない。むしろ築二十年の古ぼけたアパートに住んでいる身には、「新築」や「一戸建て」という文字、それに広々とした間取りは魅力的だった。「まあ、私にはご縁がないし。それにこんな広い家、一人で住んだって面白くないもんね」 まだ笑いの余韻が残る口で呟いたあと、チラシをくしゃっと丸めゴミ箱に…続きを読む
冷蔵庫から取り出したかつおぶしの袋に手を突っ込むと、まだ眠気の残る指先がヒヤリと刺激された。 ジリジリとうるさい目覚まし時計より、こっちのほうが目が覚めると思う。 そこに呼吸のたびに吸い込む燻ったいにおいが加わると、過去の記憶まで叩き起こされそうになり、焦る。「ああ、今朝も……」 眠気と記憶を振り払おうと首を左右に振ってから、少し油汚れのあるガス台の前に立った。 その瞬間、あくびみたいに噛み殺そうとした記憶が目を覚ました。 12歳の冬、母が亡くなった。「あなたらしく生きなさい」という言葉を遺して、穏やかに。 病室でバタバタと動き回る看護師さんたちを見ながら、…続きを読む
――生まれ変わりを、信じますか? 縦書きの便箋の一行目。細字のボールペンで丁寧に書かれた文字を見て、俺の胸はひどくざわついた。 べつにそれを信じているわけではない。いや、むしろ「馬鹿げている」とさえ思っていた。幽霊なんているわけないし、魂の存在というのも信じがたい。 だから「生まれ変わりを信じますか?」と問われても、首を横に振るしかできない……はずだった。 合計、五枚に渡って書かれていた手紙を読み終えるまでは。「ええと……ここ、だよな?」 ピタリと足を止めた俺は、ハンドタオルで額の汗を拭きながらあたりを見回した。 所狭しと建物がひしめき合う住宅地。判を押したように…続きを読む
●飯島健太 さま 前略 ご無沙汰しております。いったい何年、飯島くんと会っていないでしょうか? 街で似た姿を見かけて、思いきって筆を執ってしまいました。 お元気でしたか? 私は元気……とはいえないけれど、ぼちぼちと日々を過ごしています。仕事をして、ぼんやりとネットを眺めて、お風呂に入って眠る。そんな感じ。 ほんとうなら「実はこんなことが!」って報告でもするところなのですが、残念ながら。 昔と住所が変わっていないことを願って、この葉書を書きました。どうか届いていますように。 そうしたら時間のあるときで構わないから、お返事くださいね。 かしこ 今宮めぐみ●今宮めぐ…続きを読む