だらしない長さのカーテンの隙間から、オレンジの光の筋がわたしの顔を一直線に照らしている。どうやら昨夜、酔いつぶれてソファで眠っていたらしい。寒気を感じて近くに落ちていた隼人のアウターを手に取ったけれど、羽織る気になれず元あった場所にそっと戻した。ほんの一瞬の動作で彼が吸っていた煙草の香りがあたりに漂う。こみ上げてくる彼への愛おしい気持ちを、昨日と今日とでは別の扱い方をしなければならないなんて、そんなこと到底不可能に思えてしまう。色がはげてしまっている木製のローテーブルの上に転がる缶ビールを無理矢理よけて、まだ半分残っているペットボトルの水に手を伸ばす。流し込んだぬるい水は、変な体勢のま…続きを読む
次の交差点を右、と廣田さんの声が助手席から聞こえた。私は身体中の変なところに力が入ってしまっているのを感じながら、ウィンカーを上げて交差点まで進んでいく。徐行を意識して、という彼の穏やかな声に従って、ゆっくりとブレーキを踏み、スピードを落とす。歩行者を確認してハンドルを切ったあと、アクセルを踏むのが遅れてしまうのが私の課題らしい。なるべく急発進にならないようにそっとペダルを踏むと、頭の中を見透かしたかのように、前よりずっとよくなったね、と優しい声がした。ありがとうございます、と話す声がわずかに震える。緊張していることが伝わってしまうんじゃないか、と思うと、身体全身が熱くなった。左…続きを読む
「大人一名ですね、880円になります」カチャリ、と数取器を押す。人数を数えるための器械がそういう名前だと知ったのはこの仕事を始めてからだ。きっと3年くらい前だと思う。もしかしたら、もう少し経つかもしれないし、もっと短いのかもしれないけれど。そのあたりの記憶が曖昧で、人に聞かれても正確にすぐ答えられないあたりが、兄が昨日私に言い放った正職に就けない理由なのだとしたら妙に納得してしまう気もする。 〈連絡船さくら 記念館 2022.3.31 閉館 長らくのご愛顧誠にありがとうございました〉ここ数週間、目に入ってはなんとも思わずにいた文字が、私の中で今日になってはじめて特別なものになっ…続きを読む
「2人で100億円だって」「何の話?」宇宙に行く費用、と付け足した水野は視線をテレビのニュースから離すことなく言葉を続けた。「夢みさしてくれる大人っていいよな」「たしかにそうかも」大晦日の夜。窓の外では水分を多く含んだ重たい雪が降り続けている。私は実家に帰るわけでもなく、1人で過ごすわけでもなく、水野のアパートにいた。「もうすぐ年明けるね」うん、と小さく頷いた彼の横顔を見つめる。頬が赤いのは、さっき2人で飲んだ梅酒が原因だろう。こうして近くで見ると、まつ毛が長いことや瞳の色が茶色いことに気がつくけれど、サークルの皆んなはこのことをきっと知らない。もしかしたら1人…続きを読む
黒いヒールを乱暴に脱ぎ捨てて冷え切った部屋の電気をつける。急いで暖房の電源をつけると、私はソファに吸い込まれるように倒れこんだ。先月くらいから悩まされている偏頭痛は市販の薬じゃ治らないらしく、一向に良くなる気配がない。こめかみのあたりを抑えながら目を閉じる。決まって浮かぶのは自分のことじゃなく、彼のことだった。"田原くんってほんと仕事できないよね""あいつほんといらねえよな""退職すればいいのに"田原さんは、私よりも二つ年上の先輩だ。ひょろ長く弱々しい外見からは想像できないほど自己主張が激しく、そのうえ人の話を聞かない。何を言っても、へえ、はあ、と繰り返す彼のことを、そのうち周囲…続きを読む
2021年 秋――【速報】7日午前6時半頃、○○県××市の中心部に存在する湖から女性の遺体が発見されました。警察が身元を確認したところ、死亡が確認されたのは東京都在住の26歳女性、小鹿野凜(おがの りん)さん。彼女は近年活躍中の地下アイドルグループ「ロマンスミルク」のメンバーでもあり、ももめろこと夢桃めるさんとして活動中でした。警察は、現場に本人以外の形跡が残っていないことや遺体に抵抗の跡が見られないことから、自殺の可能性があるとして捜査を進めています。…続きを読む
「お客様、お亡くなりになられたのですね」紺のスーツに白いラインが入った珍しいスーツをきた男がこちらを覗き込んでいる。黒髪は艶やかだが、目尻にはうっすらと皺が刻まれている。全体をざっと見て40代といったところか。身体を動かそうとすると、全身が鋭く痛んだ。意識がはっきりしてくると、白い箱のような真っ白な空間に自分がいるのだと気がつく。どうやってここにきたのか、なぜここにいるのか、何一つ思い出せない。男はもう一度俺の目をじっと見つめた。「広野愁様、お目覚めでしたらどうぞこちらの椅子にお掛け下さい。今後の流れにつきましてご説明させていただきたいことが御座います」「はあ」「ちなみ…続きを読む
前方から車のクラクションが鳴る。カーナビの時計を見ると、19時38分を指していた。私達が向かっているツリー会場の点灯式は20時からで、この渋滞を見る限り間に合いそうにない。車のラジオからはマライアキャリーのAll I Want For Christmas Is Youが流れているけれど、その明るさがこの空間では妙に浮いている。濡れ雪っぽくなってきた、という啓太の言葉で手元のスマホから目を離して窓の外を見ると、確かに水分を多く含んだ雪が降り始めていた。今日何度目になるかわからない、“最悪”という言葉を胸の中で呟く。「ほんとだ」私の言葉を最後に会話が途切れた車内。曲はいつ…続きを読む
本文をごらんの皆さん、こんにちは!今回、【 Once upon a time プロジェクト ~Disney × THE KISS × monogatary 】を立ち上げました、白沢 依と申します。さっそくですが、みなさんはディズニーお好きですか?……私はというと、とてもとても大好きです!今はコロナでディズニーランドやシーには行きづらい日々が続いていますが、いつかまたこの目で、この足で、パークを堪能したいなという気持ちでいっぱいです。ディズニーが好きだよ、うんうん、と画面の前でうなずいてくださる方もきっと同じですね(*^ ^*)さて、今回この企画を立案したのには少しばかりの背景が…続きを読む