「さああ、こんにちは、こんばんは。今日は明るくて、浅くて、暗くて、深くて、なんだかぞわぞわしながらザワザワしちゃいますねッヱ。欲しいもの、要らないもの、手に入れたいもの、捨てたいもの、ありませんン?」雑踏。無心になって夜の街を突っ切っていた私が足を止めたのは、その意味不明で支離滅裂な文言が質量を感じられるほど鼓膜の近くで響いたからだ。その奇妙と言って差し支えない声は、高いようにも低いようにも聞こえたし、心地良いような気味悪いような感触を伴って私の心を揺さぶった。夜の色とりどりのネオンが輝く街の中、男(?)の纏う黒の衣装はまるで周りの光を全て飲み込んでいるようで、その男の周りはポ…続きを読む
れいちゃん、一才のお誕生日、おめでとう。大きくなってね…。ずっと、ままとぱぱに素敵な笑顔をみせてね、幸せに育ってね、だいすきだよ…。大変っ、、ぱぱっ れいちゃんがっ、椅子から落ちて…。まま、落ち着いて、頭を打ったかもしれない、すぐ救急車を呼ぶよ。あ、あ、、どうしよう、何かあったら。私のせいだ、目を離したから。いや、違うよ。僕も油断してた…。ああ、れいちゃんが泣き止まない。痛いよね、痛いよね、ごめんね…。れいちゃんの身体、すごく痙攣してた。手術室に入ってもう何時間も経った。どうして?どうなってるのっ?落ち着いて、お母さん。もう少しです、、もう少し…続きを読む
忘れたくても忘れられない、ちょうど二年前、八月二十日の出会った少女と、それから十日の間に僕の周りで起こった話をしよう。たぶん、信じる人は少ないだろうけれど。僕は夏は得意ではないんだ。いつも胸が締めつけられるように痛むんだ。不快なほどの酷熱が身体にまとわりつくような日には、あの短く濃密で、奇妙な夏の日々をはっきりと思い出してしまうから…。あの日。これでもかと容赦なく肌を突き刺す太陽がちょうど頭の上を通過していき、僕は降り注ぐ光とコンクリートにサンドウィッチされるように焼かれていた。「喉が渇いた。早く帰ろう、こっちが近い」独り言を言いながら、鬱陶しい熱気から逃げるように裏路地…続きを読む
今日がらんどうになった部屋で最後に目線をあわせ短く挨拶をかわしました私は自分の左薬指に目をやりましたそこにない結婚指輪のことを考えますあれ、どこにやっただろう「今日でさよなら、元気でね」にっこり笑っていいましたあなたは何といったかなやっと出てきた結婚指輪指輪が幸せを約束するものならば果たして薬指ほどの幸せがあったでしょうか「一緒に幸せになろう」確かにあった二人の思い出私はあなたを幸せにできたのでしょうかあなたにもらった最初の指輪はどんなに煌びやかな指輪よりかがやく四つ葉の小さなリング青い空 緑の絨毯必死に探して自慢げに差し出す笑顔に惚れました…続きを読む
白っぽい日差しがホコリを被ったカーテンを貫きベッドに差し込んだ頃、僕は覚醒し切らない意識のままスマホを開き、ほとんど無意識にTwitterを意味もなく眺め始めた。時刻と電池残量をチェック。もう昼過ぎだ。この一連の動作は、まるで呼吸のように、目的や必要性を意識せず繰り返される日々のルーチンワークである。「はあ」思わず出たため息。大して面白くもない文字の羅列。吐き出される愚痴や下ネタ。自分で自覚している。僕は大学一年の長い夏休みを、夢も愛する人も親しい友人も持たないまま、無料の快楽コンテンツをひたすら享受することで浪費してしまっている。なまじ賢くて、自分と現状を客観視できてしまうか…続きを読む