幼稚園児の娘のマイブームは、手紙を書く事である。 あまり正しくは書けないが、ひらがなを概ね書けるようになってきたので、毎日のように誰かしらに手紙を書いている。 その娘が先日、作品作りをやりたいと申し出てきた。 夏休み期間中にお友達が空箱やトイレットペーパーの芯で工作してきたのを覚えていて、ずっとやりたかったようなのである。 早速開いて乾かした牛乳パックを与え、作品作りに没頭してもらう。 ペンに加え、はさみやテープも貸し与えた。 さて、数分後完成したので見て見て!と言うので見に行ってみれば、そこには元通り組み立てられた牛乳パックが。 なんでも中に字を書き込み、本人的には万華鏡のよ…続きを読む
どんな種類でもいい。死ぬまでの間に、何らかの本を出版する。 これは、二十歳頃に決めた私の人生の目標だ。 そしてこの目標は、最近思いがけない形で叶った。 そう。 自分の考えた話、『ミキちゃんとコタローの内緒の冒険』が絵本として出版されたのだ。 知らせを目にした時、ひどく混乱した。 たまたま美容室で散髪している最中だったので、頭にターバンを巻いた状態でケータイを片手にオロオロしていた私は間違いなく不審人物だった。 それから時は流れ、8月も下旬になった頃。 monogatary.com様のご厚意で見本本を送っていただける事になり、遂に現物を手にする時が来た。 実物を手に、私は…続きを読む
鋭く尖った爪を黒板に突き立てた娘は、キイィーッと音を立ててそれを引っかいた。「あら。爪がはがれちゃったわ。イタタ」「何をしとるんだお前は。行儀が悪い。食事中だぞ今は」 隣では夫が、空になった皿にこびりついたシチューを、スプーンで何度も何度もかき集めている。 現在は五泊六日の旅行中だ。 三泊目となる今夜は、崖の上にそびえ立つ心霊現象の多発しているホテルで夜を明かす予定だ。「母さん。そういえば家の鍵はちゃんとかけてきただろうね」「え? ええ……」 そこで私は思い出す。 遥か遠い自宅のリビングの窓を、開けっ放しにしていた事に。…続きを読む
「いや、ダメだ。アンタだけは乗せない、シンデレラとやら」 馬車は、開口一番そう言い放った。 既に馬車へ足をかけていたシンデレラ。 彼女のサッと後退りする様子を見ていた魔女は、アタフタしながら馬車へ詰め寄った。「ど、どういう事だい馬車! 言う事をきかないとカボチャに戻しちまうよ!?」「フン。ならそうしてくれよ。とにかく俺ぁ嫌なんだ。コイツを乗せたくない」「あ、あの、馬車さん! 私、何か気に障る事をしたんでしょうか? お願いですから、私をお城まで連れていって下さいませんか」 馬車はシンデレラをジロッと睨みつけ、吐き捨てるように言う。「アンタは舞踏会なんかに出ない方がいい。諦…続きを読む
片手に煙草。 もう片方の手には缶ビール。 一仕事終えた私は、日課である夜の一服を楽しんでいる。 多数の家族が住むマンションとはいえ、深夜はさすがに静かだ。 ふと缶ビールが空になった事に気付いた私は、おかわりを取りに部屋へ戻ろうとする。 が。「あれ?」 窓が開かない。 よく見ると、鍵が閉まっている。「あれ? タッちゃん閉めちゃった!? まさか」 パニックになりながら、私は乱暴にガラスを叩き始めた。 窓枠に足をかけ渾身の力を込めて開けようとするが、開くはずもなく。「嘘! なんで!? タッちゃん! 気付いて、タッちゃん!」 軽くガラスを叩くが、中からの反応は無…続きを読む
地下深くに作られた牢獄で、ある青年が縄で縛られ、鞭を打たれていた。 彼の名は平助(へいすけ)。 日焼けした肌が印象的な、精悍な顔付きの男だ。 平助は、裕福な商人の蔵に侵入した罪で投獄されていた。「この盗人めが! 眠るんじゃねぇ、起きやがれ!!」 筋骨隆々とした裸の大男が平助の頬を平手打ちする音が、狭い地下牢にこだまする。 ムッと空気のこもった地下牢には、絶え間なく鞭の音が響き渡っていた。 長時間続く拷問。 それ故平助には、もう呻く力さえ残されていなかった。「おぉい、目ぇ閉じてんじゃねぇぞ?」 大男は項垂れた平助の髪の毛をむんずと掴み、乱暴に顔を上げさせる。「明…続きを読む
穴があったら入りたい。 外遊びから帰って来て、子どもが手洗いをしていた。 彼女が乱暴にコップを扱ったことで、歯ブラシが洗濯機と壁の隙間に落ちてしまった。 もう取れない。 通算何本目なんだ、と短気な自分は怒り、ブツクサ言いながら洗濯機をどうにかしようとしていた。 と、スマホを入れていたポケットが妙に熱いことに気付く。 不意に取り出すと、何故かカメラが起動していて自分の顔が映っている。 LINEのライブモードをご存知だろうか。 生動画配信とでも言えばよろしいか、そのような状態の事を差す。 要するに、何故かポケットでLINEライブが作動していたわけである。 しかも、幼稚園の…続きを読む
「内緒だよ……? あのね、あたし本当はウサギなんだ」「……へっ!?」 とある日のこと。 絵本の棚の前でピョンピョン跳ねている女の子に絵本を取ってあげたら、そんな事を言われた。 灰色がかった髪の毛が特徴的な、まんまるい目をした子だった。 小さな子の話にどう答えてよいかわからず、沈黙してしまった私。 するとどこからともなくその子の母親らしき女性がやってきて、「ま、子どもの言う事ですからお気になさらず。おほほ」 と、素早くその子の首根っこを掴み、立ち去っていった。 漆黒のゴスロリファッションに総縦ロールの金髪。 そんな彼女の出で立ちに驚く私へ、子どもはずっと手を振っていたけ…続きを読む
男が床に大の字で寝転がっている。 パチッと目を覚ました男は起き上がり、ぼーっとした表情で辺りを見回した。 薄暗い室内。 整然と並んだ机。 薄汚れた黒板。 どうやらここは夜の教室のようだ。 男は自分が学ランを着ている事に気付き、呟く。「……夢か」 ズボンに手を突っ込み、ボリボリと尻を掻きむしる男。 男は学生と言うには老けすぎているような見た目だ。 よく見ると、教室には似つかわしくないものが所々置いてある。 落ち着いた色合いのラグマット。 水玉模様の枕。 辺りに散らばっている様々な種類のぬいぐるみ。「夢ならではって感じだな……」 男は教室の出入口の引戸に手を…続きを読む