初めまして。
ベレーをかぶった不思議ないきもの『みずまんじゅう』を引き連れて、あちこち旅する物書きです。
思いついた時に、思いついたように書きます。
例えば10年前に決着がつかなかったシナリオをまとめなおすとか。
例えば10年後にあの時完結できて良かったと振り返れるように物語を書くとか。
いろいろやっているようです。
別所でも活動していますので、見かけた時はよろしくお願い致します。
【作品全体について】
ひとつひとつ時間のある時に作っています。
ただ、多忙であるため、もしかしたら完結しないかもしれません。
どうか温かく見守ってください。
【雨上がりには銅の月について】
この作品は、私にとってちょっと特別です。
読んでくださったら、とっても嬉しいです。
雪の気配漂う風が吹く。昼下がりに爆音が響く。腐った野菜に古びた小麦粉、ゴミ箱漁る人間もろとも、混ざり混ざった粉塵を突き抜けて、今日もその車はクラクションの代わりに銃声を鳴らす。 機械仕掛けが広がって久しく、それでも剣や魔法を良しとする世界で、この車は大層奇怪な乗り物であった。黒い車体の後ろ半分に遠いどこか見知らぬ民族の建造物を模したような部品がくっついている。 それは中古の魔術エンジンで走る霊柩車であった。お堂の表面には、細かな『動く死体お断り』の術が刻まれている。 爆走する件の車を見かけた通りすがりの旅人が、ぽつりと呟く。「なんだあの車……」 黄金に輝く後部座席のあたりを、旅…続きを読む
君が妬ましい。筆の速さが妬ましい。君は思いついたものを、迷わずに書く力がある。人気を取るのが妬ましい。君は需要から供給を紐解く力がある。描写の正確さが妬ましい。君は世界の色と形を写す術を知っている。会話文のテンポが妬ましい。君は交わされる言葉のリズムを知っている。ひとつの作品を長く書ける力が妬ましい。君は君自身の作品を真摯に愛している。推理を形作れることが妬ましい。君は謎を明かしてゆく心地よさを知っている。空想を描けることが妬ましい。君の中にひとつの異なる世界が息づいている。物語の美しさが妬ましい。君は物語のために絵筆まで取ろうというのか。…続きを読む
枯草を踏みながら、散歩をしている最中。トドマツの樹の根本に、私は大きな綿毛の塊を見つけた。 一抱えほどもある大きな灰色の綿毛を、私は慎重に抱き上げる。鳴きもせず騒ぎもせず、綿毛はほんのちょっと身じろぎをした。「今年も生まれたねえ」 この地方では、このふわふわをユキムシと呼んでいる。確かに、虫の方のユキムシのふわふわに、ちょっと似ている。ここら一帯の、冬の兆しだ。出てきた数で冬の寒さを調べたり、占ったりすることもある。 地方新聞で、今年のユキムシは多いので、冬は寒くなるだろうというニュースが二行程度に書かれていた。「今年は寒くなるんだってね」 私は枯れ葉のくっついたユキムシ…続きを読む
その日『岸壁の港町』は、けだるい熱気に包まれていた。地球人がこの世界にたどり着いた、年に一度の到達記念日の騒ぎも、明け方近くともなれば人の渦も消え、あとは酔いどれが壁際に転がって寝ているだけだ。 まるで激しい戦いの後のように、あちらこちらにゴミが散らばっている。 わたしはそれを眺めながら、未だ収まらない祭りの熱気を身体の裡で持て余し、石畳を歩いていく。「……」 わたしは行きつけのバーに行こう、と思った。そこでなら、この熱もゆっくり冷ませるだろうと。 目指す酒場は、アナザー・ポーラスターと大きく書かれた青い看板が目印だ。ほどなくして、わたしはその酒場へと到着する。木製の両開きのド…続きを読む
