「それは、本当にお前の願いなのか?」 その声は私の真ん前から聞こえた。しかし、今の私の目の前には神社の賽銭箱しかないはずである。私は恐る恐る目を開けた。 手を合わせた私の前に、賽銭箱に腰掛ける小学三年生くらい男の子がいた。「きゃぁ! 賽銭泥棒!」「誰が賽銭泥棒やねん。わしゃ神だ」「そう言い訳したら、余計に怪しいだろ?」「怪しくない。お前は今、『私の寿命を総てあげるから、雄一を助けて』って願っただろ? 間違ってるか?」「私、呟いてたかな?」 とにかく、私が何も言わなくても私の事を分かる事から、彼は神様に違いないと私は勝手に解釈をした。「神様なんだ。じゃあ話は早い。願…続きを読む
その地下室は今では跡形もありません。それは、あの死ぬほど暑い夏を染めて妻と私を出会わせた、あの忌わしい事件のせいでありました。 その年、私は本署において捜査一課に勤務する事になりました。たまたま、この過疎の村に潜伏していた連続殺人犯を突き止めて、逮捕したせいで長年の交番勤務を解かれた結果でした。「あ、東影くんかね。殺人事件が起きた。君の家の近所だ。甲山邸だよ。分かるだろ?」 人遣いの荒い捜査一課長の声は、夏のうだるような暑さと相まって私の心を苛立たせました。今まさに、私は本署に向かおうと自動車のエンジンをかけたところだったのです。私はエンジンを切ると、車を降りました。 東西の四…続きを読む
「トモ……」 ユイはベッドの中で彼氏の名前を呼んだ。誰も返事をしない。ベッドにはユイしかいなかった。 起き上がろうとして、お腹が大きいことを思い出し、手をついて起き上がった。そう、ユイは妊娠8ヶ月目だった。「出て行っちゃったんだよね。あんな喧嘩をしたから」 ローテーブル、ユニットバス、小さなタンス、キッチンだけの狭い部屋に、ユイ一人だった。そして、朝の光が照らしだしたのは豪華なドライフラワーブーケ。 起き出すと、ユイは、そのブーケを掴んで投げ捨てようとした。「こんな物、要らないわ。もっと必要なものがあるの」 そう言いつつ、ユイはブーケを見た。キレイな花は枯れることはない…続きを読む
マクドナルドは今日も混んでいた。カウンターの席に座るとマックシェイクのチョコレートを必死の形相で俺は飲もうとした。「お嬢さん、おひとり?」 少し年上の、うーん二つ上の十八歳位の男子が声をかけてきた。長い髪をかきあげて振り向くと俺は言う。「男、なんですけど」「あ、そうなんだ。ごめんごめん」 男はきまり悪そうに、その場を立ち去る。仕方がない。俺は長髪で、しかも色白。ピアスもしていれば化粧もしているのだから。「オタカ、待った?」「おお。何の用だ。呼び出すなんて」 相変わらず能天気な声をかけてきたのは、同級生の奈緒だ。このスポーツ万能で日焼けした色黒の女とは幼稚園からの…続きを読む
公園の端に、銅像が立っている。蔦が絡まり、もはや誰も見向きもしない、薄汚れた銅像だ。「お爺ちゃん、あれって誰の銅像なの?」 可愛い女の子が、お爺ちゃんに聞く。お爺ちゃんは笑って答えた。「マウラポリの銅像だよ。この蘇の国が三つの国、「蘇」「破」「螺」に分かれていた時の英雄だよ」「へぇ。ユウリ女帝より強いの?ユウリ女帝が統一したのよね」「ユウリ女帝よりは、弱いよ。あんなに強くはないんだ。弱い英雄なんだから」「え?弱い英雄?つまんない」「そうか?一応は英雄なんだけどね」「そうなの?じゃあ、聞かせてよ。その英雄の話」「はいはい」 お爺ちゃんは笑いながら話始めた。「マ…続きを読む
その年の夏は異常に暑かったのです。しかも、流れた汗がブラウスに滲み、肌に張り付いて不快さに拍車をかけるのでした。 「吉野家」の自動ドアが開いて中に入ると効きすぎたエアコンが汗を冷やしました。私は今度は逆に寒さに身震いをすると、エアコンの通風口から最も離れたカウンターに腰掛け、スーツの上着を横に置きました。「並」 抑揚のない言葉で店員に注文すると、店員は愛想を振りまいて、コップに並々とついだ水を私の前に置きました。 本日、朝から言われた仕事は取材でした。私は気が重くなりました。それは初めての取材だったからです。 大学を卒業したばかりの私は三流の出版社に就職し、三ヶ月の研修…続きを読む
席ぬに着いた俺を待ち受けていたのは、女性陣の質問攻めだった。「ゴエモンさんって独身なの?」「歳はいくつ?」「えーと、独身です。歳は……」 俺の個人情報に向けて、矢継ぎ早にくる質問に俺は惚けて答える。 その先には、俺をじっと見つめる咲希の視線があった。笑っている。「ゴエモンさん、おかわりどうかな?」 咲希の言葉に思わず頷く。 咲希は立ち上がった。右手に水割りのグラスを持って俺の横に立った。「ここに置くわね」 咲希は右手でテーブルに水割りのグラスを紙のコースターを添えて置いた。左手が他の誰にも見られないように俺の手を握った。紙切れが渡された。 咲希は俺に微笑…続きを読む
僕の住むアパートに、その手紙が届いたのは夏が終わり、秋を迎えることも無く冬になった日の事だった。「忘れて」 そんな四文字だけの手紙の差出人は奈緒だった。僕は、この半年間ずっと「忘れよう」と苦悩してきた。その相手だ。「分かりきった事を、わざわざ書いて寄越すなんて」 僕は呆れた。奈緒の我儘には付き合いきれない。別れて正解だと思った。 僕は奈緒が好きだった。でも、桜が咲き始めた高校の卒業式の日、告白したのに振られたのだ。僕は彼女の答えに驚いていた。「隆、あなたの事を好きにはなれないの」「どうして……ずっと仲良しだっただろ」「でも、遠く離れてしまうわ」「ああ、僕は遠い大学…続きを読む
嘗て、SFの大家に「小松左京」という作家がいた。 これは、とても有名な話なので知っている方も多いと思う。彼は東京に行く時、必ず「東京へ下る」 と言っていた。大阪、京都へは上るとしていたのだ。今の新幹線の真逆である。 さてさて、彼の小説にも、そんな場面が多々ある。「物体O」なんぞは、その典型だとも思う。後の「首都喪失」に繋がる、この短編は秀逸である。そして、オチも最高。 そんな事を、ふと思った「お題」でした。…続きを読む