以下はとある質問者と回答者によるインタビューの記録であり、いつどこで行われたのか詳細は不明である。なお簡略化するために質問者を質、回答者を回と記す。質「突然ですが、私とあなたが今ここで出会ったのは運命だと思いますか?」回「運命、というのは“必然”ということですね?」質「はい。」回「そうですね、私は“必然”ではなく“偶然”だと考えています。」質「それは何故でしょうか。例えば私には妻がいますが、妻と出会ったのは偶然ではないと思っています。同じ大学Aに通っていたから出会ったわけですが、その大学Aに通うことになったのは私がそこの地元出身であったからですし、そこが地元であったのは私の親がそ…続きを読む
コールドスリープという技術がある。遥か遠く、何十年何百年も宇宙の旅をする際に、宇宙船に乗船している人間が目的地に到達するまで生存できるように考えられたものだ。この技術を簡潔に説明するなら、身体を冷蔵し目的地につけば解凍してはい元通り、こういった仕組みだ。人間の身体は成人だと約6割が水分であるが、水を凍らせると体積が1.1倍に増加する性質ゆえ、凍結させると細胞膜が破壊されて解凍しても元には戻らない。そのため冷凍保存といった手法ではなく、例えば熊などが行うように“冬眠”状態で身体の代謝を制御し加齢速度を大幅に減速させる方法が主流である。さて、2050年になると地球資源の枯渇と急速に進む宇…続きを読む
昔々、ある所に爺さんと婆さんが住んでいた。爺さんは山へしば刈りに、婆さんは川へ洗濯に行った。婆さんが川で洗濯をしていると大きな桃が流れてきた。「大きな桃じゃ!家に持って帰るべ!」 婆さんは数十キロはあろう桃を片手でヒョイと持ち上げ、背中に担いで家に帰った。家にある名刀でその桃を切ると、なんと桃の中から真剣白刃取りをする赤ん坊が出てきた。「あんた!あたしの太刀筋を見切るとは大したもんだね。」 爺さんと婆さんは驚いたが、すぐに二人ともガハハと笑い合った。「名前はなんにしようか、爺や。」 「桃から生まれたから桃太郎にすんべ。」 「いいねぇ。ふふ、あたしが強くしてやんよ。」 …続きを読む
【天敵】:ある生物に対して寄生者や捕食者となる他の生物。ピピピピピピピピ。スヌーズ機能でもう既に5回目のけたたましいアラーム音で、岩崎翔吾はいつもと変わらぬ自室の天井を見つめながら大きくため息をついた。「はいはいはいはいはい。はいは1回、お前も1回で俺を起こせよな。」スマホをタップしアラームを解除すると、12月11日(土)午前11時48分の表示が映る。上体を起こすと鈍い頭の痛みが湧き上がり、岩崎は昨晩飲み過ぎたことを悔いた。今一度スマホの電源をつけ、LINEの通知が何も入っていないことを確認すると岩崎はがくりと肩を落とした。というのも、昨晩酔った勢いで岩崎は飲み屋の綺麗な店員…続きを読む
「放課後、残ってもらっていいですか?」小学校教員の横沢は教員生活を始めて20年になるが、このように校長から改まって言われたのは初めての経験だった。「はあ、来週の遠足のしおり作成がまだ終わってなくて残るつもりでしたので…。大丈夫ですが、何か問題でもありましたか…?親御さんからのクレームですか?」「いやいや、そういったことじゃないですよ。まあ話は放課後、校長室に来てくださいね。」「分かりました…。」17時15分。児童の帰宅を見終えた横沢は翌日の授業準備と事務作業を軽く済ませてから、校長室のドアを叩いた。コンコンコンと3回鳴らすと、中から「どうぞ」と校長の声が薄く聞こえた。「失礼しま…続きを読む
「あなた、ねえ。そこのあなた。」大学の講義終わり、駅からすぐの商店街を歩いていると、小さく店を構えた占い師のおばさんに声をかけられた。「はい、何か?」「やっぱり…!あなたどこかで見た顔だわ……。何かしら……。」「ええと、どこにでもいる様な顔なので人違いじゃないですかね…、ははは。」ポケットに手を突っ込むとひんやりと冷たいスマホが手に触れた。昨日電源つけっぱなしで寝たために、もう充電が切れている。あ、そういや今日の午後からソシャゲのガチャ更新されて新キャラが追加されるんだった。未だに悩みこんでいるおばさんをちらりと見て、「あの、俺もう行きますね。また機会あったら占い聞きに来ま…続きを読む
拝啓10年後の私へ人類の技術は私の知らないところでたくさん発展していたらしく、とりわけ宇宙開発は盛んで、民間の企業がじゃんじゃん星へロケットを飛ばす時代になった。私の彼氏もそういった民間企業の一つに勤めていて、いつの間にやら400光年離れた系外惑星へ10年間の転勤が決まってしまった。いきなり400光年の遠距離恋愛なんて言われても、携帯は通じないだろうしポストに年賀状投函しても届く気は全くしない。じゃあどうやって彼氏はその星に行ったのかというと、私もよく分かってないんだけども何やらブラックホールを使ってワープしたんだと。「そんな事も知らないのバカだなぁカス」なんて言いながら中学生の従…続きを読む
「先生、先生!」斎藤恭一は目を開けた。そして何が起きているか、すぐに理解した。自らの中心に座する重要な何かが抜け落ちているような感覚。同時にドス黒く不快感極まりないものが胸を突き上げてくる。喉を焦がす強烈な酸を飲み込み、目の前に立っている看護師の山﨑華と共に当直室を出ると、そこには廊下を1m間隔程に点々と続く血の跡があった。「わ、血の跡…。」「何ですかね…これ。てっきり先生のものかと思って焦りましたよ。それより先生、急患です。」「はい。」「22歳女性で急性腹症です。」「はい、エコーの準備お願いします。」「分かりました。」パタパタと山﨑がエコーを取りに走っていく。一方…続きを読む
ある学者が言った。「この世は2次元空間である。」他の学者や世の識者達は彼を指差して笑った。「ははは!そんなわけあるまい。ではこの世界の奥行きはなんだ?高さはなんだ?私たちは絵本の中に住んでいるのか?x、y、z軸があることなんて、中坊でも知っているぞ。」ある学者は答えた。「答えはブラックホールの中にある。」ブラックホールという天体は太陽よりも何倍も大きな恒星が、自身の重力によって潰れてできた成れの果てである。これは望遠鏡を覗き込んで観測したという代物ではなく、紙の上で発見された。というのも、第一次世界大戦真っ只中の時代に、戦場にいた兵士がアインシュタイン方程式を解き、その一つ…続きを読む
9月1日。夏休みが明け、約2ヶ月の間お通夜のように静かだった校舎に活気が宿る。4年生の担任である宮野明美は、登校してくる小学生たちの底抜けの明るさに触れ、慌てて「先生モード」のスイッチを入れるのだった。2学期は3つの学期の中でも1番長く、体育祭や文化祭、校外学習などのイベントが多いため、かなり疲れが溜まりやすい。今年で29の歳になる宮野は小学校教諭の中ではまだ若手に入るのだろうが、それでもじんわりと身体の奥底に沈澱していく金属疲労のようなものを感じ始めていた。「せんせ。」不意に後ろから声をかけられ、パッと振り返ると自分のクラスの嶋田くんがニコニコしながら立っている。「せんせ、お…続きを読む