海のほかには何もない街に生まれた。幼い頃から、キラキラした都会に憧れた。この街で生まれた若者たちの多くがそうであるように、私も都会へ就職することが決まった。夢や希望をパンパンに詰め込んだキャリーバッグは、今にもはち切れそうだ。キャリーバッグを引いて、駅へ向かうトンネルに入る。トンネルの中に、キャスターが転がる音がこだまする。今日、電車に乗ってしまえば、しばらくは帰って来れないだろう。不安を振り切るように、顔を上げて歩いていく。「お姉ちゃん」後方から、声が聞こえた。足を止めて振り向く。切り取られたような青空と、3つの影が見えた。トンネルの向こう側に、私の母、弟、妹がいた…続きを読む
ミドリには付き合って3年になる彼氏が居た。彼氏の大森は、ミドリより5歳年上で、33歳の会社員だった。大森の勤め先は激務で、平日は朝早くから夜遅くまで仕事をしていた。そんな忙しい中でも、大森は金曜の夜には必ずミドリのアパートまで会いに来てくれた。仕事で疲れているにもかかわらず、「平日は忙しいから、せめて週末はなるべく長く一緒にいたい」とアパートに来てくれる大森の気持ちが、ミドリはとても嬉しかった。二人の交際はとても順調で、結婚や同棲の計画も持ち上がっていた。ミドリはとても幸せだったが、ひとつだけ、気掛かりなことがあった。大森が、自分の家にミドリを頑なに入れたがらないことである。ミド…続きを読む
そのカフェは少し変わっていた。『深海カフェ』という名前のそのカフェは、文字通り海の底に位置していた。スキューバダイビング中に亀を追いかけていった先に、その店はあった。「いらっしゃいませ〜。一名様、VIP席にご案内〜」入店すると、煌びやかな衣装を纏ったお姉ちゃんが席に案内してくれる。ふかふかのソファ席に座り、辺りを見回す。派手な照明に、神殿のようなインテリア、フロアの中央にはステージまである。カフェというよりは、ショーパブのようだ。店員から渡されたタオルで身体を拭きながらメニューを見ていると、一際ゴージャスな衣装を纏ったお姉ちゃんがウエイターを伴って席までやってきた。「お…続きを読む
ラベンダーの香りには、精神をリラックスさせる効果があるらしい。と言ったら、ひろみは「そういう事じゃないんだけどなぁ」と困ったように笑った。ユウキの隣に居るとなんだか落ち着く、なんてひろみが言うものだから、それは周りに咲いているラベンダーの効果ではないか?と推測した結果なのだが、この回答はひろみには不満だったようだ。「じゃあどういう事だよ?」「知らなーい」ひろみはぷいっと横を向いてしまった。ちょっとラベンダーの丘に寄り道していこうよ、なんて誘ってきたのはひろみのほうなのに、何故か彼女は不機嫌そうに見える。「はっきり言ってくれなきゃわかんないよ」と言ったら、…続きを読む
"良い小説のネタを持っているんだけど、貴方このネタで小説を書いてくれない?自分では書けそうになくて……"俺の目の前に突然現れたのは、人気アイドルの千倉花乃だった。花乃が何故俺の部屋にいるのか、寝ぼけた頭で考えてみたが、さっぱりわからない。「あの、俺は確かに小説を書きますけど、小説サイトに投稿しているだけの素人ですよ?プロの作家とか、もっと別な人に頼んだほうが良くないですか?」"だって、私のことが見える人、貴方しかいないんだもん"俺の顔を覗き込んでいる花乃は、不満気に頬を膨らませる。やっぱり、憑かれてたか。俺は昔から、人よりもかなり霊感が強い。こうして霊を連れ帰ってしまう…続きを読む
窓ガラスに貼り付いたもみじを見て、初めて秋の訪れを知った。夏の始めに彼女が急死してから、葬儀だの各種手続きだのと目まぐるしい日々を過ごしていたが、四十九日を過ぎてからは日がな一日引きこもっていることが多くなっていた。私が引きこもっている間に、季節はすっかり秋になってしまったようだ。彼女がプランターで育てていた夏の草花達はすっかり枯れてしまったし、遠くに見える山々は赤や黄色に染まっていた。窓に貼り付いたもみじを剥がし、何となくスマホケースに挟んでみたところで、ふと彼女との約束を思い出した。もみじを窓に貼り付けたと思われる秋の嵐は昨晩のうちに収まったらしく、空模様は快晴とまではいかないま…続きを読む
Q. もし貴方が戦国時代に迷い込んだとしたら、どの戦国武将に会いたいですか?下記の選択肢からお選びください。1 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康2 片倉重長、宇喜多秀家、木村重成3 織田信長×森蘭丸、武田信玄×高坂昌信4 結城晴朝、内ヶ島氏理***A.1 ミーハー歴女戦国時代に行ったなら、とりあえず三英傑はは外せない!誰しもが思いつく武将を選んだ貴方はズバリ、ミーハー歴女です!歴女度:★2 面食い歴女イケメン設定持ちばかりを的確に選んだ貴方、さては相当な面食いですね?一般知名度の低い武将を選ぶあたり、歴女度はかなり高めです。歴女度:★★★3 腐女子…続きを読む
今日はデートに誘ってくださってありがとうございます。このお店、素敵ですね。古民家カフェっていうんですか?私、こういうお店今まで行ったことがなくて、ずっと憧れていたんです。普段はどんなところに行くのか、ですか。うーん、休日は大抵母と二人でデパートに行ったりしますね。え、友達ですか?友達と遊ぶことはほとんどありません。我が家はずっと門限が夕方五時だったので、学校が終わったら習い事に行く日以外はまっすぐ家に帰っていました。でないと母に叱られるので……あ、門限夕方五時というのは、もちろん学生の頃の話ですよ?今はもう19歳ですから、夜の七時まで大丈夫です。えっと、注文、ですよね。うーん……すみません…続きを読む
ああイライラする。今日もいつも通りに余裕を持って家を出たというのに。先頭が見えないくらい長く続く車の列。しっかり渋滞にハマってしまった。そういえば、世間では今日から大型連休だっけ。私の会社は普通に出勤なので、すっかり忘れていた。カーラジオは、切った。連休だからって行楽地の話ばっかりでイライラするから。ああ、信号が青になったというのに、ちっとも列が動きやしない。10キロ先にあるバイパスの入り口までは、ずっとこんな感じなのだろう。このままでは会社に間に合わなくなるかもしれない。かくなる上は、、、迂回するしかない。ウィンカーを点し、ハンドルを左に切った。この道の先に、小さな…続きを読む
新着メッセージはありません。千晴はほんの五分前に見たばかりのスマホをまた確認した。先程からスマホを片手にずっと玄関先をうろうろしている。寮生活をしている息子の翔真が、年末年始の休みを実家で過ごす為に、もうすぐ帰って来る。待ち遠しく思う反面、千晴はほんのすこしだけ気まずさを覚える。というのも、翔真は千晴の実の息子ではない。翔真は夫の正人の連れ子で、千晴と正人は翔真が小学六年生の時に結婚した。結婚当初は、家族三人、うまくいっていた。翔真は千晴によく懐いていたし、そんな翔真を千晴はとても可愛がっていた。家族の関係に変化が生じたのは、祐也が生まれたあたりからだ。翔真は異母弟にあた…続きを読む