指輪はいつも私たちの間にいた。彼は左ききで指輪を右手に付けていたから、手を繋ぐと自然と指輪が重なるようになって真ん中にきて、私はそれが嬉しかった。2人で映画館に行ったときもそこにあって、クライマックスの大事なシーンで彼は触れるようにキスをした。あのときはびっくりして、少し怒ったけどほんとはすごく嬉しかったんだよ。…なんて、そんな話もうすることもないんだろうけど。「ねえ、ほんとに指輪いいの?」「…うん」掬うようにカップを持って、彼と同じブラックコーヒーを口に含んだ。当たり前だけど苦くて、最後だから、って変な理由で彼の真似なんかしなきゃよかったと今更ながらに…続きを読む
メリーは高層マンションのベランダからショットガンを構えていた。銃口の先はこれまた高くそびえ建ったビルのとある窓、狙うはそのさらに奥。そこには、頭が少し薄くなりはじめた40代くらいのオジサンが高そうなイスの上でふんぞり返っている。マンションとビルの間は20メートルほどメリーと男の間にはビル側に1枚、ガラス窓が隔たっている。男の名は草壁直久。ノーベル賞にもノミネートされた経験のある有名な科学者で、発明した技術を用いた精密機械などの発売を主とした会社を経営している。科学者に経営者、この2つを完璧に両立する彼は文句なしの成功者と言えよう。……それが罪なき人たちの犠牲の上に成り立つ…続きを読む
彼女は、”音”が好きだった。ピアノやギターの奏でる音色、水の流れる音、鳥の鳴き声、人の声、足音、その全てに耳を澄ましては幸せそうな顔をした。彼女は、「音は綺麗で魅力的で、そんな音を毎日聴けて、好きでいられる私はラッキーでしょ?」と笑った。音のない人生なんてありえない、と僕は、その全てを愛していた。僕は、僕のことなんて全然見てなくて、他のことが大好きな彼女のことが大好きだった。たとえ、僕の想いが伝わらなくても、僕の願いが叶わなくても、それでよかった。彼女が幸せなら、それでだから、僕は、ギターを弾く…続きを読む
鳥江はな あさひ高校2年。バスケ部。 役)谷朱音水瀬遥斗 あさひ高校3年。元サッカー部。 役)広瀬航太鳥江孝 社会人。はなの兄。 役)槙野真司羽田菜摘 あさひ高校2年。バスケ部。 役)唯野未来…etc今日は3ヶ月後に行われる舞台公演の台本が配られた。1ページ目には人物表とそれに対応するキャスティングが示されている。僕の名前は最後のほう、役名は学生B。台詞なんてないただのモブだ。こんなの役もないのと同然。劇団に入ってもう何年も、まともな役をもらっていない。これは、僕のこれからの人生の人生を示している。役割なんてない、社…続きを読む
一年以上同居していた彼女が出て行った。突然、ではあるが必然ではないと願いたい。朝起きると彼女は隣にいなくて、代わりにテーブルの1枚の置き手紙が残されていた。『おはよう急にいなくなってびっくりした?ごめんね。私はもう、きみと一緒にはいれないんだと思う。探さないで、なんて言ったらきみは楽なのかもしれないけど、私には言えないや。でもね、嫌いになったわけじゃないんだよ。一緒に居てしんどかったわけでもないただ、すごく身勝手だけど、ものすごく最低だけどなんとなく、この人じゃないんだなって思ってしまったから一度思ったらもうだめだった。自分勝手でごめんなさい。これからも元気でね』…続きを読む
正月。神社。ガラゴロ、パンパンッ入れたお賽銭の数だけ神様は願いを叶えてくれる。と、昔ばあちゃんが言ってた。だからか、お参りに行ったとき両親や祖父母は決まって私に一円玉を与えた。一円玉1枚、1円につき叶う願いはひとつあれは一体何年前の話だろう何十年も前のような気もすれば、ほんの数ヶ月前のような気もする。なんか、なつかしいな…っていやそんなことよりも、いま今、私は百円玉3枚と十円玉5枚、そして英世と一葉を数枚財布に所持している。毎年恒例だった一円玉は持っていない。さて、どうしたものかぱっと思い浮かんだ選択肢は4つ。①百円玉を1枚、賽銭箱に投げ入…続きを読む
「静かにしろ!!」うちのクラスの担任はいわゆる鬼教師ってやつだ。体育科の担当で、年中ジャージを着ている。あまりにも典型的すぎて、あだ名は「鬼瓦先生」ちなみに本名は佐藤一郎。普通すぎ。そんな先生のクラスで半年ほど過ごしたある日、事は起こる。その日のホームルームは体育祭のクラスリレーの走順を決めることになっていた。みんな、年一の行事、しかも一番盛り上がる種目ということで気合いは充分。順調に決まっていった。しかし、ひとつだけ、最も重要なアンカーが決まらない。手が挙がらないのではなく、手が挙がり過ぎて決めきることが出来ないのだ。候補者は4人。佐々木、山本、奥田、池野。…続きを読む