きみの歪んだ唇のすき間から生まれた謎めいた音。あのこが小さな四角い箱の中でつくったよくわからないカタチたちの列。私の心に流れる目には見えない不思議な色。抱きしめることができないそれは世界を巻き込みながら呼吸を続け、吐き出されたものは大きな雲になった。午後四時、雲は突然全てを知ってしまったこどものように感情と涙を流しはじめた。ふと周りを見ると、ベンチに座っていたおにいさんもしば犬を連れたおんなのこも、バスを待っていたおばあさんも、みんないなくなってしまっていて。かわりに、傘の群れが顔のない人間たちを引きずりながら通り過ぎていった。その様子をながめている間に感情は劇薬、涙は灰になって…続きを読む
コップ一杯の砂に溺れている君と、砂時計の底に溜まった水に浮いている私。でも、君を飲み込もうとしているそれは幸せで、私を吐き出そうとしているこれは不幸せだから、だから、君がうらやましい。今まで溺れていった君達は、生まれ変わって新しい砂の上で踊ってる。私はどんなに願っても叶わなかった。今も君を見送りながら、連れてってだなんて言うのも嫌だなぁって、そんなふうに思ってる。きっとこれからも、そんなふうに思いながら遊んでるよ。…続きを読む
右から無音が聞こえるようになったら、左側からはなにも聞こえなくなった。それなのに響いている。時計の針の音と、わざとそれと合わないように叫ぶわたしの音。魂を抜かれているテレビ。床に積み上げられた教科書。エアコンは二十六度。みんな寝たふりをはじめたから、話し相手は拾った消しゴムだけ。床に一本フォークが座っている。わたしの横で座っている。姉妹みたいだね。話なんてしないけれど。わたしと同じくらい冷たい君と、目を合わせて見たくなってしまったから、今日はわたしの負け。…続きを読む
「あの日笑いあった秘密基地。探検したはずの路地裏。もう、見えない。」そんな声が聞こえた気がした。なぜ見えなくてはならないのですか。どうして自分の目が捉えることをやめたと思うのですか。「変わってしまった。自分。もう子どもには戻れない。」変わってしまったのは君だけじゃなくって、秘密基地も路地裏も見えないんじゃなくって、ほんとに消えてしまったの。君は過去が好きなのですか?それとも過去の自分?わたしはもう戻らないわ。「会えなくなった今も好きだよ。願いが叶うなら、もう一度だけ手を繋ぎたい。」叶った瞬間、君は満足して過去を捨てられますか?少年の日も初恋も全部。イヤホンの右耳側を外…続きを読む
埃っぽい朝を迎えるために眠ったわけじゃないけれど、だからってなんで眠ったのかなんて覚えてもいない。とりあえずカルピスを原液のまま飲み干したみたいな甘気持ち悪い気分で目覚めたという事実は変わらないし、きみから連絡がこないことにも何も感じない。まぁ、「きみ」なんて存在しないんだけれど。ぼくは部屋の隅で汚れきったこいつらと、本当はぼくになるはずだったあなたに怯えながら生きてる。「ぼく」が生まれる前からずっとこの体の隅でひっそりと、名付けられることもなくそこにいるあなたはまるで、埃みたいに可哀想で、やわらかい。誰よりも傷ついて、苦しんで悲しんで、それでも涙を流さないから、ぼくが代わりに泣いてし…続きを読む