人間を半世紀以上やっているので、日常生活はごく当たり前のように過ぎてゆく。この前50代になったばかりのつもりが、今年の誕生日で55になる。四捨五入すれば60で、アラフィフからアラカンにクラスチェンジだ。 会社員生活も30年を超えると、日々の出来事は小さな喜びと小さな苦しみばかりで、心が沸き立つような出来事にはそうそう出くわさない。 人生の消化試合をしてる身に一日はなんとなく過ぎてゆき、どの時間帯が好きかと問われても答えに困ってしまう。 だが日常を離れれば、色褪せた世界に彩りが添えられる瞬間がある。 私の場合、それは旅先で出会うことが多い。 宿泊していたビジネスホテルの無料朝食が始ま…続きを読む
『いつ』『どこで』が曖昧なお話は苦手である。全然気にならないという方もおられよう。しかしその一方、私と同じく気になって仕方がないという方、あまり意識したことはないが言われてみればそう思うという方もそれなりにおられるのではないか。 例えば主人公は少年で、剣と魔法が使える。彼は父の敵であるモンスターを倒すため修行の旅に出る。鍛錬を重ねた結果、見事宿敵を討ち果たすものの、世界を侵略する魔王軍の存在を知り旅の目的は魔王討伐に変わる。様々な人との出会いと別れ。少しずつ増えていく仲間。皆の力を合わせ、ついに魔王を倒し、青年になっていた主人公は勇者と呼ばれるようになる。というテンプレの英雄譚があったとす…続きを読む
私の名字は、結構珍しい。蔵が開くと書いて『くらあく』と読む。全国でも10人程度しかおらず、全員親戚だ。 由来はよくわかっていない。『蔵が開いて出てきた』のがご先祖様だとしたら異世界転移っぽいなと思った事もあるが、どうやらそういう事ではなさそうだ。明治の御一新の時に『おまえの家はいつも蔵が開けっぱなしだから蔵開でいいんじゃないか?』というノリで付けられた名字である可能性が濃厚だ。 名字が珍しいだけなら構わないのだが、私の場合名前がよろしくない。『賢人』と書いて『けんと』と読む。賢い人になって欲しかったんだよ、と命名者である親父は言っていたが、絶対に嘘だ。冗談で付けたのに決まっている。 そ…続きを読む
まず、大声で泣き叫びます。 他に問題がなければ、概ね3分以内に彼女は駆けつけて来ます。 唇に押し当てられる乳首。 口腔に溢れる、温かい母乳。 究極で至高のメニューといって差し支えないと思います。 先にオムツを点検されると3分以上待たされるのが問題ですが、泣き方を変えてみるなど工夫をすることで改善される可能性もあります。…続きを読む
ベッドの上に横たわる彼女にキスをすると、彼女はしばらく考え込んだ後、するりと部屋を抜け出した。 場所はわかっている。焦る必要はない。 郊外の国道沿いで朽ちかけているドライブイン。営業をやめてからもう10年以上経っている。深夜の国道を時折トラックが通りすぎるが、気にする者は誰もいない。 耳を澄ませると、ぶーんという低い音が聞こえる。エアコンの室外機が稼働しているのだ。これも事前にわかっていた。彼女は鞄の中から瓶を取りだし、中の液体を室外機の中に注ぎ込んだ。 数分後、彼女が屋内の一室、以前はスタッフルームだった部屋に入ると、そこには4人の若い男達が倒れていた。彼女は男達の衣類を剥ぎ取り…続きを読む
「姉さん、ほら、ここがこんなになってるよ?」「イヤ! 見ないで!」 ヒロシはせわしなく動かしていた右手を止めると、姉の両肩を押さえつけた。「そろそろ、挿れてみようか」 冬に吐く息は白い まるで口から魂が抜けていったみたいだ だったら夏には 魂は抜けないんだろうか「私たち、姉弟なのに、こんなことをしてしまって……」「だって好きなんだもの。仕方ないよ」「……うん。私も好き。ヒロシ」 そして姉の指は、ヒロシを再び奮い立たせた。 美味しいものを食べると幸せな気持ちになれる 幸せな気持ちでいると何を食べても美味しい 美味しいから幸せなの? 幸せだから美味しいの? だ…続きを読む
中学一年生の時に「幸せとは何であるか」という作文を書いたくらいで、私は幸せについてこれまでいろいろ考えてきた。もう40年くらい考えていることになる。 一応、答えらしきものは見えてきている。一言で言えば「幸せとは比較である」ではないかと思う。 この考え方の発端は、私の父の思い出話である。昔、家族で食卓を囲んでいるときによく話していた。「今はこうやって毎食白いご飯が食べられるが、戦後しばらくは食べられなかった」「友人のO君の家は金持ちで、毎日弁当が白飯だったので羨ましかった」「世の中も平和になって、白飯が好きなだけ食べられるのは幸せなことだ」 そう言っている割には、飯の度に幸せそう…続きを読む
朝起きると、胃がむかむかする。あきらかに飲み過ぎである。当然のように気分はすぐれない。 着くまでに世界が終わることを願いながら会社に向かう。 会社の最寄り駅のコンビニでパンと野菜ジュースとペットボトルの温かいコーヒーを買う。野菜ジュースの銘柄は決まっていて、他のものにすると良くないことが起きる可能性が高い。以前、ついうっかり別のメーカーのを買ったら通勤途中に地震が発生し、電車の中に閉じ込められた。電車が停まっていた時間は短かったので、それほど酷い呪いではないのかも知れない。 会社に着いたらパソコンを立ち上げ、メールをチェックして今週のスケジュールを確認する。最近は物忘れが酷いので、週末…続きを読む
今年もまた、夏が来た。毎年恒例、位置情報ゲームのキャンペーンで、日本全国47都道府県に100か所設定されたポイントを巡る旅。期間は7月8日から10月15日までの100日間。毎日がお休みなら1日1か所をゆっくりと廻るところだが、勤め人の身の上ではそうもいかない。一応、土日祝日は休みの職場である。カレンダーで数えてみたら、休みは33日あった。これなら1日3か所のペースだ。今年のチェックポイントは主に城跡に設定されている。城めぐりも嫌いではないし、できれば足を運びたい。とはいえ例年とは異なり、新型コロナウイルスが流行している昨今、緊急事態宣言は解除されたものの、関東圏を中心にまだ収まる様…続きを読む
世界的に新型ウイルスが大流行した。 感染したから必ず死ぬというわけではないが、風邪のように症状が軽いわけでもない。年寄りや子供、病人などが感染すると結構危ない。 インフルエンザと同じような移り方をするので、政府や保健機関は手洗いとマスクを推奨した。法律で取り締まる国は多くなかった。大多数の国は自由主義を標榜していたので、最期の判断は国民に委ねるしかなかったのだ。「新型ウイルスの流行が世界中で収まらない中、我が国だけがこの問題を解決できたら、いろいろと有利になる。何か良い知恵はないかね」 ある国の最高責任者が側近に漏らした。「どこの国でも同じ事を考えているでしょう。一番手っ取り早い…続きを読む