朝起きたら、僕の左手の薬指に一本の赤い糸が結ばれていた。 最初は弟の悪戯かと思ったが、そうではないらしい。そもそも僕以外にこの赤い糸は見えないようだ。 どこまでも伸び続ける「それ」は不思議なことに常に心電図の様に動き続けている。激しく波打ったり、緩やかに揺蕩ったり。そんな動きをしているにも関わらず見える範囲で糸が絡まった箇所は1つもない。 僕が空虚を見つめているように見えたのか弟は頬杖をついて分かりやすくため息をついた。「俺、そんなメルヘン脳な訳じゃないけどさ。兄ちゃんが言うそれ、運命の赤い糸ってやつじゃない?」...運命の赤い糸?…続きを読む
あの娘から貰った硝子玉。少しも濁りがなく、太陽に反射してキラキラ輝く硝子玉。あの娘と出会った桜の季節。僕の心は硝子玉の桜色と同じくらい淡い色をしていた。「こんにちは。」振り返った僕の目に写ったのは言葉も出なくなるほど美しく、可憐な娘だった。ありきたりな表現だが、それ以外に適切な言葉が見つからないほどあの娘は美しかった。絹のように白くなめらかな肌に赤毛混じりのとても茶髪は愛らしい。特に被っている大きなベレー帽から覗かせる桜色の目に僕は魅せられた。風に乗せられてゆらゆらと散っていく桜の花びらと重なってあの娘の姿がより幻想的に見えた。あ…続きを読む
黒猫って何かと疎まれてるよね。 魔女の手下だとか、黒猫をまたいだり見たりしたら不吉なことが起こるだとかさ。全部迷信にしか過ぎないのに。一体誰がこんなお話作ったの!って文句を言ってやりたいよ。何故僕がこんなにご立腹なのかというとボク自身が黒猫だからさ!お母さんや兄弟はみーんな真っ白なのに、ボクだけ生まれた時から真っ黒!いじめられて、無視されて。ある時なんか雪を被せられて「お前もこれで白猫だな!」なんてバカにされちゃって。昔そういう童話あったよね?醜いアヒルの子。アヒルなのに灰色でいじめられて、でも本当は白鳥だった話。 ボクも主人公のアヒル(白鳥だ…続きを読む
この国にはある変わったルールがある。死んだ人を話の話題にしてはいけないルールだ。勿論、その人のお葬式もできないし、お経も唱えてはいけない。このルールはお国のえらい人が作ったルールらしい。その例のルールができて以来、お坊さんも霊媒師という職業もこの国からは姿を消した。今となっては「故人」に関する言葉を口にすることはタブーと化し、いわば「故人」は「死語」となったのだ。そして、先週の日曜日僕の妹が交通事故で亡くなった。最初こそ両親は泣いて妹の亡骸から離れずにいたが、翌日にはいつも通りの様子で振る舞っていた。そこまでしてこのルールを皆揃って守ろうとするのかさぞかし疑問に…続きを読む
「海は人間を魅了する。そして貶める。」こんな言葉を聞いたことがある。お父さんの言葉だ。海には人間を魅了する力があってとても危険らしい。水兵だったお父さんは一時も油断せず、海と渡り合っていた。そんなお父さんは気高く、勇敢で、水兵の人気者だった。僕も勿論お父さんが大好きだったし、憧れだった。それも、先日までは。海から帰ってきたお父さんは眠っているように目を閉じていた。まるで心地よい夢を見ているように。火葬された後も埋葬された後も、辺りには海特有の潮の匂いが漂っていた。その香りは皆が流す涙の匂いだったのかもしれない。お父さんの死を哀れんで泣いているように、その日の海は静かに揺…続きを読む
サンタさん!!今、僕の頭にはサンタさんのことしかなかった。僕は今日という日をまだか、まだかと待ちわびていたんだ。今日はクリスマスイブ!あと少しでクリスマス!サンタさんが来る日!サンタさんは真っ赤な衣装を着て、子供達に靴下の中にプレゼントを入れてくれる。いつも子供達を笑顔にして、幸せな気持ちにさせてくれるサンタさん。サンタさんは僕にとって「笑顔と希望の魔法使い」なんだ!でも、プレゼントのことも忘れてないよ!僕はそんなサンタさんもサンタさんがくれるプレゼントも大好きだ。学校から早く帰ってお母さんにお薬を飲ませる。洗濯物を取り込んでリビングに散らばったビールの缶をビニール…続きを読む
こんにちは。本日は突然お呼びだしして誠に申し訳ございません。私は林と申します。え?知ってるって?いいのです。自己紹介は大切ですよ。さて、それでは早速、本題に入らせていただきます。実は今、私にはあなたに聞いてもらいたい話があったのです。...。え?どんな話かって?まあまあ、そう焦らずに。きっと不思議であなたはとても、とても、耳を疑うでしょう。なので、よーく、よーく、耳を澄まして聞いて下さいね。コホン。それでは始めさせていただきます。 これは私がまだ小学生の頃。家には大きな一つの蔵があって、その蔵が私の遊び場でした。ある日、私がいつも通り蔵で遊んでいるとバタバタッと棚から…続きを読む
「好きです。」この一言がどう頑張っても喉から出てこない。ありきたりかもしれないけれどね。私は彼のことが好きで好きでたまらない。隣の隣のクラスの彼。一緒の部活の彼。たまに少しだけ笑う彼の笑顔が好きだ。彼が私を優しく見るあの眼差しが好きだ。緊張して顔も耳も赤くなるのが可愛い。楽器を吹いている姿がかっこいい。彼の声も、仕草も、私を釘付けにする。でも、きっと彼は私を友達、いや、私が彼を嫌っていると思ってるかもしれない。いざ、彼と私の二人きりになると私は緊張して上手く話せなくて、見ることさえできなくなる。そんな彼は、私をどう思っているのだろう。そう思うと心臓がドキドキする…続きを読む
「いえでする。」4歳の頃の私はお母さんと喧嘩した日の夜にそう言って家出をしたことがあるそうだ。幼い頃の私は活発だったのだな、と少しびっくりしたのを覚えている。そして、14歳の私。学校のリュックからくたびれた教科書や破れたノートを取り出してもうリュックには何も入っていないことを確認するとリュックに衣類とお金を詰め始める。家出グッズを入れたリュックは学校の登下校の時に背負うずっしりと重い感じはなく、少しだけ安心する。玄関口でスニーカーを履いて扉を勢いよく開けた。すると、一気に冷たい風が吹き込んできて前髪が真ん中でぱっくり割れてしまった。でも、冷たいけれど初めて感じるような優…続きを読む