ずっとずっと存り続けたものが突如として消えた時、どうしようもなくなった。居場所をなくし、行く先を見失い、自暴自棄になって、ただ日々を過ごして、時が流れた。そしてまた、彼女は俺の前に現れた。---------------「私明日行くから」あぁ……またか。「今度はどこに」「アメリカ。ロサンゼルス」「はい?」太陽が沈んだ後の夕暮れ時。パソコンとぼんやりとした月の光が照らす、薄暗くなったこの部屋に、俺の力の抜けた素っ頓狂な声が響いた。けれど俺はただひたすら画面を見ながらキーボードを叩く。卒論の中間発表が近づいている。今までサボってきた分のツケが溜まってこうなったから、自業…続きを読む
よくありがちな話だ。友達の彼氏を好きになってしまうことなんて。私は誰にも言えない想いを抱えながら、使わなくなった国語のノートにただ想いを綴った。書いても書いても消えてくれないこの想いは、どこにいくのだろうか。そんなこと、本気で考えた。私はいつものようにノートを勉強机の中にそっと閉まって、誰にも見られないように鍵をかけた。あれから、数年。同窓会で会った彼は、あの時とは人が変わっていた。明るいのは元からだったけど、あまり女の子とは喋らないイメージだった彼が、今日はよく喋っている。お酒のせいだろうか。高校時代、彼は野球部で、短髪の黒髪だった。けれど今は明るめの茶髪で、緩くパーマをか…続きを読む
煙草の匂いが鼻をかすめた。虚な視界の中、ゆっくりと身体を起こすと、ベットの軋む音がした。私は彼に背を向けるようにして毛布から足を出し、膝を抱えて窓の外を見つめる。住宅街の中にポツリと浮かぶ少し欠けた月が、いつもより綺麗だと思った。「何か飲む?」彼が怠そうな顔で冷蔵庫を開けるのを、ぼんやりと横目で見つめる。「水」「はいよ」見ていたことを気付かれないよう目を逸らすと、ペットボトルの水を渡され、嫌な予感をかき消すように一気に飲み干した。いつもと変わらない日常のはずなのに、いつもと違う空気感があって、私はそれに怯えていた。これは、彼が何かを話そうとしている時のものだ。…続きを読む
私は魔女。今日も私は生きる。●私の特技は小さなお花を咲かせること。お花の名前はマーガレット。でもそれだけしかできない。魔女は色んな特技を持っている、と思われがちだけど、ひとつのことしかできない魔女がほとんど。でもそのひとつが空を飛べたり、人の心が読めたり、大層なものである魔女が多い。でも、私の能力はちっぽけなもの。何で私は生まれたのだろう。今日も生理痛がひどい。●自分の生きる意味なんて、考えた方が負けだと思う。色んな人がいるから、こんなことで悩んでいる人はいるのかな、いないのかな。生きる意味を見失っては、何とか生きる。特別熱狂するものなんて、ないもの。そんなもの作っ…続きを読む
寒空の下、君を必死に追いかけた。彼女は徐々に遠くなり、僕は息を切らしながら、人混みの中に消えていく彼女の姿をただ見つめた。人々が行き交い、色とりどりのイルミネーションが光り輝く街中で、その場に取り残された僕は、光を失った。この想いと後悔は行き場を失い、深く、落ちていった。あれから、何年経っただろう。ただ生きていくためにバイトをして、疲れて、寝ての繰り返し。そんな毎日が、もう何度続いたか分からない。就職浪人した挙句、どこの会社にも入る気になれなくて、大学生の頃からバイトしていた近くのコンビニでそのままアルバイト。お金なんてあるはずもなく、生活水準は最低レベルの貧乏暮らし。そんな日…続きを読む
チクタクチクタク。「死にたいの?」チクタクチクタク。「生きたいの?」チクタクチクタク。「「さぁ、どっち?」」-----------------------私はどこにでもいる高校生。それなのに、今日もこの学校は狂っている。いつからだっただろうか。空から真っ青なバケツが落ちてきて、白い光を放つ刃物が目の前で踊るようになったのは。どうしようもなく笑いが込み上げてくるほど、この生活に慣れてしまった。きっかけなんて些細なこと。いや、違う。きっかけは些細でも、これは私が今までやってきたことの見返りなのかもしれない。私は昔から、「言い方」について、親から友達…続きを読む
じめじめとした雨を含んだ夏。日差しが強く照りつける。アスファルトから跳ね返った生温い靄が、私の足取りを重くする。生い茂った木々と、時々しか通らない車。暑さから逃げるために、避暑地と呼ばれるこの土地に来たのに、私は駅に着いてから30分も強く照りつける太陽の中で歩を進めている。こんなことなら、家でクーラーをつけて本でも読んでいた方がマシだった。一歩、一歩と歩くたびに足元がふらついて、精一杯、地面を踏みしめる。周りの日陰を探しても、太陽は真上にあって、側にある木々達は、ひとつも役に立たない。取り敢えず、歩くのをやめよう。端に寄ってしゃがみ込み、恨めしく太陽を見上げた。私が逃げ…続きを読む
ただ、青かった。どれだけ遠く、行く先を見ても。この向こう側に別の色があるなんて……考えられない話だ。わたしは『青』というざっくりした分類でしかこの水平線の色を表現出来ないことに、もどかしさを感じた。あの先にいる先輩は、何色だろう。不意に頭に浮かんだ突拍子もない疑問に、答えは意外にもすぐ浮かんだ。黄色。記憶を巡らすと思い当たるものがある。月桂樹のせいかもしれない。『月桂樹って葉ばかり有名だけどね。黄色い花を咲かせるんだ』そう言った先輩の少し掠れた声は、今も脳裏に鮮明に蘇らせることが出来る。『ほら、あそこ』そう指差した先輩の横顔も。鼻が高くて、目は涼し…続きを読む
「出来ることは何でもする。だから死なないで!!」屋上で、フェンスから首を出して空を眺めていた俺を見つけて彼女は大声で叫ぶと、後ろから制服の裾を引くように掴んだ。俺の濃いグレーの毛糸のベストに雪のようで真っ白な小さめの手がよく映える。泣きそうに必死に出した声と、潤んだ瞳は、まるで雪解け水のように透き通っていた。俺が音楽を聴いていても聞こえるほど、大きくはないがよく通る声だった。耳につけていたイヤホンを片方だけとって少しある段差の高い位置から俺は彼女を見下ろした。ぶら下がったイヤホンからはスピッツのロビンソンの伴奏が小さく流れ、俺の耳に入ってくる歌はあの有名なサビに入…続きを読む