初めて携帯電話というものを買ってもらったのは小学校4年生のときだった。その頃はガラケー時代の終盤にさしかかっていて、スマートフォンに主役の座を取られる過渡期だったと思う。それでも私は自分専用の携帯電話を与えてもらったという達成感に包まれていて、それがガラケーだろうがスマートフォンだろうが正直どちらでも良かったのだ。 中学生になると、電話帳には家族の名前以外に親しい友達数人と、はじめてできた彼氏の名前が追加された。彼のメールアドレスは応援しているプロ野球球団の名前が入っていた。彼が私に「メアドを教えるよ」と言って渡してくれた、お世辞にもきれいとは言えない字でメールアドレスが書かれた小さなメモ…続きを読む
私は黒猫。艶やかな毛並みに碧眼の黒猫。 私のご主人様は魔女。アーマダンツォ島に住む魔女で、万能薬の調合や動物の能力を進化させる魔法の研究、科学と魔法の融合を図る白魔女。 ”白”魔女というからには、勿論”黒”魔女もいるわ。ご主人様のような白魔女は、人の役に立つような魔法を研究する魔女。一方黒魔女は、人を駄目にする魔法を研究する魔女。人に迷惑を掛けるような呪文や魔方陣を編み出したり、魔法だけに頼るような生活を夢見る現実離れした魔女が黒魔女なの。 皆さん勘違いしてらっしゃる方が多いのだけれど、魔女や魔法使いは魔法が使えればいいってわけではないのよ。魔法には魔力だけではなく、その魔力を使いこな…続きを読む
埃っぽい朝のこと。カーテンの隙間から差し込む朝日の中に、小さな粒子が飛び交っている。 その光を目で追った先に貴方の横顔がある。丁度貴方の目元に光が当たって、眩しそうに眉間にしわを寄せている。 貴方の少し癖のある黒髪を指先でくるくると弄ぶ。下着だけを身につけた身体は少し肌寒さを覚えたけれど、私の心はじんわりと温もりを感じている。 お互いに仕事が忙しくてなかなか会えない貴方。2人で夜を過ごすときは、少しでも長く貴方を感じたくて、貴方の匂いを自分に染みつかせたくて、ホテル暮らしが常で滅多に帰らない貴方の家でいつも朝を迎える。 たまにしか帰らないから、掃除が行き届いていないこの部屋。部屋の隅…続きを読む
僕はアダルトチルドレンだ。アルコール依存症の母親から暴力とネグレクトを受けていた。 父親は母親のアルコール依存症治療をずっと続けてきたけれど、どうやらもう疲れ果ててしまったようだ。昨日学校から帰ってきたら、会社に行ったはずの父の革靴が玄関に揃えて置いてあったので、不思議に思って家の中を探すと、真っ赤な浴槽の中で微笑を浮かべた父が眠っていた。幸せそうだったので、起こすのもかわいそうだからそのままにして置いてある。一日経った今も、父は起きてこない。 母は僕を殴る、蹴る、叩く、首を絞める、家から閉め出す、食事を抜く……などなど、僕が考えつく「虐待」行為はだいだいしてきた。僕は辛かったけれど…続きを読む
授業開始3分前、スマホからLINEの通知音が鳴った。 机の上に教科書やらノートやらを出してすっかり勉強モードに入っていたが、机に伏せて置いたスマホをひっくり返して横目で通知内容を確認する。『今日、大学終わるの何時』幼馴染み兼セフレの翼からだった。 クエスチョンマークが付いていないから感情が分かりにくいが、翼が何を考えているのか分からないのは今に始まったことではない。はぁ、と小さくため息をついて通知バーをタップし、LINEを開いた画面に向き直る。無意識に口角が上がる。キーボードを打つ指が震える。『6時に終わるからそっち着くのは6時半くらい』送信した瞬間、既読になる。『改札で待ってる…続きを読む
水曜日の20時過ぎ、大学が終わって帰路につく私の唯一の癒やし。貴方に会ったら今週の今までの疲れも、これからの不安も全部吹き飛んでしまう。自動ドアをくぐると軽快な音楽が私を出迎えてくれる。12月の冷たい外気を浴びた身体が、店内に足を踏み入れた瞬間にふわふわとほぐれていく。私は迷わずお弁当コーナーに行き、温めに時間がかかるものを選ぶ。健康志向アピールでサラダを買うのも忘れずに。帰宅ラッシュが重なったこの時間帯は、いつも店内は混雑している。彼に会計をしてもらえるように、慎重に頃合いを見計らう。前の人が思ったより会計が早く終わってしまった。まずい、このままだと私の会計は彼じゃなくなったしまう!どう…続きを読む
いつも通る道 何気ない風景貴方と並んで歩いたから 特別な道になった右を見上げればすぐそこに 優しく目を細めた貴方の顔目線を下げればすぐそこに ほどけないように結ばれた二人の手前に向き直ればすぐそこに 永遠を誓った二人の未来いつか 貴方と並んで歩くこの道が いつも通る道 何気ない風景になるように…続きを読む
曇りがかった藍色の空に109の文字が浮かんでいる。電光掲示板の眩しさが、明るさに慣れない目に突き刺さる。吐く息が白い。指先がかじかんで小刻みに震えている。その手にはサクラM360J。革のグリップを握る手のひらにじっとりと汗をかいている。さっきまで目をつむっていたから周りの音だけを頼りに動いていた。私の側を通り過ぎると、途端に気配が消える。なぜだろう。そのあと足元に重みを感じていたけれど、そのまま動き続けた。私の意志とは別に身体だけが勝手に動く感覚。腕が、風を切る感覚。目では見てはいないけれど鮮明に覚えている。ふと、脱力感を感じて、膝から冷たいコンクリートの地面に崩れ落ちた。動機の激しい胸を…続きを読む
カランカラン、と心地よいリズムが店内の空気を揺らす。開店直後のカフェにはまだお客さんがいなくて、僕だけが窓際の丸いテーブルのある一角に腰掛ける。手元でかき混ぜるアイスコーヒーから、氷がぶつかり合うカランカランという音がする。僕しかお客のいない店内では、この可愛らしい音もどこか寂しげに響く。店のカウンターへと目をやると、洗ったグラスの水滴を拭くお姉さんがいた。丁寧に拭いて、拭き残しがないかどうかを窓から差し込む光に透かして確認する。きれいになったのか、「よし」と小さく声に出して頷いて、微笑をたたえながらグラスをカウンターの定位置に置く。この一連の動作はまるで大切な子供の世話をする母親のよう…続きを読む
朝5時。目覚ましが鳴る2秒前に目が覚めて、覚醒した状態でアラームの音を聞く。画面を見ずに、片手でスマホを操作してアラームを止める。5時10分。着替えてヘアセット開始。ヘアアイロンを温めている間に髪をヘアスプレーでまんべんなく濡らす。ブラシで梳かして寝癖を落ち着かせる。アイロンを滑らせて内巻きに巻く。ミックス巻きとかはあんまりしない。地味な方が先生に良く見られるし、優等生に思われる。実際優等生だからなおさらいい。5時20分。朝ごはん。昨日のうちに作っておいたおにぎりをかじりながら、テレビで今日の天気を見る。午後からにわか雨。じゃあ洗濯物は部屋干しにしよう。昨日洗濯した洗濯物はピンチにかけた状…続きを読む