[私の息子は借用許可申請もなされぬまま何者かに借りられていきました]貼り紙には悲痛な肉筆でそのように記されていた。ただ、普通なら手がかりになるような情報や写真を添付したりするものであるが、一切なくただその文字だけが睨みつけるように私をジッと見ているのでした。道ゆく人々の中には時折、貼り紙を横目にチラリと微視しながら通り過ぎていく。たまに若者がまじまじと見ているかと思えば、SNS用にアップする写真を撮影し、馬鹿阿呆的文面を一緒にいた他のメンツにチラつかせては高笑いし去っていく。ここは、O県U市のI町である。県庁所在地でありながらそのI町には、借り物文化が色濃く残留しているのである。借り…続きを読む
〇RAYARD MIYASHITA PARK・施設内 自由と活気のあふれる、渋谷の商業施設。多くの若者たちが買い物を楽しんでいる。 あなたは立ち止まり、ぼんやりと白いパネルを眺めている。 後ろから男が声を掛けてくる。 男 「 上手くいったよ 」 男、買い物袋を提げている。 あなた「 何、買ったの? 」 男 「 リプロダクション遺伝子だよ 」 あなた「 本当に行かなくていいの? 」 男 「 …… 」 男、袋から2枚のチケットを取り出す。 あなた、する。 あなた「 君はSR/TOKYOになぜ残る?もはや映像投影技術を駆使しただけの偽りの地に何…続きを読む
港のボラードにはいつものように、学校鞄に縋り付くように腰を丸めて覆い被さり座る少年がいる。2月の寒空の下、マフラーも、手袋もしていない。だが、彼は寒さを感じない。感覚が麻痺しているからだ。 その感覚を麻痺させた原因は、執拗な虐げである。学校では、水をかけられ、制服はいつも濡れている。同じクラスではあるが、止めることが出来ない。私にそんな勇気はない。彼に話しかけることができるのは、港での時間だけである。「緯土、大丈夫?」決まって私はこう言い、しゃがんで顔色を窺おうとする。制服の裾をサラッと掌で拭うと、微かに濡れている。これは今降っている雪が解け滲んだ痕跡も混じっているが、中まで…続きを読む
東京メトロ有楽町線護国寺駅、ここは東京の代表的な都市伝説、「連夜祭」への玄関口とされている。子供からお年寄りまで、多くの世代がその名を知っている。また、中学校から高校までの歴史の教科書にも載っているため、都民に限らず知名度が高い。記述によると、明治37年(1904年)の電車登場時に生まれたものとされているのだが、信憑性は定かではないため、本当に明治からなのか、そもそも電車がない時代からあるのではないかなど憶測が日々飛び交っている。そんな連夜祭への行き方、ルールとしては次の通りである。・午後9時前には最寄駅には着いていないといけない。(都内の駅ならどこでも可)・10秒前になったら、つ…続きを読む
坊主は暗がりにただ佇むその怪一つ望むのは数百年前に沈めた蒸気船の煙突の代わり煙管として使っていた私が煙管を始めたきっかけというのは一人の娘の存在があったからなんだ娘はいわゆる虚舟で私のいる海域まで辿り着いたなんと不運なこと恐れただろうただ私もあの若さで彷徨う娘に驚愕したものだよ腰が痛い、腹が減った、暇だ などと化物だと罵られることもなく「おい、お前」 と長い付き合いの友のように接してくれたんだ私も沖流しの身一人この海域に佇む怪奇誰も来ないが静かで、一年中薄暗くてもってこいの環境だってそう割り…続きを読む
2002年11月10日、父が町の観光地で変わり果てた姿で発見された。死因は腹部を数箇所刺されたことによる出血死であった。当時私は10歳、母が40歳のときの悲劇である。犯人は同町に住む大学生、久保和久(当時21歳)であった。動機は一緒に死ぬ人を探していたところ、前に人がいて、誰でも良かったからその人を殺して自分も死のうとしたが急に死が怖くなり、遺体をあの場所に移動して逃げたといった経緯であった。とても理不尽な動機であり、私も母も怒りで震えていた。葬式会場には父の小学校から大学までの同級生や会社の方でごった返していた。父が愛されていたことが改めて分かった。父の性格上、人を怒ることはできない…続きを読む
ここにいる。四方を白壁に包まれ、中心部には縦長の展示台が一つ。その台には焦茶の液体が溢れている。上を見上げると、中層に氷が、天井からは無色透明の液体が氷を這い、焦茶液に落ちる。ただその焦茶は透明を弾き、口へと向かってくる。その弾かれた液体を服したとき、体の痺れとともに目覚める。そして、あの人が変わらぬ眼で見つめている。…続きを読む
どこかの私立学校で2人の学生が飛び降りたようだ。スマホが僕に通知してきた。お前もそうなるなよと忠告しているようで殴りたかった。中学に入ってすぐに友達作りに失敗し、周りからは暗いと馬鹿にされ、クラスで起こった悪はすべて僕のせいにされた。そんなある日、僕は外に出なくなった。人と直接会話をするのですら怖くなり、家族とも1年ほど直接ではなく部屋のドア越しでコミュニケーションを図っている。そんな微妙な距離が今の僕には合っている。この部屋の窓からは向かいの家の窓が見える。その窓からは、幼なじみの莎羅が学校に行く前に手を振ってくれる。あちらは明るくてこちらは暗い。その明るい現を譲ってほしいくらいだ。た…続きを読む
屋上に出て少し歩くとミッションスクールらしく大きい十字架が立っている。その十字架の横で足を放り投げて座って明日も無事に生活を終えて塗り固められた笑顔で家に帰ることができるだろうかと耽る。春か夏か分からない生ぬるい風に吹かれながら眺望する景色はどこか暖かく、澄んでいる。4限終了の合図とともに教室を出て今日も屋上へと向かった。水銀のように綺麗に光るドアノブを捻る。曇り空で少し風が強く冷たい。十字架の元に向かうと珍しく僕以外の人型がそこにはいた。イヤホンからは微かにクラシックが聴こえる。後ろ姿ではあるが、高校生らしいおかっぱで制服も完璧に着こなしている。しかし、ローファーだけは脱いでいた。「…続きを読む