桜の蕾が開き始めると、中学三年生の時に|心陽《こはる》と交わした会話を思い出す。 進級初日。校門の前に植えられた桜の木は、生徒を祝福するように満開の花を咲かせていた。微風が吹くと、白雪のように花びらがひらひらと舞い散る。それを小さな子供のように追いかける心陽を見て、僕の心は陽だまりに居るような暖かみを持った。「|祐樹《ゆうき》、みてみて! すっごい綺麗だよ!」 まるで桜を初めて見たようなリアクションをする心陽に、当然ながら周りの視線が一気に集まる。しかしすぐに「ああ、またあいつらか」とでも言うような呆れ顔を四囲から受けた僕は苦笑した。 そんなことを微塵も気にしない様子で何枚…続きを読む
*1「え! 断ったの?!」 ファミレスの店内に優莉《ゆうり》の声が残響して、思わず私は苦笑した。 優莉の声は本当によく通るなあ。私なんて静かな場所でもよく聞き返されてしまうから羨ましい。他のお客さんや店員さんからの鋭い視線を感じながら、私は顔を寄せて囁いた。「声大きいって」「ごめんごめん。でも陽菜《ひな》ちゃん、正気?」「私はいつでも正気です」「だって、悠斗《ゆうと》くんの告白を断るなんてもったいないじゃん!」「そう言われてもなあ……」「ああもう! あたしが陽菜ちゃんだったら、悠斗くんと付き合えていたのに……!」 心底残念そうな優莉の顔を見ると、なんだか…続きを読む
〇あらすじ28歳アルバイターである俺──相馬悠斗は、ひょんなことから地下アイドルグループ〝Colorful〟の現場に行くことになる。自分より年下の女の子が全力でパフォーマンスする姿に心を奪われるも、どこか言葉にすることができない悲壮感を懐く。しかし、どうせ自分には何の力にもなれないと諦めその日は眠りにつくも、次に目を覚ました時には彼女たちのマネージャーになっていて──!?Colorfulから見た世界は想像以上に残酷で、冷酷で、無情だった。それでも夢を諦めない彼女たちの姿に心服し、マネージャーとして共に闘うことを決めた相馬だったが、ある日アンチと呼ばれる人間にライブを襲撃され、抵抗する間…続きを読む
▶︎この物語の企画書はこちら「大好きなアイドルさんの楽曲をアニメーションMV化したい!(企画書)」https://monogatary.com/episode/281994【表題曲】「クロノスタシス」― SOL音源:https://youtu.be/16cYnrWibPs(Auto-generated by YouTube)℗ 2020 Leadi Inc.Released on: 2020-02-14Lyricist: syosyosyosyosyoComposer: syosyosyosyosyoComposer: Saya【物語の設定・あらすじ】…続きを読む
企画書をご覧いただき、誠にありがとうございます。チーム代表者の乃木京介と申します。 このたび、モノコン2021のチーム戦部門「TEAM JACKPOT賞」に参加いたします。企画書に込めた思いを伝えるため、少しばかりお時間をいただけたら幸いです。1.企画発案のきっかけ 私は2018年の12月から小説家になりたいと夢見るようになりました。とは言え、売れて富豪になりたいわけでも、有名になって地位がほしいわけでも、何か結果や実績を残して名誉が得たいわけでもありません。 自分を変えたい人、夢を追うか迷っている人、人生が嫌になっている人、生きたい意味が見つからない人──そんな方たちに、…続きを読む
人は何かを願うくせに変化することを嫌う。 たぶん、変化を加えたことで、より現状が悪化するのではないかと恐れているのだ。だから、不満を持つだけで済んでいる現状を維持しようとする。私もそういう人間だった。 だからと言って、リスクなしで思い通りになる話があるとすれば、それ以上に怪しいことはない。 結局、何かを得ようとするには、何かを失う必要がある。「あなたは不慮の事故に遭ってしまいました」 目の前の女が私に向かって言った。 すぐそこに姿があるはずなのに、その距離は絶対に埋められないような感覚を懐く。それが何かに似ているような気がしたものの、上手く言葉にすることができない。…続きを読む
私──反田詩織(そりた しおり)の心臓は今、まるでクラシックコンサートが行われているような音を立てて暴れている。「……え?」 現実か確かめるような私のこぼれた言葉に、目の前にいた彼がもう一度私に言った。「反田さんと映画を観に行きたいんです!」 私のことを宝石でも見るかのように目を輝かせている彼は、とても冗談で言っているようにはみえない。「わ、わたしと……ですか?」 動揺から、私のほうが先輩なのに、思わず敬語で聞き返してしまう。一方の彼は表情を崩さず、「はい!」と大きく頷いた。 そんな出来事があったのは、つい数日前のことである。♢ アルバイト先の先輩後輩と…続きを読む
「幸せになれるコーヒー豆はいかがですか?」 街中で聴き馴染みのない、こんな台詞を言いながらコーヒー豆を無償で配る少女を見かけて、一体誰が受け取るだろうか? お腹を空かせた放浪者か、犯罪の匂いがする怪しげな人間か。 いずれにしても、少女の真意とはかけ離れている気がする。「幸せになれるなら自分が飲めばいいじゃないか」 お節介だとはわかっていながら、俺はわざわざ立ち止まり少女に向かって言った。 少女の年齢は高校生にも見えるし、20代前半と言われればそうも見える童顔に、清純風な衣服を纏った風貌。ミニバスケットを手に持ち、その中には個包装されたコーヒー豆がたくさん敷き詰められてい…続きを読む
「あなたの想いを告白しませんか──?」 最初にSNSのプロモーションで見た時、ありがちなマッチングアプリだと思った。だが、実際は匿名で投稿できる掲示板のようなアプリだとわかると、幾ばくか興味が湧いてダウンロードした。 アプリ名は『しゃぼんだまメッセージ』 シンプルな恋の気持ち、誰にも言えなかった罪の打ち明け、未来の自分へ向けた言葉──。ここでは色んな人の色んな告白がタイムライン上に流れていく。 特徴的なのは、投稿に対してコメントを残すことはおろか、いいねなどのリアクションを起こすこともできない。顔も名前もわからない、この世界に存在しているかも証明できない他人の告白を、ただただ…続きを読む
「……やべえ!」 始業15分前に目を覚ました俺は声を上げて飛び上がった。 いくら自宅からバイト先の距離が近いとは言え、これはとてもまずい。 走る、走る、走る。きっと今の俺は、これまでの人生の中で一番全速力で走っている。誰もが訝し気な目を俺に向けて通り過ぎていくのが悲しい。しかし、それすらも気にならなかった。このまま遅刻して店長に怒られるほうがよっぽど怖いからだ。 どうにか恥を捨てて走り続け、間に合いそうな見通しが立ってきた頃、ひとつの電話ボックスが視界に入った。 いつも自宅からバイト先までの道のりにある何の変哲もない電話ボックス。人気(ひとけ)のない場所で孤独を好むように設…続きを読む