先程の平手打ちの頬がまだ痛む。それよりも、打たれた拍子にちょっと噛んだ口の端が痛い。口内炎が出来て最高に気分が悪い、1週間も不快な異物と生活するのなんて勘弁なんだけど。「…あのさ、ごめんとかないわけ?」理由は些細なことだった。多分、どうでもいいこと。洗濯物の畳み方が違うとか、掃除の仕方が違うとか、多分そういうこと。あることないことの往復の結末は彼からの平手打ち。今更別に「彼はこんなことをする人なんかじゃない」と否定するほど惚れ込んでいる訳でもない。段々と苛立って、冷めて、悲しさと虚しさとよく分からない感情で泣き切って2時間弱。私達の関係のスタート地点はこんなんじゃなかった、ハズ。…続きを読む
最近ハマっている私の休日の過ごし方は、断捨離だ。ほらよくミニマリストとか聞くじゃん?完全にあーいうのに感化された感じ。もちろん家に家具も家電も置かない生活なんて、私には到底無理なのだが、要らないものを処分して部屋を広くすることは出来る。その大半が彩が置いていった荷物だ。彩は2歳下の妹で、彩が就職を機に一人暮らしを始めるまでは、8畳の子供部屋で過ごしていた。私は実家に残り、彩がいなくなり少し広くなった8畳は、私だけの部屋となった。ただ、まだ勉強机やその周りの私物などは残ったままになっていて、私はそれが気になって時折暇な時に、「これいるの?」「これ捨てていいの?」等と彩に連絡をとばしてい…続きを読む
ろくでもない彼氏にとんでもない振られ方をし友人の厄祓いを兼ねて、振られた友人A、付き添いのBと私の3人で、数年前の初夏に縁結びの神社にお参りに行きました。今どきの可愛いお守りや派手な絵馬など、所謂SNS映えするような場所ではなく、木々に覆われた坂を登っていくと建っている、古風な神社でした。縁結び、子宝成就、安産祈願。寂れてこそいましたが、目に入る文字文字は間違いなく縁結びの神社そのものでした。Aが次はまともな方とお付き合いが出来るように3人でお祈りし、「せっかく足を運んだから」と神社の中をぐるりと1周参拝することにしました。私達が今いる拝殿の右手には、上の方へと続く階段がありました。私達…続きを読む
今日も上司を1人殺してしまった、妄想の中で。理不尽な叱責に耐性のある嫌な体質になってしまったが、それに対して怒りや恨みが湧いてこないか?と言われると、ナチュラルに別問題である。ただでさえ今日は週の初めの月曜日なのに。束の間の華金は酒と共に溶け、溜まったドラマの消化とか、先延ばしにしてた家事掃除と全面戦争していたら土日など一瞬で終わっていた。そもそも「ここが間違ってるから辻褄が合わない」とご丁寧に指摘してきた所は、既に私に回ってきた段階で間違っていたということだ。元凶は恐らく御局様で、彼女に告げると取り巻きの女性社員から陰口を言われるだろうから、言い返せなさそうな私に矛先を向けるのか、…続きを読む
「宝くじってあるじゃないですか。あれって1等が当たる確率よりも、宝くじを買いに行く途中に交通事故に遭って死ぬ可能性の方が高いらしいですよ。」免疫学の伊与田先生の講義は面白い。というか、伊与田先生が講義中にする豆知識が面白い。丁度2限と4限の必修科目の間に空いてしまった昼休みと1講義分の時間は、私のように家が遠い学生にとっては、単位稼ぎの為に出席した方が効率がよかったりする。講義序盤の出席確認だけを済ませて出ていく者、寝ている者、机の下で隠れてソシャゲの周回に勤しむ者、三者三葉話を聞かない学生ばかりの大講義室で、私は伊与田先生が作り出してくれる本線と関係の無い時間に目を輝かせた。「…続きを読む
一滴、また一滴。少しずつ広がってゆく挽きたての香り。時間に急かされる世の中で、ここはまるで僕だけが緩徐に進むことを許された空間のようだった。ーー…祖父が亡くなった、という連絡を受けたのは、先月の事だった。悲しんでる間などなかった。急いで忌引休暇の諸連絡、移動手段の手配をしなきゃいけなかったわけだし、通夜や葬儀中も一息つく暇もなく、弔いも祖父の死への実感も湧かぬまま、バタバタとしただけで終わってしまった。「これでやっとばあさんと一緒になれるね。」と親戚が涙ながらに呟く中で見た、大往生だった祖父の顔は、思い出よりもしわくちゃだった。何年振りかも覚えていないほど、懐かしすぎ…続きを読む
隣の部屋は長い間ずっと空室だった。2年前、旦那の仕事の都合でこっちに引っ越してきてから、ずっと空室だった。不動産屋だかクリーニングだか内見だか、時折誰かが出入りしているのは見ていたけど、何故か人が住むことはなかった。曰く付きの、というわけではない、と思う。多分、最寄駅まで15分ぐらいかかるのと、近くに何もないからだと思っている。あと1階だから?家賃は比較的安いほうだけど、徒歩5分圏内にあるのは家、家、家…。だったら1,2万円高くても駅に近い方を選ぶだろう。私だって2年前に駅方面に空き部屋があったらそうしていた。そんな、長く空室だった隣の部屋に、若い女性が引っ越してきた。こんなご時世…続きを読む
萱島優の趣味は、本を読むことだ。物心ついた時から本を読むのが好きだった萱島は、小説を始め、絵本、詩集、自叙伝に漫画、時には旅行雑誌まで。本ならどんなジャンルでも読み漁る健啖家である。しかし、読書に耽る上で、拡がる壮大な物語に期待するのではなく、風景や心理描写の美しさを好んで含味するという点は、些か変わっていると言えるだろう。片手で収まる臨場感に美しさを見い出す萱島にとって、今読んでいるミステリー小説の誰が犯人かなど、興味のない話なのである。『ーーー、手に取っていただきありがとうございました。』あとがきの最後の一文を目に収めた後、萱島は「ふぅ」と溜息を吐く。犯人は最初の被害者と思わ…続きを読む
睡眠を妨害する鬱陶しいアラーム音で目が覚める。昨夜設定した起床時間は、2度寝すると遅刻しかねないので止むを得ず起き上がる。今日に限って清々しい朝日が登っている。カーテンの隙間から射し込む其奴が憎くて仕方ない。姉が家を出ていってから、今日で半年になる。半年しか経ってない、のか、半年も経った、のか。アラームを止めた後の画面には、でかでかと今現在の時刻。その下には届いたメールやらSNSのいいね通知が、ズラリと並んでいる。緊急性のないものを右親指で消していき、姉からのメッセージで寝ぼけた親指が停止する。『おはよう。』の5文字、と近況報告。『仕事はなんとか慣れてきたよ!半年が経つけど、あ…続きを読む
「遂にまーちゃんが結婚してしまった。」「頭を抱えないの、友人のおめでたい話だよ?」「しかも先月はかなちんが出産した…。」「おめでたいよね、かなちん幸せそうだよ。ほら。」「やめて!喪女にキラキラSNSを見せないで!眼球が溶ける!」「溶けないわ。にしても私達もそろそろ将来考えないとね。」「なにそれ!まさか亜衣ちゃんも裏切る気?!」「いや暫くは裏切れないかな。1年前に別れてそれっきり何もないし。」「あ、そうなの?良かった仲間だ。」「良くはないけどね。」「ほら、私達って出産どころか、結婚どころか、彼氏すらいない売れ残りじゃん?」「まぁ、そうだけど。改めて悲し…続きを読む