「帰る家がないんです」そんな言葉も当然のように信じてしまう、雨の夜だから。終電を逃し、タクシー乗り場で凍えながら待っている。7月末だというのに、こんなにも寒い。天気予報も見ずに半袖で外に出た自分が悪い。昼間の快晴からは想像もつかないほど、冷たく寂しい雨が降り続く。気温のせいだけじゃない。ぬくもりの全てを奪ったのは、むしろあの言葉だ。「つまらないね、あなたは」事前に調べておいた評価の高いバーで、今日一緒に観たナイトショーの感想を、口から溢れ出すままに話した。内容なんて、どうでも良かった。あなたと一緒に観たという事実が、…続きを読む
センパイどうか間違いでいいから魔が差しただけでもいいから私の方を見てセンパイって、1番手っ取り早い恋に落ちるルート。だってそりゃ、カッコイイ訳じゃん。歳がいくつか違うだけなのに、大人っぽくて優しくて。同級生のプロレスしてるガキんちょボーイとは比べ物にならないからね。出会いは校内バンドのLIVE。狭い箱で、同じ高校の人ばかりが寄せ集まって。バンドのボーカルをしていたセンパイは、キラキラ眩しかった。大人しそうな顔立ちとは裏腹に、パッションの塊のような歌声で。散る汗が輝いていた。ああ近づきたいな。声を掛けたくて、でもつながりもなくて…続きを読む
「ほんっと、やばい」表情一つ変えず、言うんだからね、君は。何がどうしてやばいんだろう。でもそれは聞くまでもなく、君が答えてくれる。そして、その答えを僕は知ってる。「今日もなんの意味も見いだせずに、終わった」君が毎日、言う「やばい」は生きている価値を発見できずに終わった証。放課後、窓際の君の席の前で、その言葉を聞くのが日課だ。カーテンが揺れる。髪がたなびき、君の肌にかかる。「やばいなぁ、また明日が来てしまう」髪先を弄びながら、なんでも無いように言う。「やばいね」「やばすぎる」リフレインのように、「やばい」が流れてゆく…続きを読む
東横線が好きだった。代官山中目黒祐天寺自由が丘洗練された中に落ち着きがあって、ちょうどいい背伸び具合で、胸を張って歩けるような。がたんがたたん。がたんがたたん。好きだった、のに。今はひとりで揺られるたび、涙がひとしずく落ちていって。いつも待ち合わせは、中目黒だった。高架下のカフェ。私は学芸大学から各停に揺られ必ず10分前に着いて渋谷から急行で来るあなたを待った。都会的な風に包まれて少しとがった空気を纏ったあなたを、ゆるやかに迎えるのが幸せだった。私の知らない世界をとうとうと語るあなたを、笑顔でうなず…続きを読む