プロローグ 木々が折り重なる影の向こうに、何者かが潜んでいるような気配がする。 錯覚だと分かっていても、不安が抑えられないのは、人類が暗闇に持つ原始的な恐怖心によるものだろう。 鹿住(かずみ)は、気持ちを落ち着けるために、ゆっくり息を吐いた。 季節が夏から秋へと移り変わりつつある今、夜半の森の中にたゆたう大気は冷たくも暑くもなく、過ごしやすいとさえ感じる。 それでも、一人でなら長く居たいと思う空間ではない。 夜の森とはそういう場所だ。「準備はいいですか、鹿住さん」 だから、鹿住はここにいる孤独な人間ではなかった。 薄っぺらいフィールドジャケットを羽織って、木立の…続きを読む