あいつと二人で海が見たかった。どうしても。 深夜の高速道路の料金所で一旦、車を停めた。周りに車はいない。私はSUVを降りて、有人料金所にゆっくり近づいた。入り口の電気は消えているけど、今の私には昼同様によく見える。 ガラスが割られて、細かい破片が辺りに散乱していた。私は慎重に中を覗き込んだ。床には乾いた血の跡がつき、そこから血塗れの足跡が何組か、入り乱れて地面に靴の跡を残している。どれも乾いていて、かなり時間が経っているように見えた。 とりあえず、人も“彼ら”も居ないことを確認して、私は破片を踏みつけながら車に戻り、出来るだけそっとドアを閉めた。でも起こしてしまったらしい。六人乗り…続きを読む
好きな漫画で主人公が飲むヤケ酒はウィスキーだった。けど未成年だから店では買えないし、妥協しよう。冷蔵庫から白ワインの瓶を取り出し、薄いナイロンのエコバッグに突っ込んだ。あとクラッカーもひと箱。サコッシュに財布とスマホを入れてファスナーを閉め、上着を持っていくかどうか迷って、これから死ぬのに身体のことを心配したってしょうがない、と思い直した。 家を出ると防潮堤の上に出る階段を目指して急ぐ。妙な高揚感を自覚して苦笑いする。今はそれでいい。胸の痛みを直視しないように。海に行くことだけを考える。 三十分ほど歩くと踏切が見えた。あれを渡って暫く真っ直ぐ進み、右折すれば、防潮堤が見える場所に出るはず…続きを読む
アパート前のバス停で毎朝一緒に並ぶ若い男。廊下で会っても会釈も挨拶も無し。服装はきちんとスーツなのに、目を合わさず通り過ぎるだけ。まあオバサンと絡みたくないのかもしれんけど。毎朝、バスを待つ時間はほんの少し憂鬱。 ある日。降りる時に男はICカードを落とした。急いでいるのか彼は気づかず、ドンドン歩いてく。私は咄嗟に拾い上げて走った。駅の改札前で追いつき「さっき落としましたよっ!」と、カードを突き出した。男はビックリしてこっちを見、カードを受け取った。男の顔がみるみる真っ赤になり、今度は私がビックリする。「ありがとうございます。……あの、オレ赤面症で。すみません」 首筋から耳まで真…続きを読む
その女を見た時、畠中誠(はたなかまこと)は鼻腔に甘い血の匂いを嗅いだ。 蒸し暑い新宿の夜の中、女は店の灯りにほっそりしたシルエットを浮かび上がらせている。その様子はどこか彼女を思い出させた。 誠は凝視した。顔は特に似ていない。でも、長いストレートの髪、身長や体つき。そこにある何かが記憶に引っかかった。 女は後ろを気にする素振りを見せながら早足で路地を歩いてくると、誠を見て僅かに目を見開き、そのまま近づいてきて誠の腕を掴んだ。小声で話しかけられる。「あのっ、すみません。ちょっとだけ、このまま歩いて貰えませんか? ……しつこい男が居て。同じ学校なんですけど。さっき見かけて。振り返らな…続きを読む
幼馴染の柚子。隣に住む女子高生、理恵ちゃん。会社の同期、桃子。デキル先輩、麻里さん。優しくて巨乳の上司、珠子さん。 家に帰れば彼女達はみんな、玄関まで出迎えてくれる。そして我先にと俺を居間に引っ張ってゆく。居間のダイニングテーブルには美味しいご飯が用意されている。「私と理恵ちゃんと、珠子さんで作ったの。だし巻き卵どう?美味しい?」 柚子が俺のそばに立ってニコニコと聞いてくる。「理恵ちゃん腕上げたよね!私も頑張らないとなあ」 桃子がおかわりのご飯を茶碗によそいながら言う。「桃子さんの肉じゃがには敵いません」 理恵ちゃんがにっこりと答える。「お風呂の支度できてるよ…続きを読む
「……え、世界が終わる?明日?!ホントに?明日が最後の日なの?」 シロさんの予言は遠回しな表現が度々あって、その場では気づかず後から『これのことだったか』と思い当たったりする。私は忙しく思い巡らせた。世界が終わるってどういう意味?何かの震災?地球に隕石がぶつかって粉々になっちゃうとか? シロさんは金茶色の眼を瞬くと、白い尻尾の先で軽く私の手の平を撫で、私をジッと見つめた。『だから思い残すことがない様に。悠由(ゆうゆ)、人生は長いようで短い。いつでもやり直せると思う物事の半分は手を付けることなく終わるものだ』 シロさんの眼の表面に、私の顔が小さく写っている。私は心を決めて、…続きを読む
「おにーさん、寝不足ですか?」 深夜、コンビニから帰る途中の俺に声をかけてきたのはショートボブの美少女。華奢な腕、黒のレギンスパンツは魅惑的な脚のラインを強調している。 俺は混乱し、確かに徹夜三日目だけどそんな見て分かる?もしかして匂う?ヤバい、いやむしろラッキー?と、頭の中で言葉がグルグル回る。美少女は眩い微笑みを浮かべ「いきなりでごめんね。私、何となく寝不足の人って分かるの。ビビッと来るっていうか。アレが溜まってるな、て感じ。ねえスッキリさせてあげようか?」「!? ……え、もしかして風俗の勧誘?デリヘル?うち超汚いし女の子なんて家に呼べない。つか仕事、いま佳境でちょっと無…続きを読む
「ごめん。冬紀(ふゆき)。……俺のこと許してくれる?向こうに行っても、俺のこと、好きでいてくれる?」 拓郎(たくろう)の震える手に握られたナイフ。拓郎の頬に涙がとめどなく流れる。 俺の意識は激痛で赤く染まる。血が喉をすごい勢いで遡ってきて、口から大量に出た。一瞬、強烈な血の匂いと味。 俺は咳込みながら胸を押さえた。暖かい血が大量に噴き出て、手と辺りのものを赤く染める。膝から力が抜けて、床に膝をつく。 俺の方こそごめん。……お前を守れなかった。守ると約束したのに。 拓郎は止める間もなく、自分の頸動脈を掻き切った。首から勢いよく噴き出る紅……。 拓郎は崩れ落ち、俺は必死に彼の元に…続きを読む