「前から早希のことは嫌いだった」「奇遇ですね、私も康介さんのことは嫌いでした」 早希と付き合い始めて3ヶ月。 俗に言う魔の時期に物の見事に突入してしまった僕達は、最悪としか言いようがないまでの関係性に突入してしまっていた。『好きです。僕の彼女になって下さい』 高嶺どころか月に咲く花と名高い彼女の凛とした、しかし等身大な振る舞いに惚れた僕は周囲の反対を押し切って猛アピールをした。 当然ながら最初は相手にもされなかったが、時間が経つにつれ氷は溶け始め、一世一代の告白によって晴れて恋仲に。 まあ、つまるところ職場内恋愛なのだが、同僚の天変地異でも起こったかのような表情は今でもよ…続きを読む
「もういい、みなまで言うな」「まだ何も言ってねえよ」 彼はそう言って肩をすくめたが、そんな態度すら僕を囃し立てているようにしか見えず、思わずジロリと睨みつけた。 そもそも、一体誰が節目の行事には想いを伝えよなどというルールを定めたのだろうか、迷惑も甚だしいというものである。 例え人生最後の卒業式であったとしても、所詮は通過点でしかないし、何より就職をしたら二度と会えないという話でもない、数ヶ月、数年に一度集まって近況報告をするなら寂しいも糞もない筈なのだ。 それだというのに、いつも何かとかこつけて、人は花を咲かせようとする。「……最後に一応聞くが、山田さんに何も伝えなくてい…続きを読む
『暫く実家に帰らせて頂きます』 ママがそうおき手紙を残してから数日。 かぞくが帰れる場所があるようにと買ったおうちには、わたしとパパだけになっていました。 まだローンというのが35年もあるらしいのに。「くそっ、夕子の奴……」 そしてパパは朝からずっと椅子に座ってうんうんと頭を悩ませ中。 たしかずかんでみた『考える人』ってあんな感じだったきがする。 とはいえ。「パパ、だいじょうぶ?」「朝姫(あさひ)……大丈夫だよ、お前は何も心配しなくていいからな」「……うん」「そうだ、もうすぐ朝食だったな。よーし、今日もパパが腕によりをかけて作るからちょっと待っててな」「げ」…続きを読む
「これでもう――最後か」 そう小さく呟いた時、寂しくも懐かしい感情が蠢いていた。 私が幼少期の頃、地元では毎年花火大会があった。 関西の花火大会と言えば、とは決して言えない小規模なものだが、それでも毎年数千人は訪れ、少なくとも地元住民にとっては夏の一大イベントだった。 しかも私の実家は会場にほど近い場所であり、まさに特等席で毎年花火見物していた。 家族団欒で、普段より豪華な夕食を口にしながら、その至福な一時に『毎日こうだったらいいのに』と子供ながらに思ったことを今でも鮮明に覚えている。「…………」 だが思春期になれば家族と見るのは億劫になり、特等席を捨て人混みの中で友達…続きを読む
「先輩は、何故その言葉をいつも使うんですか」「ん? うーん……怖い、からかな」「怖い?」「そ。だから自分が潰されないよう、重圧に負けない為のおまじない」「先輩でも、怖いことがあるんですね」「なるよ。悪いけど私、そんなに強くないよ?」「そうは見えませんけど」「酷いこと言うなぁ」「ですが」「?」「そんなおまじないなど忘れる程の人に、俺がなりますから」「……それは、期待してもいいのかな」「勿論です。なので、楽しみにしていて下さい」「分かった。楽しみにしてるね、ずっと」…続きを読む