「えっ、殺傷系の呪物はちょっと……」「もうちょっとマイルドなものでない?」 ある日、すっかり煮詰まった作家が知り合いの魔術師の家へと訪れた。 魔術師も魔術師で、魔法も使えないのに素っ頓狂な発想ばかりする作家のことは嫌いでなかったから、いつもなんだかんだ相手をしている。 そういうわけで、今日もそんな、作家のアイデアが持ち込まれたわけである。「読むだけで痩せる、か」「そう。楽して身体を動かす本も結局、汗が嫌とか疲れるのが嫌とかで、決定打にはなってないじゃん」「うーん。本の頁にカロリーを吸わせるとか?」「できるの!?」「頁がギトギトになるけど」「折角だし、何度も使…続きを読む
「おい。お前。まだ死ぬのには早いぞ」 いよいよもって深夜の歩道橋の上から身を投げようとした僕は、その動きを止めた。 真っ黒な八分音符をさかさまに持った少女が宙に浮かんで、僕にそう言っているのだ。 陰はあるが、見た目は可愛らしい少女だった。白いヘアピン五つでまとめたロングヘアに、たくさんのリボンがついたモノトーンのドレス。まるで、アニメの世界から飛び出してきた魔法少女のようだった。 だが、金目の彼女は大きな八分音符を担いで、僕を睨みつけている。 「放っておいてくれないか」 僕はそっけなく彼女に言う。僕は何てことはない、ただの物書きだ。すでにして天涯孤独。将来も未来も何も見えてこ…続きを読む
「さて、人間もすなる恋というものをしてみんとす、なんてな」 サングラスを掛けた黒髪のアンドロイドがにやりと笑って、街を見上げる。 黒い革のジャケットを着て、デニム生地に包まれた長い脚で風を切って歩いている。 これといったおしゃれをすることなく、彼は日ごろと同じアバターで、ここへやって来た。 彼はポケットの中から、くしゃくしゃになった手紙を取り出す。『あなたと恋がしたい。今夜十時、電脳花街のBar.グレイヴヤード、一番奥のカウンターで』「こんなこと言われちゃ、放っておけないよなァ」 電脳花街。 アンドロイドとガイノイドが、人間が語る恋を求めて訪れる秘密の電脳チャンネルだ…続きを読む
「そのような戯言が通用すると思うてか」 魔王は呆れた顔で、勇者に言った。魔王は骸骨をあしらった豪奢な玉座に腰かけ、脚を組み、ため息をつく。そして挑発するような、酷薄な笑みを見せる。「そも、限界まで鍛えた貴様の剣をもってすれば、この魔王城など容易く破壊できるであろう?」「だからだよ……」 勇者は鞘から剣をすらりと抜いた。神々しい輝きを放つ両刃の剣が露わになる。「確かに僕の力でこの剣を振るえば、今のお前だって敵じゃない」「言いよるわ。では、何故それが行えない?」 勇者は半歩引いて、剣を構えてみせる。「限界まで鍛えたこの聖剣の力は、最大出力で半径15kmを破壊する」…続きを読む
「叱られ代行、承ります?」 僕が見たそのチラシには確かにそんなことが書いてあった。 スーパーの安売りに紛れて入っていたこの折込チラシ曰く、これは理不尽に叱られる人を救いたいという願いから立ち上げられたベンチャー企業の提案らしい。 なるほど確かに、キツい『お叱り』は僕だって受けたことがある。今の職場だってそうだ。 「若いんだから」「結婚もしないくせに」「根性が足りない」――。 そんな『お叱り』を何度受けたことか。「……」 そういった背景があったからこそ、僕はこの叱られ代行なるサービスが気になったのだと思う。 僕は迷うことなく電話を掛け、謎の企業へと足を運ぶことにした。…続きを読む
さァさ、こんな辺鄙な山小屋まで、よォく来られました。 あっしの話を聞いていっておくンなさい。 なんてことはない、ここらの小さな伝承でさァ。 ここいらじゃァね、山に入ったら「文字を書いちゃいけない」って決まり事があるんですよ。 いやいやいや、立ち入り禁止の看板なぞは、前もって描いて持ち込みゃいいんですよ。 ふもとで兎をちょいちょいと描いて、山に入っちゃいけないよってね。 かわいいもんですよ。 え? なんでだめかって? この山には「文字の獣」が出るからでさァ。 文字の獣って何か知ってますかい。そう、トラですよトラ。 トラの形した化けモンが出るってェ話なんでさァ。 あァ…続きを読む