陽光が射す教室。私はその隅でガリガリと重い音を立てながら筆を走らせる。紙に書く。『好きです』と。その言葉は初めて、ノートの罫線をはみ出した。『大好きです』自分の声なんかでは絶対に紡げないから。紙に全てを受け止めて貰う。シャーペンの芯がポキ、と音を立てて折れた。HBじゃ、背負いきれなかったか。普段じゃ絶対に出せない筆圧。筆圧選手権があったらきっと優勝してしまう。濃い筆跡が想いの強さを物語っていて、思わず苦笑する。『拝啓、鈍感すぎる君へ私はずっと、貴方が大好きですあなたに好きな人が居ることは知ってますそれでも私は貴方に好きと伝えたいどうか気付いて貴…続きを読む
この世界には"伝説の剣"が2本存在する。ひとつは正義に輝く白銀の聖剣。もうひとつはそれを穿つ漆黒の魔剣だ。勇者は聖剣を持ち。魔王は魔剣を持つ。聖剣が魔王の心臓を貫いた時聖剣は黄金に輝くという。勇者は魔王を倒すもの。俺は勇者だ。俺は悪を討ち滅ぼすため聖剣を振るう。10年前、国の民を惨殺した魔王を決して許さない。俺の家族を殺した魔王を決して許さない。俺は死に物狂いで聖剣を振った。魔王に近付き、復讐を果たすため。そして聖剣の真の輝きをこの目で見るため。俺の前に立ちはだかった者共は俺の信じる正義のため容赦なく斬り…続きを読む
満月の時が良かった。今や、全てを失った私を優しく抱きしめてくれるのは月の光だけだから。月光に一番近いこのビルを選んで正解だった。いつからか、自分が何者なのかわからなくなった。自分の名前、家族、恋人、友達。大事なことばかり忘れて、自分の殺し方だとか、くだらないことばかり覚えていた。鏡に映る赤の他人。私の家族だと言い張る赤の他人。私の親友だと言い張る赤の他人。私の恋人だと言い張る赤の他人。"私"の愛した人達は何処にもいない。 愛され愛した記憶を全てを失った私は、"中身のない人形"と呼ばれた。私の母親だと言い張る女は毎日のように泣き叫んで、私の恋人だと言い張る男は蝋人形の様に、絶…続きを読む
同窓会という名の自慢大会。 どれだけ自分がいい大学に行ったか。どれだけ稼ぐようになったのか。玉の輿に乗ったとか。学年で1番バカだった奴が大金持ちになってるとか。心底、どうでもよかった。足の速さや身長の高さで競い合っている頃の方がまだマシだった。次からは出席してやらないと心に決めた時、懐かしい声が「久しぶり」と僕に耳打ちした。「この飴、覚えてる?」そっと顔を上げると両手に飴玉を二つ持った葵が微笑んでいた。個包装された真っ赤なパッケージを見るなり、懐かしさに胸が締め付けられた。コーラ味と厳ついゴシック体で書かれている。幼馴染だった葵と近所の駄菓子屋でよく食べたものだ。まだ売ってたなんて。…続きを読む
私は眠る時が1番好きですだって私の見る夢では貴女がまだ生きているから貴女をこの手で抱きしめられるからそれ以外の理由はありません夢の中で貴女に泣きながら抱きつく私に貴女は首を傾げながら笑います「お願いだからどうか生きていて」無責任に願う私の声に「もちろん生きるよ」と貴女は答えます「じゃあ、明日10時に駅前のカフェに来てくれる」その私の言葉に、「別れ話するんじゃないでしょうね」貴女は悪戯に笑います。「そんなわけないでしょ」私はまた泣きました。「ただ、貴女に会いたいだけなの」目を覚ました私は約束の時間に駅前のカフェに向かいました。いつものカフェ。いつもの窓際席で貴…続きを読む
私の瞬きは他人よりもゆっくりらしい。 間抜けな欠伸が4、5回出るほどにゆっくりだ。ぱち。瞼を開けば、本能寺が燃えていた。ぱち。 もう一度開けば原始人が火を起こしていた。私の瞼はまるで舞台の緞帳。瞼が降りる時、物語は終わって瞼が上がる時、物語が始まる。瞬きと共にタイムスリップを繰り返す。刹那の旅。私はこの不思議な瞼が好きだった。次から次へと繰り出される新たな物語を求めて私は瞬く。ぱち。更にもう一度瞼を開いた時君と出会った。「大丈夫ですか」尻もちをついている私の前を、素通りしていく人々。それを掻き分けるように差し…続きを読む
「大人の事情により、3年2組佐々木和人は、本日より2週間、学校を欠席させて頂きます」酷く痩せこけた和人は細い指で携帯を必死で支えながら、そう高らかに宣言した。「おいおい、欠席の電話任せてみれば、大人の事情てなんやねん...あんたまだ高校生でしょうが」その様子をキッチンから見ていた和人の母、久美は呆れ顔で笑った。その手元では、ベーコンと卵がフライパンの上でジュージューと食欲を唆る音色で鳴いている。「世界救うから休みますとは流石に言えんやろ」美味そうな朝食に見向きもせず、和人は囁いた。和人には重大な任務が待ち受けているようで、その表情には少し曇りがあったが、大仕事だからこそのや…続きを読む
何もかもが崩れゆく音がした。人間達の激しい慟哭と共に、鉄の香りが大気に織り込まれる。槍のような雹が人を殴り、蠢く溶岩が街を溶かす。高すぎる波が木々を薙ぎ倒す様、大地のひび割れに飲み込まれていく人々。地球の死に様はどんな大罪人よりも無様で、思わず笑ってしまう。どう足掻こうが、ここも何れは崩れ去るだろう。この期に及んでまだ避難を呼びかけるラジオ番組に、恋人は冷笑を浮かべていた。「もう終わるのね」瞬きの多い瞼。穏やかに息を含む鼻。ゆっくりと動く唇。それは、いつも見る横顔と何ら変わらなかった。 いつものソファに身を沈めて、いつものマグカップで紅茶を飲んで、いつものクッキーで頬を膨らませて。冷静、と…続きを読む