四年前 二人に出会った日のことを今も鮮明に思い出せる十一秒間流れたイントロの後に十二秒目 囁かれたタイトルその瞬間 何かが始まる気配と離れられないという予感が私の身体中を駆け巡ったそれは自分から見つけた人生初めての推し二人の結成と始まりの物語をこの目で見ることができた幸せ一歩ずつ階段を登っていっていつか誰にも負けないスーパーアイドルになると信じてるたとえ私が「世界一のお姫様」になれないとしてもかけられた魔法は消えない「この世界の楽しみ方」を教えてくれるのはいつだって二人だ仲悪いところも ライバルなところも妥協しないところも 二人の全部が好き1+1の答えは一…続きを読む
「髪型よし、服よし、笑顔よし」 高校三年生、最後の夏。おニューの浴衣を身に纏って、髪型もバッチリセットして、気づかれないくらいの薄い化粧をして。待ち合わせ場所に着く直前、手鏡で見た目をチェックし直し、いざ出陣。こんなに目一杯のおしゃれをして、いつメン六人との花火大会に挑む理由は一つだけだ。「やっほー、華乃」「や、やっほー」 翔真。 心の準備をするために、待ち合わせ時間より十五分も前に到着する電車に乗ったのに。翔真が先に着いていたら意味がない。手を上げて挨拶をする翔真に対面するための心構えは、まだできてないのに。「翔真だけ?」「おう。俺も今着いたとこだし」 けれど、精…続きを読む
二月十四日、いつもいい匂いを纏う君から甘いお菓子の匂いがした。「バレンタインだからどうぞ」 はにかむ風でも目が泳ぐわけでもない君は僕に茶色い紙袋を差し出した。「ありがとう」 僕は素知らぬふりをして、その紙袋を受け取った。荒れ狂う心臓の音が外に漏れていないか心配になりながら。「見ていい?」「いいよ」 君と同じ香りが風に乗って運ばれて僕の鼻腔をくすぐった。中に入っていたのはカラフルな色をしたマカロンだった。「マカロンか。食べたことないや」「そうなんだ」 マカロン貰ったことないんだ、と少しだけ嬉しそうに笑いながらつぶやいた声が途切れ途切れに耳に届いた。「うん…続きを読む
変わり映えのない一日だった。寝坊してパンを握りしめて出た朝も、ミスが目立って上司に怒られた昼も、くたくたになって帰ってきた夜も。一人暮らしのマンションの一室は暗くて静かで寒い。ケトルが湯を沸かす音が煩く響いて、机上に置かれたカップ麺はお湯を恋しがっていた。ソファに座って船を漕いでいたところ、突然鳴り出した着信音によって意識が覚醒した。胸を弾ませながらスマホを手に取って、画面に表示された名前を見て落胆する。「もしもし」「あ、もしもし彩香? 今大丈夫?」「うん」私の生命力が全部吸われそうな元気溌溂な声。親友の舞は時折私に電話をかけてくる。いつものように愚痴と他愛のない話が続く中、舞が驚愕…続きを読む
「はぁ」 今日何度目かのため息が水蒸気となってマスクを濡らす。風は容赦なく体温を奪って、ぬくもりを分かち合う人のいない私を攻撃する。 冬の花火大会。暖色の装いが行き交う中、私も例に漏れずブラウンのロングコートを纏っている。周辺の多くのカップルを視界から外して、孤独感に気づかないふりをした。「何が楽しくて一人で花火なんか」 一緒に来るはずだった彼のドタキャン。三十分前にかかってきた電話口の彼の声が、今も胸を締めつける。「沙優、本当ごめん。急に仕事が入って行けなくなった」 彼専用の着信音が鳴った瞬間に抱いた気持ちが重量感を増した。やっぱりという落胆と、またかという怒り。部屋の彩度が急…続きを読む
「おーい組長、この問題教えてー」「もう、また組長って……いいよ」 ある春の日の昼休み。教室の真ん中の席で文庫本を読んでいた私は本を閉じて立ち上がり、私を「組長」と呼んだ松島くんの席へ向かった。 勘違いしないでもらいたいのは、私はヤンキーでもヤクザでもないということ。どうしてかは分からない。けれど松島くんは突然、私を「組長」と呼び始めた。私が委員長をしてるから、クラスの長で「組長」。坂口でも藍美でも委員長でもなく、「組長」。松島くんのせいでクラス内に広まりつつあるけれど、私はあんまり気に入っていない。「どこの問題?」「これこれ。平方完成した後どうすればいいか分かんなくなって」「あ…続きを読む
——男は目で、女は耳で恋をする。 その言葉をあなたが言ったとき、目の前に広がる世界は開けて鮮明に色付いた。同時に、最初にあなたの声に出会った瞬間の感情が波のように心中に押し寄せ溢れ出す。男性にしては少し高く甘さを孕んで、それでいて芯の通った力強さが滲み出る声色。世界でただ一人あなたしか持ち得ない、私の耳を溶かす声。反芻するだけで背中にくすぐったさが駆け巡り、早まる鼓動、自然と上がる口角。あなたに一耳惚れしてしまっていたのだと、私はそのとき初めて気がついた。あなた自身の口から私の中に充満する感情の正体を聞いて、溜まっていたもやもやは澄んだ秋空のように晴れ渡った。背伸びして勝ったプレミアムスイ…続きを読む