「私たち、もう別れた方がいいね」 自分の口からこぼれたはずの言葉は、窓の向こう側から誰かが喋ったみたいに、どこか遠くの方で聴こえていた。—— あなたの弾くベースが好きだ。 あなたと会うまでは、ギターとベースの区別もついていなかったのに、生まれて初めてライブハウスに足を踏み入れ、音の大洪水にもみくちゃにされた瞬間、私の世界は一変した。それまでもお気に入りの歌手のCDを買って聴くことはあったけど、音が視えたと思ったのは初めてだった。私には、あなたの刻んだ音が視えた。「打ち上げ、来るでしよ?」ライブが終わると、歌う時と同じくらい強引な力強さで、ヴォーカルのあの子に連れていかれた居酒屋。…続きを読む
神様が手抜きして描いたとしか思えないひたすら青いだけの空。プラス入道雲。 分かりやすすぎる夏空の下、私は京ちゃんを自転車の後ろに乗せて、田んぼの間の舗装されたあぜ道をとろとろ走っている。時々、舗装されてない道がひそんでいるから要注意だ。 真っ青と真っ白と真っ緑。 なんでもいいけど、暑すぎる。「終わっちゃったねー、最後の大会」 私と京ちゃんは男子ハンドボール部のマネージャーだった。ついさっきまで。 高校三年最後の大会、私たちの学校は記録的一回戦負けを果たし、マネージャーとしての役目は午前中のうちに早々と終わった。「正直なとこ、まぁ、あんなもんなんじゃない?」 部員…続きを読む
「まにまにって、なんとなく可愛くない?」「神のまにまに、とか、夢のまにまに、とか?」「さっすが文学部」そう言って京(みやこ)は、にまにまと笑った。 ちょっと前には、まめまめしいという単語が可愛いとか言っていたけど、そのあたりの京のセンスはよく分からない。「意味も分かる?」「何々のままに、とか、状況に合わせて、とかそんな感じでしょ?」「当たり! まあ、これくらいは基本だよね」京の言葉に苦笑いしつつ、「俺だったら、波のまにまに、って感じかな」と返す。「どういうこと?」「周りの波に合わせて行動するって決めてるからさ。空気を読むっていうか」「うん」「変に抗って、争いたくないじゃん…続きを読む
「まにまにって、なんとなく可愛くない?」「神のまにまに、とか、夢のまにまに、とか?」「さっすが文学部」そう言って京(みやこ)は、にまにまと笑った。 ちょっと前には、まめまめしいという単語が可愛いとか言っていたけど、そのあたりの京のセンスはよく分からない。「意味も分かる?」「何々のままに、とか、状況に合わせて、とかそんな感じでしょ?」「当たり! まあ、これくらいは基本だよね」京の言葉に苦笑いしつつ、「俺だったら、波のまにまに、って感じかな」と返す。「どういうこと?」「周りの波に合わせて行動するって決めてるからさ。空気を読むっていうか」「うん」「変に抗って、争いたくないじゃん…続きを読む