「ほら、元気出し。飴ちゃんやるから。」そう言って、参列者のおばちゃんが飴玉をくれた。ありがとうと言って、まん丸い飴玉を受け取る。何歳になっても、この黒いスーツと黒いネクタイには慣れる事ができない。故人が永遠の愛を誓い合った相手ともなると尚更で、《 御遺族様控室》と書かれた部屋の空気感に耐えられず、外の喫煙所で独りハイライトの煙を燻らせている。おばちゃんに貰った飴玉を口に放り込む。人工的なイチゴの強烈な甘みが口全体に広がる。そして、口の中で徐々に溶けていく飴玉。飴玉1つ取っても食べ方は人それぞれで、それは人生に酷似している。頬の内側の定位置に固定して徐々に溶かしながら味わった…続きを読む
私は小学生の頃、少し古いマンションの7階に住んでいた。ある日の学校帰り、7階まで行くのにいつも通りエレベーターに乗ろうとした時。ふと違和感を感じて視線を落とすと、エレベーターの境目の僅かな隙間からこちらを覗く何者かと目が合った。恐怖心より好奇心が勝った私は、「こんな所で何してるの?」と聞いてみた。「かくれんぼしてるんだ。ここなら絶対に見付からないでしょ?ここに僕がいること、誰にも言っちゃだめだよ?」声から察するに、それは小さな男の子だった。どうやって入ったんだろう。ちゃんと出られるのかな。色々と思うことはあったが、「誰にも言わないよ」と約束して家へと帰った。そして、その日の夜。ご飯…続きを読む
なあなあ、ちょっとそこのあんた、いま俺と目が合ったよな。少し俺の話に付き合ってくれねえか?別に怪しいもんじゃねえし、聞いて損は無いと思うぜ?こんな平日昼間の人が疎らな時間帯に、そんな小汚い格好で電車に乗ってるんだ、どうせ仕事なんてしてないんだろう?今ってよ、コロナ対策とかで電車の窓を開けてるよな。換気しなくちゃって。そんな時、座席の下の隙間から出てる暖かい風って助かるだろ?あの風ってよ、実は俺なんだよ。座席の下の隙間に入ってフーフーしてるの。一日中。人間離れした肺活量を評価されてね、時給2,000円で始発から終電まで、ずっとフーフー。口臭がきつくなる物は食べられないし、この隙…続きを読む
カタカナの「メ」に似てる「しめ」という文字には二種類ある。漢字の『乄』と、記号の「〆」。スマホやパソコンにはどちらも登録されているが、形が少し違うだけで、実質は同じもの。私には2つの人格がある。ある時を境に記憶が飛ぶことが頻繁に起こるようになり、心配になって病院に行ったら、どうやらもう1つの人格があるとのことだった。ただ、何のために出来た人格なのか。何不自由ない普通の学生生活を送っている私には、強いストレスから心を守る為とか、それらしい理由がなにも無いのだ。そして、もう1つの人格も私と変わらず穏やかで、『乄』と「〆」のように実質的にほぼ同じような人格らしい。私の記憶が無い間も、周りの人間が…続きを読む
貴方と出逢ったあの日から心の中に降り積もったこの想いどうすることも出来なくて集めて固めて転がして雪だるまのように膨らんだ初めてあったあの日から貴方には素敵な彼女がいてとても敵わないし諦めてたけど想いだけが降り積もっていったまだ顔の無い雪だるまどうすることも出来ず膨らんだ想いにはどんな顔が似合うのか解らない動くことの出来ない雪だるま駆け出すことも逃げ出すこともできずただただ心の奥底に在り続けるいつか私にも春が来たらこの雪だるまを溶かしてくれるはずそんな暖かい春を待ちながら顔の無い大きな雪だるまと二人きり寒い冬が過ぎるのをただひたすらに待ち続ける…続きを読む
遠くで新聞配達のバイクの音が聴こえる。カーテンを開けると、東の空がわずかに明るくなって、また新しい一日が始まろうとしている。街が少しずつ目を覚ます時間帯の、静かで澄んだ空気が好き。少しずつ明るくなる空を眺めていると、後ろのベッドからゴソゴソと物音がする。振り返ると、貴方がだらしない顔で熟睡してる。私は小さく鼻でため息を付き、スマホのアラームを15分後にセットしてから再びベッドへ向かう。街が少しずつ目を覚ます時間帯の、静かで澄んだ空気が好き。だけど今は、貴方の優しい温もりと微かに聴こえる鼓動に包まれながら二度寝をするこの15分間が、一日で一番好きな時間。…続きを読む
キミはいつもあの子を見てたね。僕はいつもキミを見てたから知ってるよ。ずっとずっとずっとずっと見てたから知ってる。それなのにキミはあの子に夢中で僕のことを全然見てくれなかったね。こんなに愛してる僕のことを見てくれないような目は必要ないよね。でも大丈夫。安心して。なにも見えなくなっても僕が守ってあげるから。ずっとずっと守ってあげる。怖がらなくても大丈夫だよ。なんで逃げようとするのかな。なにも見えなくなったのにどこに行こうとしてるのかな。僕から離れようとするような足なら必要ないよね。でも大丈夫。安心して。な…続きを読む
東京の冬は寒い。雪はほとんど降らないけど、冷たいビル風に身も心も凍る思いだ。就職を機に上京してきたけど、自粛のせいで友達はできないし、リモートのせいで職場の人ともイマイチ打ち解けられてない。私は出身が北海道で、冬になるとめちゃくちゃ雪が降る町で育った。朝起きると自分の身長より高く雪が積もってるのなんて日常茶飯事だった。実家では今、祖母が独りで暮らしている。今年はコロナのせいで実家に帰れていない。(コロナも雪も大丈夫かな。心配だな。)そんなことを考えながらテレビを点けると、北海道で記録的な大雪だと女性アナウンサーが言っている。よく見ると、私の地元の町だった。しかし、どうも様子がおか…続きを読む
原始人が作り出した人類が、原始人を滅ぼし世界を支配したのと同じように、この西暦2200年の世界では、人類が作り出したAIが地球上を支配している。予期せぬバグが起こる可能性があると、選別された優秀な人類以外は全て処分され、残された人類も「個性」を奪われた。みんな同じ着ぐるみを着せられている。その着ぐるみは自分で脱ぐことができず、声を発することもできない。そして、もしプログラムされてない行動を取ると、着ぐるみごと圧縮されて処分される。そんな中、何らかのエラーで、一体だけAIの支配を受けていない着ぐるみがいた。彼は監視用AIに探知されないよう細心の注意を払いながら、ある計画を立てていた。…続きを読む
サッカーのスルーパスってさ、味方から来たパスをノータッチでスルーして、違う味方に繋ぐパスだと思ってる人がいるけど、実際は相手DFの裏の誰もいないスペースに、走り込んでくる味方FWと息を合わせて出すパスのことを言うの。意外と勘違いしてる人が多いわよね。「確信犯」とか「失笑」も日本語の意味を勘違いしてる人が多いわ。つまり、何が言いたいかって言うと、今日はたまたま暇で、一人よりはマシかと思って誘ってあげただけだし、はぐれて迷子になられても困るから手を繋いであげてるだけだし、別に好きとかじゃないんだから。勘違いしないでよねってこと。…続きを読む