島で駄菓子屋をしていた祖母が亡くなったのは私が高3の大晦日。新年早々、葬式というなんともいえない1年のはじまりだった。昔ならご近所を呼んで農協にお願いして葬儀をしていたらしいけど、今はご近所さんもそれぞれに亡くなられた。だから、お店をしていたというのに祖母の葬儀は私と両親 3人だけのひっそりとした家族葬だった。気が強い祖母とあまり合わなかった母は火葬が終わると『ごめんね、気分が悪いから先に帰る』そう言って一人で市内に戻った。父がいろんな手続きでバタバタする中、私は祖母の押入れから出てきた多分、売る予定だった鉛筆やノートの山をひっぱりたして、ひとつひとつ覆われたビニールの埃を拭…続きを読む
春だった。 その日の空の色は彼が教えてくれた紺碧色だった。ちゃんと太陽は眩しくて、彼は確かに私の目の前にいた。私の誕生日に入籍すること、私の両親に挨拶に来る日取り、そんなことを私の部屋で話そうと約束した日だった。 約束の日の10日前、『予定が入った』とかで彼は私の部屋へくることをやんわりと拒んだ。『少しだけなら』とデパートの近くにある噴水前のベンチを指定された。ラインのメッセージの言葉の一つ一つから四角い氷に触れたみたいにひんやりと冷たさを感じてもうすぐ結婚するというのに心が揺れた。「ごめん」 半月ぶりにあった彼は開口一番にそう言って「妊娠したんだ」 ベンチに座りもせず立っ…続きを読む
昨夜のことです。寝る前にね、妄想じゃなくてmonogataryを見てたんです。そして、いつもどおり、そのまんま寝落ち。目が覚めたのは夜中の3時でした。そこから再び寝たんですが、夢を見たんです。 monogataryの作家さん、さくさんの。本当のところ、会ったこともないし、何歳かも、顔も知りません。夢の中の彼女は華奢でショートカットで私が憧れる小動物系の可愛さでした。 なぜか、うちのこたつに座っていて、「一番上の子供さんは何歳? 」とか私が質問攻めして、さくさんはニコニコ笑顔で答えてくれてました。そこから、二人で広島観光──。 朝になって目が覚めて、ドキッとしました。私は、さくさ…続きを読む
──あなたはなぜ歌うのですか? 多分、それは歌わずにいられなくなって、そこにただ一人聴いてくれる人がいるから── 夕暮れと夜の境目に、あの人はやってきた。私がギターケースを開けて、マイクスタンドを立てて、今日歌う歌のリストの確認をして、顔をあげるといつも私の真正面にあの人は立っていた。 ロックミュージシャンみたいな黒いスーツ姿で棒立ちのまんま、無表情で無言で時には私を睨みつけたりなんかした。 触れたこともないのに、愛撫してるみたいにあの人は私を吸い込むように直視する。 角っこの酒屋の壁につけられた時計が20時を指す頃、あの人は小さな財布から130円とりだして、ギターケースの…続きを読む
──ココハ アンゼンナバショデス── 私はある日、テレビで見て知った政府が管理する『楽園』そのゲートをくぐった。『ココデハ マイナスナコトバハクチニシテハイケマセン。ミンナガタノシメルコト、ソレガダイジデス』ドアの前に佇むヒューマノイドが私の顔も見ずに頭を下げて、ピンマイクとセキュリティカードを手渡した。セキュリティカードの番号が私の部屋の番号で好きなときに24時間誰とでも話せるようにそれぞれの部屋の前には巨大なカフェのようなスペースがあった。 すれ違う人、隣になった人、『かわいい』からはじまって、一通り褒められる。その言葉は各々のピンマイクが拾ってゆく。褒められた分、私も褒めなきゃ…続きを読む
「節子さん、僕が絶対に忘れんように、入籍はクリスマスイブにしましょう」 そう良太さんが言ったのは、確かゴールデンウィーク前だった。一緒にまた暮らしはじめてからも、良太さんは島外の工場へ出勤していた。私は忙しさで体調を崩したこともあり、ローカル番組の出演やコマーシャル撮影のサポートなど全ての仕事をフェイドアウトして、専業主婦のように良太さんが仕事から帰ってくるのを待つ日々だった。 良太さんの様子が少しずつおかしくなったのは9月の終わりごろだろうか。なんとなく、私から目をそらしているような、何か言いたいことを我慢してるような、きっちり6時に帰ってきていたのが、7時になり、8時になり、『晩御…続きを読む
とっかえひっかえ、とっかえひっかえ、あっちでも こっちでも簡単に寝る 「奴」に限って、その心のなかには不動の誰かがいる。 山川さんの紹介で店を訪れた未来もそんな1人だった。「未来さん、どうぞ」「疲れがどうにもこうにもとれなくって病院行っても 原因がわからないんです。そしたら、山川さんが美澄さんなら疲れを流してくれるかもって」 ──河瀬未来── 細い体の線に不思議な色気を纏っていた。「美澄さんって名前通り透明感ありますよね」 バスタオルをひいたベッドに仰向けになりながら未来は私の指を見ていた。 私は『勘違いしないでね、これは施術だから』そう言いながらカーテンを閉め…続きを読む
私こと、中村キリコはあるレンタルショップの店長をしていた。勤務は早番と遅番、朝7時半に家を出るときとお昼1時に家を出るときと。 比治山橋から御幸橋までの京橋川沿いを自転車をこいで出勤していた。 大雨の日以外は桜並木の変わりゆく佇まいと季節で変わる風の匂いと川の水の流れる音とそこを散歩する人の仕草。 そんな今日というちょっとした変化を感じながら自転車で前に進んでゆくのが心地よかった。過去を振り払って自分だけで進めてるような錯覚さえあって。 CDの入荷作業をしながら「ねぇ、岸君、この世の中、ランキングなんて意味あるのかな? 」 「店長、きっとみんな探すんが面倒じゃないん…続きを読む
「はじめまして、僕は先日、大学を卒業したばかりの小池です」 夜の公園にやってきたのは、どう考えても私が思うお爺ちゃんには見えない小池さんだった。「花木さんですよね? 」「はい、いつもツイッターでやり取りさせてもらってる花木です」「まあ立ったまんまでもなんですから腰掛けましょうか? 」 小池さんは鞄の中からハンカチを出して、ベンチをふいたあと、私に『どうぞ』と言って手招きした。「いや、若い人にもいい歌はささるんですよね」 そうだ、小池さんと繋がったきっかけは、小池さんが何気なく呟いた、 ──年に何回か必ず聴きたくなるんです──というツィートだった。なんでかわからないけど…続きを読む
許されない恋があるとするなら、許される恋ってどんな恋なんだろう? そんなことを呆れるほど考えてみたけど──、私はやっぱりその夜も公園へと走って行った。 その人とはじめて話したのは5月の終わり。私はいつものようにお風呂に入っていた。「ミャーミャー」まただ、甲高い仔猫の鳴き声が目の前の公園から聞こえてきた。 どうせ捕まるわけない、そう思うのに、私は髪も乾かさずに目の前の公園へ走った。「出ておいで〜猫ちゃん」なんて叫んだって出てくるわけもなく、きっとこの垣根の茂みに震えながら隠れているんだ、そう思ったとき「何? 猫がいるの? 」 その人はセブンスターのタバコを左手に持って…続きを読む