-午後6時20分-退勤の電車に揺られ、片手を吊り革に固定した状態で出来ることなんて、SNSを眺めるくらいだ。『今日も8時から配信やります!』最近話題のゲームのタイトル画像を画面右によせて、左側にコメントが流れるスペースを作った簡素なサムネイル画像と共によく配信を見に行く実況者が宣伝を流している。『あと、7時には先週の配信の切り抜きもアップします!』そっちもあがるんだ。あと10分ちょっとで家に着く。適当に夕飯を済ませ、切り抜きの動画を見ながら配信でも待とうか。-午後7時-シンクにカップ麺の汁を捨てると、ちぎれた麺や細かく分かれた具材が流れ出し、シンクに残った。スマホの通知を見ると…続きを読む
同棲時代から、君は俺なんかには勿体ないくらい優しくて出来た人だった。はっきり言って、俺は相当なクズで、昼間から働きもせずに、意識が薄れ缶を持つ手の動きが鈍るまで酒を飲み続けたり、養ってもらっている身分で家の事もろくにせずだらだらと過ごしていた。ギャンブル癖も少し悪い。少しっていうのは精一杯の自己弁護。一月分の小遣いとして渡されていたお金を一週間でスって、君に泣きついた時の悲しそうな顔は忘れられない。 あの時は本気で自分を変えようと思った。俺がこんなクズに成り果てたのはいつからだったろうか。昔から要領は悪かった。出来もしないのに要領のいいやり方をしようとしては失敗ばかりだった。その度に兄貴に…続きを読む
私たち神の声を聞くものは、いつからか医学に通ずることを求められた。元々人々の困り事を聞くのは、聖職者としての責務だ。より忠実にその責を果たそうとした昔の偉い方がいて、御用聞きのような事をしているうちはまだよかった。主の力をより強め、信仰をより強固なものにしようとした100年前の大司教の改革時代から医学は完全に民間と切り離され、全て教会に集約。その結果、医学は祈りと同じようなスピリチュアルな領域のものとなった。『祈れ、さすれば救われる』市井の人に蔓延するこの思想は、病と向き合う時にすら口にされている。彼らには医学という分野に通ずる術もなく、ただ祈りによってのみ病と向き合っている。『私は教会で…続きを読む
『いつもお疲れ様! 神崎』 労いのメッセージと、その送り主だけが書かれた付箋を見つけた僕はその送り主の方に目をやった。こちらの視線に気づいた神崎さんは少し微笑むと、軽くウインクをして再び自分の作業に戻る。お礼を言うべきか、それとも文句か嫌味のひとつでも言ってやろうか、とても判断に困る。背もたれにかかったスーツの上着に直接貼り付けられた付箋に戸惑いつつも、社会人がやることか? と一人呟きながら剥がすと、そこだけ少し汚れているのに気づいた。さっきホワイトボードに背中が当たったときだろうか。あとでこっそり神崎さんの机にお礼を書いた付箋でも貼っておこう。…続きを読む
monogatary.comがオープンして今日が3周年記念日。 私がmonogatary.comに作品を投稿するようになったきっかけは「行き場のない自己表現欲」だ。初投稿作のタイトルは『脇役の目に映る世界』で、一言でいうなら「漫然と生きる人間」が「他人の些細な発言を拡大解釈」する話。けど、今までの自分の投稿作品の中でいちばんを選ぶなら断然『夜をこめて』かな。だって「書いたあとから色々後悔するほどに自分自身で世界観に浸れるもの」だから。 monogatary.comを使っていて、嬉しかったのは「挿絵にも掲載させてもらっている色紙を頂いた」とき。 ここだけの話、私はじつは「漂宵 雫」さんの…続きを読む
なんでねないの?僕は夜中まで遊んで終電で帰ってきました。そこから何となくYouTubeとか見てだらだら過ごしてたらこんな時間です。あれ?理由になってない?結局何となくじゃないか。投稿直後に見てくださっている方、真夜中ですよ。それ以外の方もこんなところ来るくらいなら寝たほうがいいですよ。それでは皆様おやすみなさい。…続きを読む
幼少期の夏といえば、汗だくで家に帰り冷蔵庫に冷やしているお茶に氷を入れて一気に飲み干し、その冷たさに暑さの中に清涼感を感じるものであった。最近、毎日のように続く真夏日の真昼間に珍しく外出した際にそんな事を思い出した私は帰宅後、あの頃と同じように製氷室から氷を取り出し、それを入れたコップ一杯のお茶を飲み干した。一瞬で飲み切ったあと真っ先に思ったことといえば、『これ氷無駄だな』ということだった。そう、この数秒で空になったコップには溶けだす暇もなかった氷が製氷室から取り出した時と同じ大きさで残っているのだ。よくよく飲み干したお茶の冷たさを思い出しても、別に氷を入れて冷たくなったとも思えない。氷を…続きを読む
暖かな風が優しく吹き、ようやく長い冬の終わりが近づいていると感じる。もうすぐ春だねなんて在り来りな言葉をかけようと右隣に目をやる。もうそこに貴方が居ないことはとっくに理解してるのに。貴方にも似た春の暖かさにあてられたのかな?なんて小っ恥ずかしい思いを胸に留め、無意識に止まっていた足を踏み出し、再び小春日和の街路を歩き出す。最愛の貴方を事故で失ったのは去年の暮れ、イルミネーションなんかが賑やかで、寒いのをいいことに恋人達の距離も近くなる頃。珍しく待ち合わせの時間に来ない貴方を待っている私に突然かかってきた貴方の携帯からの電話、そこで貴方がもう手の届かない場所に行ってしまったのだと知った。…続きを読む
時刻表が示す次の電車の時間は十分後だ。別に特段長くもないし、スマホでも眺めていたらすぐなんだろうけど、生憎今日はそういう訳にもいかなかった。太一と付き合うことになって一ヶ月、今日初めて一緒に下校することになった。テスト前の部活停止のこの時期じゃないと一緒に帰ることが出来なくて、一緒に下校するってだけで何か特別なことのような気がしていた。付き合いたての二人にはこの数分を各々勝手に過ごそうなんて思いもなくって、二人同じように過ごしていたくて。とはいえ、そんな甘酸っぱい空気感だけで間が持つのはせいぜい最初の三分くらいだった。相手を無視した暇つぶしをする訳にもいかず、この沈黙を打開することも出来な…続きを読む