まだ日が昇って間もない時間、人一倍目覚めるのが早いステラは今日も大部屋で寝起きしている誰よりも早くに目が覚めた。ひとつ伸びをした後、枕元の小さなサイドチェストタンス一つ分という、大部屋で寝起きしている彼女に許された小さなスペースの一番上に仕舞われている本を取り出す。 まだ朝日が差し込むほど太陽は昇っておらず、薄明るい部屋の中でステラは自身と同じ名前がつけられた本の題名をなぞる。そして適当なページを開き一通り目を通した後、最後のページまでペラペラとめくる。そうして裏表紙までくると、本を閉じてまた引き出しに戻した。 それが彼女の朝のルーティーンだった。 まだ他の子供たちが寝静まる大部屋を…続きを読む
風香が窓を開けたのか、車内に外からの風が入ってくる。もう海がすぐそこに迫っているのか、少し潮の匂いを含だ冷たい風は秋の気配を濃厚に感じさせる。 「どうしてこんな寒い時期に海に行くんだ?大学時代散々行ったじゃないか」 「いいじゃん海。何度だって来たくなる。新は海の近くで育ったから当たり前なのかもしれないけど」 助手席に座る風香をちらりと横目で見ると、少し唇を尖らせている。窓から入ってくる風が彼女の髪を悪戯になびかせる。その瞳はキラキラと輝いていた。まだ海の気配は、漂う潮風だけなのに、彼女の目前には大海原が広がっているかのように、移り変わるフロントガラスの遥か彼方一点を見つめていた。 風…続きを読む
四月、新しい季節で電車通学に慣れない学生が車内環境を悪化させる。憂鬱な気分で乗り換えのために次のホームへ向かう。五分程で電車が来る地下鉄だから前の電車から降りきた人達とすれ違う。その中に車椅子の彼がいた。こんな通勤の時間に車椅子なんて邪魔だな。そう、その日は思った。次の日、一日や二日で学生が電車に適応するかといったらそんなことはない。今日も過密した満員電車から一時の解放と、乗り換え間を歩き、次の駅のホームへ向かう。今日は少し早かったのか、ちょうどいつも使う電車の一本前の電車がホームに止まっていた。せっかくだし、今日は一本早い電車に乗るか。そう思い車両へ歩くと、隣の車両から昨日見た車椅子の人が…続きを読む
アスファルトのように真っ平らではない石畳みの道を、辺りを見回しながら歩く。中世の面影のある街中は、ヨーロッパに来てるんだなぁと改めて感じさせる。やっぱり、日本とは全然違う。大通りに面しているからか、たくさんの商店がある。どの店も趣があって素敵だなぁ。だけど、手当たり次第に店に入ることはせず、ただ目を滑らせる。その中で私の目を惹いたのはひっそりした雰囲気を醸し出しながらも、ドアや看板の装飾が凝っているお店。どうやらアンティークショップのようだ。私は未知の世界に入る心持ちで少しひんやりとしているその金属製の取っ手を引いた。 艶やかな床に狭いながらも、沢山の商品が雑多に並べられている。古びて傷…続きを読む