風がいつもより重たいと感じるのは湿気を孕んでいる時、見上げると空が今にも泣き出しそう、赤ん坊が泣き出す時はいつだって母や父に何かを伝えたいけれど伝わらないから泣く。でも母や父にはなぜ小さな子が泣いているのかわからないで戸惑うばかり。それでもあきらめない。なんで泣いているのか、お腹が減っているのか、気持ちが悪いのか知ろうとする。赤ん坊も必死につたえようとする。自分がなぜ泣きたい気持ちになっているのかを、空は地球の泣きたい気持ちなのだろうか、それとも宇宙が泣きたい気持ちなのだろうか、どちらにせよ君が今にも泣き出しそうな気持ちになっているのには変わりはない。私には、友達がいるかも…続きを読む
この道を歩くのは久しぶりだな。涼介は思った。昔よく恋人の陽子と歩いた道、銀杏並木が都会を南北に突き抜ける大きな道路の両端に続いていた。橋の多い街だ。流れているのかいないのかわからない淀んだ沼のような川がネオンの光を反射させていた。避けていたわけではないが、涼介にはこれといった用事がある街ではなかった。涼介は同僚との飲み会が終わり地下鉄の駅に向かっていた途中だった。帰ろう。駅の方を向くと、陽子が歩いてくるのが見えた。遠くからでも見間違うはずのないシルエット。そうだ、ここは陽子が住む街だった。陽子は誰か知らない男と歩いていた。新しい彼氏だろうか。涼介は焦った。俯いて…続きを読む
「3階の職員から陽性者が2人出た。寺島君は確か介護福祉士の資格持ってたよね?」と施設長代理から言われた。「はい、一応」昔の話だ。僕は社会福祉士になりソーシャルワーカーの仕事をしていて、ひょんなことから前の仕事をやめて、先週新しい今の職場に相談員として入職したところだった。「ブランクが5年くらい・・・」最後まで言わせてもらえないまま僕は3階へと連れて行かれた。「助っ人を連れて来たぞ、新しい相談員の寺島君だが介護経験はかなり豊富だ!」そんな、ハードル上げないでください。スタッフの顔も名前も、生活する高齢者も何もわからないまま僕は働きなんとか三日が過ぎた。3階スタッフ及び生活…続きを読む
吾輩はモブである。名前は当然ない。役柄もない。セリフもない。主人公の友達のまた友達Aですらない。エンドロールに名前が載ることもない。しかし我々は2次元、3次元を移動することができる。さらには多元宇宙やパラレルワールドを行き来することも可能だし、さらには異世界や時代を遡る方も未来に現れる事もある時間旅行が可能な知的生命体なのだ。我々がそう言う事ができるのは、歴史に干渉しない。セリフを喋らない、物語に干渉しない。一番重要なのはあるのかいないのかわからない、存在自体が不確かなものであるがゆえ、どこの時代にもどこの世界にも現れていると言う事だ。アニメや漫画などの世界では認識される事…続きを読む
「大橋さん転校するんだって」僕はいつもコソコソと大橋さんのことをみていた。大橋さんのことばかりいつも考えていた。隣に座った時は張り裂けそうなくらい心臓が脈打った。世の中はなんて残酷なんだろう。もう会えないと言うことは、大橋さんは僕の世界に存在しないと言うことだ。もう僕の物語には登場しないと言うことだ。僕は永遠にヒロインのいない物語をいきていくのだ。せめて、大橋さんの連絡先が知りたい。「母さん、スマホが欲しい」「中学生になってからね」「お願いだよ今じゃないとダメなんだよ」「どうしたの急に、お兄ちゃんだって中学生までがまんしたんだから」何もできないままお別れの時…続きを読む
その喫茶店は雑居ビルが立ち並ぶ街の雑居ビルの中の3階にある隠れ家のような店だった。いかにもマニアが好きそうな店だ。オレはコーヒーの味なんてわからないが、いつもの席に座り、いつもと同じ美味いのか不味いのかよくわからないホットコーヒーを注文する。今日はバレンタインデーか、誰が考えたんだろう。オレは昔からバレンタインデーが大嫌いだった。もちろん生まれてこの方本命チョコなんてもらったことは無い。母がくれる愛情たっぷりのチョコレートは逆に虚しくもあった。社会人になってからは義理チョコなんてものを貰うようになった。これはもっと憂鬱だ。普段は食べないような高級そうなチョコレートや手作りの…続きを読む
じりりりと目覚まし時計が鳴る。昔は母ちゃんが怒鳴っても布団をひっくり返しても起きなかったオレだが、いつ頃から目覚まし時計で起きれるようになった。変わらないのは母ちゃんが作る朝ご飯をの匂いだ。小学校の頃から中学生になった今も変わらないみそ汁と卵焼きの匂い。向かいの家に住んでいたのは早希と言うオレと同じ歳の女の子、名前のわりにずっと動きの遅い女子だった。幼稚園に行くにしても、小学校にしても、オレたちの家の前にある絶望的な心臓破りの坂道を上るしかなかった。誰がこんな谷底に家を建てて、なんでオレはそんなところに住んでいるんだろう。オレはいつも早希の手を引っ張ったり後ろから押したりして、…続きを読む
母親が入院することになったと父から連絡が来たのは夜の20時だった。簡単な手術を受けるだけだけれど、数年前から蔓延し始めたウィルスのために入院すれば面会はできないらしい。「入院前に会ってやってくれよ」と父は言った。いつでも帰ることはできたのに、なんだかんだ言い訳をして帰らなかった地元、僕が捨てた町。僕がいてもいなくても何も変わらない町、まぁ、今住んでいる町も僕がいてもいなくても何も変わらないけれど1つ違うのは、誰も僕のことを知らないこと。僕は大学まで出たのに就職ができなかった。就職氷河期といわれて、今ではロスジェネなんて言われたりする。失われた世代。余計なお世話だ…続きを読む
皆既日食の日が来た。オレは二回目だ。天界では宴が始まる。下界の人間を真っ暗にしておいて、熱心な奴らは観察までしてやがる。実際は天界の奴らの宴、だから今地上に八百万の神は一人もいないってわけさ。とにかく天界の奴らは時間の感覚がおかしい、おかしいってもんじゃない、たった何分間の皆既日食が1年くらいの大イベントだ。まあその分地獄に落とされたオレも恩赦で休めるわけだが。さて何しよう。賽の河原にでも行ってみるか。オレは悪人だが、子どもは好きなんだ。今日は鬼も休んでいるだろう。オレは子どもたちと意思(石)を積んで遊んでいた。オレに子どもがいたら、人生が変わっていて地獄にな…続きを読む
僕はUFOとUMAが好きだ。ただし、この手の話題で盛り上がったことはない。「これは典型的なアダムスキー型だね!」「え?なにが?」といった具合で、アダムスキー型すら一般的な単語ではないからだ。車で例えるなら、HONDAとかTOYOTAとかNISSANのようなものなのだが。心霊体験も、一応聞いてはくれるが、それほど盛り上がらない。金縛りには3回ほど会った事があるが、大体は異性が横やら枕元やらお腹の上に立っている。女性なら男性の霊が、男性なら女性の霊が出るらしい。「へぇ~、そうなんだ」てな具合だ。僕の実家に駅から帰り道に、大きな霊園がある。回り道をすると遠いが、霊園を直進…続きを読む