海辺の町で商いを営む商人が、人身売買に手を染めていることを、俺は知っている。けれど娘を人質にされている以上は、アイツの下で働くしかない。今日も商人の屋敷には、多くの奴隷が送られてくる。その中に、俺の娘と同じ年頃の少女がいた。俺の娘と少女は、年が近いこともあり、仲良くなっていった。戦争で両親を失った孤児で、捕虜になった後、別の国に売り払われる。俺は商人から少女の境遇を聞かされていた。可哀想だと思うが、俺にはどうすることもできない。ある時、娘は、自分が少女の身代わりになる、と言い出した。当然俺は断固拒否したが、娘は言うことを聞かない。密輸船が出港する夜、密かに娘は少女と…続きを読む
男は学生の頃、足の速さを活かしてサッカー部で活躍していた。営業職として社会に出ると、相手に応じて話に合わせられるフットワークの軽さから業績を伸ばす。私生活では、サッカー部のマネージャーだった女と、10年の交際を経て結婚した。女は小さい頃からサッカー観戦が好きで、プレーを間近で見たい理由からサッカー部のマネージャーになった。交際相手の男とは長く続いていたが、脚は速いくせに色々手を出すのは遅いことを不満に思っていた。それでも昨年無事結婚し、今は妊娠をきっかけに休職している。赤ん坊は先日男と女の間に産まれた。~生後間もないので、これ以上書くことはありません~…続きを読む
父親は子供から絵本を読んでと頼まれた。その本は見たことないもので、不思議に思いながら読み始める。それは森を舞台にした、とある少年が主人公の物語だった。ぼくは はしるのがすきな おとこの子ある日 森のなかであそんでいると へんなどうぶつに出あった毛がいっぱい生えていて まぬけなかおをした 変わったどうぶつぼくたちはなかよくなって おいかけっこをしてあそんだ森のふかくまで ぼくたちははしってきたすると どうぶつはぼくにむかって するどいきばを見せつけたバクン モグモグ モグモグ ゴクンッどうぶつはぼくをのみこむと ぼくと同じすがたにへんかしたにんげんになったどうぶ…続きを読む
その茶髪の少女と白髪の少女の二人には、人々の声が届いてくる。楽しいものや幸せなものから、苦しいもの、哀しいものまで、声はさまざまだった。彼女たちはそれらを集めてウタにする。人々の声をかけ合わせて創られるウタは「結唱」と呼ばれていた。そんな二人には何としても成し遂げたい責務がある。それは人々の夢に関係する声を集めた「結唱」を創ること。夢がどれだけ偉大で素晴らしいかを世界中と共有することが目的だった。二人の少女はその「結唱」のことを、「夢ノ結唱」と名付けた。---茶髪の少女と白髪の少女は責務を果たすために、手分けして声を集め始める。茶髪の少女のもとに、夢にまつわる声が…続きを読む
とある作家の小説が発売された。本のあとがきでは、一人の友人に向けて感謝が述べられている。“この小説を書けたのは貴方のおかげです。もう直接思いを伝えることはできないけれど、この場を借りて感謝したいと思います。本当にありがとう”昔、作家と友人は同じ女性を好きになった。二人同時にアプローチしていたが、女性は作家という仕事に興味を示し、惹かれていく。やがて作家と女性は結婚し、仲睦まじく暮らしていた。その頃、友人とは連絡が取れなくなる。しばらくして友人が自殺したことを知った。彼が遺した手帖は作家の手に渡る。作家は手帖の中身を目にすると、友人の本音に愕然として涙を流す。そこには作…続きを読む
その女の生まれは貧しく、頭と見た目は平凡だった。それなりに育ち、男の相手ができるようになると、父親に売り飛ばされた。まともに仕事をしない父親が遊ぶ金欲しさにやったことだと、女は理解していた。女を買う男たちは、みな下劣だった。彼らの卑しい顔を見ていると父親のことを思い出して、吐き気を催した。自分が幸せになるためなら、ろくでなしのことなど殺してもかまわない。女がそう思うようになっていた時、自分に優しくしてくれる男が現れた。男は最初客だったが、女の境遇を知ると同情するようになる。ここから逃げて一緒に暮らそう。そう言われ連れ出された女は、男が結構な資産家であることを知った。…続きを読む
男は下戸な友人との飲みの席で、酒を勧めながら話をする。成功の秘訣は酒と対話だ、と。それを聞いても遠慮している友人に、男はある話を聞かせることにした。これは仕事ができない男の話だ。そいつは人と比べて何か劣っていたわけじゃないが、上司との仲が悪かった。つまらない雑務を押し付けられて、まともな仕事が回ってこない。当然業績も低いから、同僚からはお荷物扱いだ。だが、改めて言いたいが、そいつは無能なんかじゃねぇ。その状況を改善しようと、行動することにした。そいつはどうしたと思う?簡単なことだ。飲み会で勇気を出して上司の近くに座ってみたんだ。酒でいつもより壁が低くなったおかげで…続きを読む
少年の家の庭には小さな実をつける木が植わっている。その実は熟しても酸味が強く、そのまま食べるのには向いていない。幼い頃に実を一つつまみ食いして以来、少年はその木が嫌いになっていた。ある時、祖母が木になっている実を集めていた。その様子を見た少年は、何をしているのかと文句を言う。しばらくして祖母が少年に出したのは、潰した実を砂糖と混ぜて作った甘酸っぱいジュースだった。ジュースを飲み干した少年は祖母に向かっておかわりを頼む。祖母は笑いながらたっぷりと作っておいたジュースを注いで手渡した。これは記憶。とある庭先での少年と祖母のひと時の記憶。老人は大好きだった祖母とこの家…続きを読む
その二人の性格は真逆だったが、気の合う友達だった。一人はとても話好きな女の子。もう一人はとても聞き上手な男の子。いつまでもいつまでも話を続けているほど仲が良い二人を、周りは羨んでいた。女の子は昔から話好きで、相手に発言の隙を与えないほどだった。言いたいことだけ言って話を聞かない彼女を、周りは疎むようになっていた。いつしか男の子以外話し相手はいなくなったが、彼がいれば満足だった。男の子は昔から話すのが苦手で、相槌ばかり打っていた。時々発言を求められても、しどろもどろで、上手に言葉が出てこない。いつしか女の子以外話してくれる人はいなくなったが、彼女がいれば寂しくなかった。…続きを読む
少年は近所に住むお姉さんのことが好きだった。お姉さんを見ていると心臓がドキドキして、体中が熱くなる。少年はその熱を発散する方法を知っていた。お友達の中でも、少年が一番早く知っていた。少年はお姉さんのことが好きで好きで堪らなかった。お姉さんのことしか考えられなくなっていた。お姉さんのためなら何だってできる気がした。そんなお姉さんは、見知らぬ男の人と一緒にいた。お姉さんは家の中で、少年が知らない男の人と、少年が知らないことをしていた。少年の体はスッと冷えていく。お姉さんを見ているのに、体が熱くならない。自分はおかしくなってしまった、と少年は怖くなった。少年は男の…続きを読む