全てが終わったというのなら、あの人を帰して。終戦から半年、「必ず帰る」そう言ったあなたは帰ってこなかった。思えば、あなたを見送る最後の夜に不吉な兆候を私は感じていた。隘路から覗き込む黒猫の双眸が、壁を這う蜘蛛の所作がその日の私には全てあなたを奪いにやってきた使者にしか見えなかった。震える私はこれから死地へと向かうあなたにとって、良き妻ではなかったと思う。それでもあなたは「大丈夫」と、震える私を抱きしめた。同じように震える手で。私たち二人が初めて出会ったのは小学生の時で、神社で行われる村の小さな夏祭りがきっかけだった。私の祖母は祭りの夜店で手作りの団扇を売ることを毎年…続きを読む
この凍てつくステージだけが彼女の全てだった。僕の教え子である羽雪(うゆき)は、極度の人見知りであり、人に何かを伝えることが苦手どころか、簡単なコミュニケーションをとることさえ難がある繊細な子だった。彼女のコーチになって5年、彼女の才能の開花には目を見張るものがあった。彼女の武器はフィギュアスケートという世界で最も大切な観客の心を掴む迫真の演技力だった。明け方に開花するキンセンカのような彼女の笑顔に落とされたファンも多く、雑誌には「氷上のカレンデュラ」なんて大層な異名で載ったこともあった。人とのコミュニケーションが苦手な彼女がどうしてこれほど人を引きつける滑りができるのか最初は疑問が…続きを読む
私の人生の全てを賭けて守りたいものがある。私を『詩織ちゃん』と呼ぶ7歳の娘は、私が本当の母親だということを知らない。私が17歳の時に産んだ彼女は父親さえわからず、母親である私のことは隠されている。16歳当時、私は売り出し中の駆けだしの女優であり、事務所からの期待を一身に背負うというストレスに苛まれていた。私のストレス発散は専ら異性との交遊であり、それが純であれ、不純であれどちらでもよかった。そんな情けない私生活を送っていた私に宿ったのが『詩音』だった。女優としての体裁を守るために堕ろすことを勧められたが、私にはその選択はできなかった。自分に宿った命を消してしまうことを受け入れ…続きを読む
この世界には産まれ落ちたその瞬間から優劣が存在するらしい。私が自分の名前を自覚した時、私には母も父もいないということがわかった。『エミリア』とそう呼ばれる私の名付け親は、同じく親も家もない浮浪者グループのリーダーの青年だった。彼はこの世界には3種類の人間が存在するのだと、よく私に説明してくれた。一つは貴族、もう一つは平民、そして私たち奴隷。とは言っても私たちは脱走した奴隷の子であり、貴族からすれば疎ましく思うだけの存在である。ともすれば、私たちは4種類目の人間なのだろうか、とそんなことを考えていた。家をもたない私たちの住処は、打ち捨てられた廃屋ですらなく、橋の下に積み上げら…続きを読む
昨日、60年連れ添った妻が死んだ。彼女はカラカラと太陽のように笑う娘だった。亭主関白、と言えば聞こえのいい、ただの我儘な男であった私のようなものによく最後まで尽くしてくれたと思う。ただ、一つだけ恨み言を言ってもいいのであれば、せめて世界の終末の日まで私の傍にいてほしかった。今、世界を賑わしている巨大な隕石によってこの世界は明日滅びるらしい。もし、彼女が生きていれば私はどうにか生き残る術を探していただろう。だが、彼女のいなくなったこの世界は、終末などというものを待つまでもなく私の中ではすでに果てへと到達していた。同じ場所に住むもののほとんどは、存在するのかもわからない「安全な…続きを読む
私の少し変わった優しい神さまのお話を聞いて。オシラさまは人ではない。私の家に住み着くそれは私以外の人間には見えないらしい。それは真っ白な長髪に蚕のような触覚、白い和服に白い下駄。そして真っ白で透き通るようなキレイな肌をしていた。そんな白で染め上げられた彼女だから、その黒真珠のような瞳はより一層際立っていた。白目の部分は存在せず、深い深い黒だった。何をするわけでもなく、私が幼い頃からオシラさまはずっと私の傍にあり続けた。私が縁側で昼寝をしていれば同じように彼女も横で寝ていたし、部屋で絵を描いていればそれをじっと楽しげに見つめてくれていた。ある時、オシラさまを外に連れ出そ…続きを読む
東京に出て4年、広告会社の仕事は田舎で育ったのんびり者の私にとっては酷い苦痛の連続で、最後の方は出勤しようとするだけで嘔吐してしまうほどだった。生きるために仕事をしていたはずが、気がつけば仕事をするために生きるだけの操り人形になってしまっていた。母に泣きながら電話をしたとき、「帰ってきなさい」とそう言われた。もし、あの言葉がなければたぶん私は心と体が磨り減ってなくなってしまうまで頑張ってしまっていたかもしれない。私の場合の話だけれど、働くことは、生きるための理由であり、働くことが生きる理由にすり替わってしまう東京という街が私は酷く恐ろしい場所に思えた。人間誰しも、得意と不得…続きを読む
知らないことは幸せなことだと思う。何も考えずただ命をチラつかせるだけでよかった。闇夜に光を放つそれは誘蛾灯のようにヤツらを群がらせる。俺はただそこに鉛の弾丸を打ち込み奪って、奪って、奪って。引き金を引いて、相手の命を奪うとき。俺は何も感じることがなかった。ただ目の前のやつが血を流し、倒れ、動かなくなる。たったそれだけのことだった。たったそれだけのことのはずだった。ある晩のことだ。殺し、奪い続けてきた俺を可哀想だという女に出会った。俺が手を上げても何をしても、可哀想だというその眼差しは決して怯むことはなかった。思えばあの芯の強さに俺は惹かれていったのだろう。俺を哀れんだ彼女…続きを読む
バカでいられたらそれがきっと一番幸せだった。自分が何か特別な存在ではないかと漠然と思えた高校時代、登校して校門で先生にピアス、第一ボタン、髪色、その3点セットを怒られるのが定番だった。「うるせえな」と悪態をついては体育倉庫の裏側に行ったっけ。そのまま面倒になって帰ったことも何回もあった。寝坊した日は友人を巻き込んでファミレスで朝から他校の女の子が可愛いんだとか、あいつの彼女はぶっちゃけ全然可愛くねえが胸がでかいだとか、本当に何の意味もないようなことを話して笑っていた。それがいつまでも、どこまでも続くものだと思っていたんだと思う。秀才でも、バカでも同じ時間の中で生きていることに変…続きを読む
Twitterで怪奇ムーブ多め、らびです。杉野みもざさんから面白くなかったら命はないという脅しと共にバトンを受け取りました!ありがとうございます!あ、やめて叩かないで...なんかみんな楽しそうなことしてるな〜!ぐらいの気持ちで眺めてた勢だったので嬉しいです!前置き長くてもあれなので質問に答えていきます!『100人に1人が該当しそうな質問』金犀さん『牛丼チェーン店に行ったことがない人』https://monogatary.com/episode/109819→×牛丼チェーンにはたまーに連れて行かれるんですけど、牛丼は食べないです!だいたい何か定食を食べ…続きを読む