初めまして。
ベレーをかぶった不思議ないきもの『みずまんじゅう』を引き連れて、あちこち旅する物書きです。
思いついた時に、思いついたように書きます。
例えば10年前に決着がつかなかったシナリオをまとめなおすとか。
例えば10年後にあの時完結できて良かったと振り返れるように物語を書くとか。
いろいろやっているようです。
別所でも活動していますので、見かけた時はよろしくお願い致します。
【作品全体について】
ひとつひとつ時間のある時に作っています。
ただ、多忙であるため、もしかしたら完結しないかもしれません。
どうか温かく見守ってください。
【雨上がりには銅の月について】
この作品は、私にとってちょっと特別です。
読んでくださったら、とっても嬉しいです。
遥か上にある空は暗く、今、どんな色をしているか分からなかった。 ひづめあとの底。『ドラゴン』の墓に落ちて一ヶ月。俺の躯体は、谷底の小さな家にあった。岩盤をくり抜いたと思しきそこには、ささやかな明かりと、申し訳程度の家具があり、スミレの花が咲いている。 今、ここには俺と、ニエルルと、ロステル、この谷底の住人と思われるフィアルカがいる。たったそれだけだ。 ミッドも、クローディアも、クラクも。アマナや、グリンツ氏もいない。もちろん、工業都市を飛び出していったクーネルとシーニャの行方も知れない。イゲン氏が無事かどうかさえ、今の俺には知る術がない。ニューロマンサーそっくりに作られた、ビショップの…続きを読む
具体的な罪はおかしたことがないけれど、暴かれることはおそろしい。 ぼくは昨日あたり、スマホを使って、そう記した。 じゃあ、なぜということをもう一歩踏み込むと「罪に思われること」がないとは限らないからなんだ。 法律はそうではない。でも、人の気持ちからすれば罪なんて、今はどこにだって溢れている。 運動できること。できないこと。 勉強できること。できないこと。 恋が不可能なこと。特定の性別であること。 薬を飲んでいること。久々に三食の食事を摂ったこと。 運動音痴はがんばれば直るよ。 頭が悪くてもなんとかなるよ。 恋をしたことないなんてかわいそう。 病んだ人間が、飢えた人…続きを読む
普通であること。これがいかに大変なことかを、この頃は痛感している。毎日のように人は悲しみ、苦しんでいる。ぼくも、その一人だ。だけれども、何かができるかもしれないと、物語を発信したり、合成音声で誰かに語りかけたりしている。ぼくは、ぼくのことを知られたくない。何か罪をおかしたわけではないけれど、ただただ、ぼくが知られるという行為がおそろしく気持ちが悪くて、怖い。知られて、叩かれたり、蹴られたり、燃やされたりするのをよく見るからかもしれない。ぼくもああなってしまうという絶望が、ぼくの内側にこびりついているからかもしれない。ぼくが、何一つ異常がないはずなのに、よそのものだという確信があ…続きを読む
長谷田さんはぼくと同じ教室の子だ。ぼくの隣の席にいて、いつもきらきらの目元が目に映る。だけど、ぼくらは互いに自分の顔の下半分を知らない。 コロナ禍になってからというもの、ぼくらは外へ出る時、マスクを必ず付けなければならなくなった。付けなくても生きていけるよというほどには、ぼくらは大胆ではないから。 だから、ぼくは長谷田さんの顔の下半分を、たまに想像する。おしゃれした目元の通り、すっきりとした輪郭なのだろうか。意外とふっくらしていたらどうしよう。でも、そうしたらきっと、彼女は綺麗ではなく、可愛いも兼ね備えて最強なんじゃないだろうか。 先生に外見のことをとやかく叱られて、面倒くさそうにして…続きを読む
〇RAYARD MIYASHITA PARK・施設内自由と活気のあふれる、渋谷の商業施設。多くの若者たちが買い物を楽しんでいる。あなたは立ち止まり、ぼんやりと白いパネルを眺めている。後ろから男が声を掛けてくる。男 「やあ、お待たせ! 買いそろえるのに随分かかっちゃったよ!」男、買い物袋を提げている。あなた「何、買ったの?」男 「いいでしょ? さみしんぼのたね!」あなた「それをばらまいたって、世界が平和になるわけでもないのにさ」男 「……」男、袋から小さな青い袋を取り出す。あなた、渋々受け取って、その中身の小さな粒を天に放り投げる。あなた「人がもっと孤独…続きを読む
その映画を見たいと言い出したのは、他ならぬ彼女だった。なんでも、昔は1.5時間でしか上映できなかったものが、今になってディレクターズカット版として打ち出されたものらしい。 ぼくらは席に腰掛けて、上映時間までの時間を潰す。繰り返される退屈な映画のコマーシャルに欠伸を噛みつぶして、ぼくは彼女に視線だけを向ける。「戦記ものなんて見るんだ」「ファンタジーだからとっつきやすいよ」 映画の内容はファンタジーものだ。世界を巡る旅の最中、主人公は出会いと別れを繰り返し、戦争にも巻き込まれる。正直、ファンタジーなんてこの世に存在しないもの、ぼくはどうでもいいし、彼女が喜ぶならそれでいいと思っていた…続きを読む
曇り空の下、乗合馬車が街道を駆け抜けている。俺はいよいよ荒れ地の向こうに見えてきた工業都市の輪郭を、ただ何も言わずに眺めている。 ぱっと見た限りは、彩度の低い石造りの都といった風であるのだが、ミッドに言わせればあれは偽装なのだという。「工業都市は少々特殊な街です。ハイテクノロジーを所有しながらも、ファンタジーの形を為すことを意識しています」 ミッドも窓から石造りに見える都を見て、眉を寄せる。彼にとって、このエリアに入ることは、それだけで苦痛なのだということが、俺にもはっきりと理解できた。「アマナちゃん、起きないね……」 一方で、クローディアが抱きかかえたままの緑の繭から、ア…続きを読む
その日の竜鳴き山は晴れてこそいたが、太陽の熱を奪う荒涼とした風が吹いていた。 いま、山の中腹にある森を、一人の青年と一頭の獣、そして一人の少年が歩いている。彼らは山の頂上を目指していた。「樹だけ見れば、近くの森と何も変わらないのに」 青年と獣の後ろを歩く少年の名はユールクといった。歳は十五の狩人である。襟足の伸びた金の髪を風になびかせ、かき集めた道具と弓を背負って歩いている。丸い大きな緑の瞳に、ざわめく木の葉が映り込んでいる。(風が違う。ひとが立ち入っていいかたちをしていない) 少年は、竜鳴き山に生まれて初めて踏み込んでいる。全てのものが己を威嚇するような空気に、彼は身震い…続きを読む
雨でほどけた提灯は、さながら黄泉とこの世を繋ぐ白い糸だった。 八月十四日。曇天模様の空からは、時折ぱらぱらと雨粒が落ちてくる。そんな雲ごと天が落っこちてきそうな日に、ぼくは花束片手に墓参りに出た。からっぽのピンクのバケツに井戸から水を汲んで、柄杓をたっぷりの水に沈める。ずっしりとした重みを手に、ぼくは井戸の前から歩き出す。 ぼくが訪れたのは肉親の墓ではない。一年半ほど前に死んでしまった友人の墓である。ネットで知り合って、実際に会ったのは数回であったが、ぼくにとって彼女――三田は特別な友人だった。 彼女の名を頼りに、ふるさとから遠く離れた場所まで来るほどに。(黒井には悪いけど、これは…続きを読む