そう、あれはもう、随分遠い昔のことです。 あなたと出会ったのは、満開の桜が咲き乱れる、今日と同じように暖かな春の日のことでした。 私はあの日、私がその後の人生を、まさかこんなにも幸せに生きられることになるなんて、想像すらもしていませんでした。 あの日、あなたが私を見つけて、そっと微笑み掛けてくれたから、今の私がここにいるのです。 「あの…えっと、桜が、桜が綺麗ですね」 あなたの穏やかで清々しい笑顔に心臓を射抜かれた私は、もう何を言っているのか、自分でもわからないくらいに動揺してしまって、今思い返しても、本当に情けないくらいに面白味も何もないことを口走ってしまったと思います…続きを読む
「すみません!どいてください!」 人混みを掻き分けながら、駅の改札を抜けホームへの階段を駆け上がる。気持ちばかりが焦って足が空回る。はぁはぁと息が上がる。普段運動をしてない自分をこんな時に呪う。けれど、止まるわけにはいかない。例え転んだってそれで怪我をしたって、私は今、この足を止めるわけにはいかないんだ。 プルルルルルル… 新幹線の発車のベルが鳴る。待って、待って!!!私はまだ伝えてない。だからあともう少しだけ。もう少しだけここから出て行かないで。お願い。 「陸!!!!」 ホームに上がった瞬間、小さなボストンバッグを持ち、ギターケースを肩に掛けて立っているあいつの…続きを読む
渋谷のスクランブル交差点は、今日も人で溢れかえっている。どうしてこうもみんな、相手の顔も見ずに、なんならスマホに目を落としながらでも、誰ともぶつからずにすれ違うことができるのだろう。 これは田舎から東京に出てきた、遠いあの頃からの疑問だ。もうかれこれ20年は経っているというのに、今でもまだ、俺は人混みに慣れることができずにいる。 「おい、芦沢!お前芦沢だろ?」 不意にどこかから名前を呼ぶ声が聞こえたが、俺は気付かないフリをして、足早に立ち去ろうとした。 「おい!無視すんなよお前!」 その声と同時に右肩を鷲掴みにされた俺は、咄嗟に左手でその手首を捻り上げた。 「い…続きを読む
僕の家の庭にはハナミズキの木が植えられている。僕が生まれた年にお父さんとお母さんが、記念に植樹したらしい。 毎年、僕の誕生日には、ハナミズキの木の隣に立って、写真を撮るのが決まりになっている。 植えられて今年で15年。僕も15歳になった。この春中学を卒業する。僕の成長と共にハナミズキの木も立派に育った。 今年もまた、ハナミズキの隣に立つ誕生日。 お父さんが写真を撮ってくれる。花はまだ咲いていないけど、後1、2ヶ月もすれば立派に咲き始めるだろう。 僕はふと思った。まだ花も咲いていないこの時期に写真を撮らなくてもいいのではないのか。咲いてから撮れば、より素敵な写真を残せるのに、と。…続きを読む
背後から春一番の風が吹く 君はその風の強さに驚いて振り返る そこには歩いて来た道が見えた 髪の毛を抑えながら遠い目をする君 一歩ずつ一歩ずつゆっくりと 足元をよく確認しながら でも時には躓きながら やっとここまで来れた それでもまだ この先にはもっと長い道のりが続く 前を向き直した君は また少しずつその歩みを進めて行く もうすぐ桜が咲くよ 春は君のために寄り添う 今、大きな門出に立つ君へ …続きを読む
「お前は自分の好きな道を行けばいい。親のことなんて考えるな。今はまだ自分のことだけで悩め。悩んで迷って彷徨いながら行き着いた先で、たまにふっと父さんのことを思い出してくれればそれでいい」 親父の酒屋を継ぎたいと言った、あの夜は俺が22歳になった日だった。 俺には歌手になりたいという夢があった。高校生の時から仲間とバンドを組み、文化祭や路上ライブで歌ってきた。 子供の頃からずっと歌うことが大好きだった。いつも両親の前でリサイタルを開くと、「上手い上手い、お前は将来スターになるぞ間違いない!」と言ってくれる親父の言葉が嬉しかった。そう言ってくれるから、余計歌いたいと思った。親父の喜…続きを読む
〇RAYARD MIYASHITA PARK・施設内 自由と活気のあふれる、渋谷の商業施設。多くの若者たちが買い物を楽しんでいる。 あなたは立ち止まり、ぼんやりと白いパネルを眺めている。 後ろから男が声を掛けてくる。 男 「待たせたな」 男、買い物袋を提げている。 あなた「何、買ったの?」 男 「お前が白の天使になれる薬」 あなた「嘘よ、そんなものあるわけない」 男 「……」 男、袋から透明な液体の入った小さなガラスの小瓶を取り出す。 あなた、食い入るようにその小瓶を見つめる。 あなた「私にそれを飲んでほしいの?」 男 「お前が望むな…続きを読む
「早川さん、彼氏いるんだね」 バイト先で、殆ど話したこともない2個上の先輩に、突然こんなことを言われた私は、驚いて目をくるくるとさせたまま、先輩の顔をじっと見つめた。 「え?何ですかいきなり」 「見たよ、こないだ」 「何をですか?」 「確か早川さん一人暮らしって店長に聞いたけど」 「…そうですけど?」 「仕事帰りに早川さんのアパートの前通りかかったんだよね。そしたら、男物の下着が干してあったから」 「ああ、それは女の一人暮らしのお決まりのルールですよ」 「変質者に狙われないためとか?」 「はい、そんなとこです」 「なるほどね。じゃあ同棲してるわけじゃないんだ?」…続きを読む
〇RAYARD MIYASHITA PARK・施設内 自由と活気のあふれる、渋谷の商業施設。多くの若者たちが買い物を楽しんでいる。 あなたは立ち止まり、ぼんやりと白いパネルを眺めている。 後ろから男が声を掛けてくる。 男 「懐かしいもの売ってたぞ」 男、買い物袋を提げている。 あなた「何、買ったの?」 男 「俺たちがガキの頃よく遊んだもの」 あなた「ゲームかな?」 男 「……」 男、袋からシャボン玉を取り出す。 あなた、ははは!と弾けたように笑う。 あなた「どっちが遠くまで飛ばせるか競争したよね」 男「ああ、時々喉の奥に液が垂れてきてさ、…続きを読む
〇RAYARD MIYASHITA PARK・施設内 自由と活気のあふれる、渋谷の商業施設。多くの若者たちが買い物を楽しんでいる。 あなたは立ち止まり、ぼんやりと白いパネルを眺めている。 後ろから男が声を掛けてくる。 男 「凄い物売ってたぜ」 男、買い物袋を提げている。 あなた「何、買ったの?」 男 「お前が望んでる物だ」 あなた「本当に?信じられないな」 男 「……」 男、袋から拳銃を取り出す。 あなた、それを黙って見つめる。 あなた「それ本物?」 男 「ああ、もちろん。試すか?」 あなた「いいね。」 男、微笑む。 屋上に出…続きを読む